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第115話 喰胃の樹叢

──あした


<〔Perspective:‐アクアス視点‐Aqueath〕>


「──あれ…? わたくしは一体何を…、あっニキ様アレス様、おはようございます。──どうかされました?」


「いや…何てことないニ…」


「気にすんな…、飯にするぞ…」


確か最初の見張りを終えて、その後はずっと寝ていた筈なのですが…何故木にしがみついていたのでしょう…。


そしてニキ様とアレス様は、何故かご自身の腰を摩っていました。わたくしがぐっすり寝ていた(?)間に何をしたのでしょうか…。


色々気になることは多いですが、ひとまず早めの朝食に致します。朝は冷え込みますから、温かいスープでも作りましょう。


アレス様が獲ったウサギの肉を野草と一緒に煮込むと、良い匂いが鍋から漂ってきた。この匂いに反応してか、謎生物達も眠りから目覚めた。


その日の朝食は、3人と1頭と4匹の賑やかなものになった。ここにカカ様達が居れば…もっと良かったのですけれど…。


「そういやメイド、昨日オマエが寝た後にアイツ等から返信があってよ。俺も頭巾から渡されて目ェ通したから、オマエも読んどけ」


「カカ様達からの返信ですか? 確かリクを辿ってこっちへ来ていただくようにお願いをしたのですよね? どうして手紙を…」


「読めば分かるニよ…、あっちは大変みたいニ…」


アレス様から手紙を受け取り、中身に目を通す。この文字はカカ様のものじゃありませんね…、まさかカカ様の身に何かあったのですか…!?


不安で胸がいっぱいになりながら…恐る恐る手紙を読み進めていく…。すると大変な目に遭っているのは、どうやらカカ様ではなくカーリー様でした。


例の病を患ったカーリー様を救う為に喰胃くい樹叢じゅそうへ…、こうなっては仕方ありませんが…合流が遠のいたのは悲しいですね…。


「よって当初の予定は変更だ。アイツ等を待って出発するつもりだったが、これから俺達だけで宵星よいぼしに向かう」


「カーリーが心配ニけど…あっちの皆を信じるしかないニね…。ニキ達は切り替えて、ニキ達のすべきことを全力でするニ!」


「そうですね、こちらも決して楽な道ではありませんし…」


宵星よいぼしに行き…そこで魚のような生物と戦う…。道中他の生物と戦う可能性も大いにありますし…、気を引き締めなくては…。


カカ様…わたくし達は必ずや石版の手掛かりを手に入れますから、カカ様も必ずカーリー様を助けてあげてくださいね…!







──2日後、昼前ひるまえ


<〔Perspective:‐カカ視点‐Kaqua〕>


「〝震打しんうち〟!!」


「 “ギョボボボォ?!!” 」


幾本もの触手をかいくぐり、巨大カタツムリの殻に一撃をぶち込んだ。これで確か5撃目になるが…ようやく硬ェ殻をぶち壊せた…。


キモい内臓中身が剥き出しになると、巨大ツムリは血相を変えて森の中へと逃げて行った。強くはなかったが…中々に面倒な奴だったな…。


「お疲れカカ。ごめんね…戦いのほとんど任せちゃって…」


「しょうがねェだろ? オマエはカーリーちゃんおぶってんだから。なァ傍観妖精…? オマエは両手空いてるのにずっと隠れてるもんなァ…?」


「ウーン…嫌味にも聞こえル」


「純粋無垢な嫌味じゃボケ」


川を上り始めて2日目、既にこの状況にも慣れてきた…。ロイスがカーリーちゃんの安全を確保し、私が迫る外敵を排除し、パークが隠れる構図…。


これを繰り返しながらずっと歩いてきた…、そしてまた歩き始める…。こうも景色が変わらないと…進んでいる実感が湧かねェ…。


歩行と戦闘の疲労だけが溜まっていく一方だ…、もう何体の敵と戦ったっけか…? 10体は越えてた気がするが…、先にこっちが力尽きそうだぜ…。


どいつもこいつも強いか面倒な奴ばっかだし…、ちょっとは弱っちいのが出てきてほしいもんだ…。──いや…何も出てくるな…。


「アッ! おネエさん達見テ見テ~!」


「おうどうした変態妖精? ──おっ…? もしやついにか…?」


「そうみたいだね。安堵したい気分だけど…そうもいかなそうだ…。ここからが本番だよ…気を引き締めていこう…!」



喰胃くい樹叢じゅそう


ある地点を境に、景色はガラリと様変わりした。首が疲れるほどの巨木は変わらないが…素人目に見ても別物なのがよく分かる…。


さっきまでと違い…太い木の幹は菫色すみれいろをしていて…、カラフルな苔があちこちに生えている…。


足元に生えているキノコや花も…全体的に毒々しいように見える…。間違いない…ここが目的地の喰胃くい樹叢じゅそうだ…。


「そうそう、このジメ~っとした感ジ、懐かシ~!」


「郷愁に耽ってるところ悪いが…オマエの住処はこっから近ェのか…? もし遠いんならカーリーちゃんを優先したいんだが…」


「大丈夫! もうちょっとの筈ダカラ! 頑張ロ~!」


パークがそう言うので、先にそっちを終わらせてしまおう。通り道に都合よくハヤタタがあればいいなと思いながら、引き続き川沿いを歩く。


警戒の為に周囲へと目をやるが、見るもの全てが真新しい。葉脈が淡く光り輝く植物、呼吸するかのように膨張しては縮む木の実、分かり易く毒がありそうな花。


ニキの奴がここに居たら、興奮しすぎてぶっ倒れるんじゃねェかなと思えるほどの光景の数々だ。


目線を上に逸らすと、木の枝からだらりと垂れさがって咲き誇る紺藍こんあいの花々は、私達の到来を歓迎しているみたいだ。


まるでメルヘンチックな絵本のようで…、ここが危険地帯であることをうっかり忘れてしまいそうだ…。


「ン! あそこダヨあそこっ! あそこでボクは川に落ちちゃったんダ!」


ついつい景色に見惚れていると、頭の上のパークが反応を示した。ようやく目的地の一つが近付いてきたか…、もう目と鼻の先かな…?


パークの指示する方向に進んでいくと、やたら幹がズタボロな大木が見えてきた。何かの爪跡らしきものが、これでもかと残されている。


「オマエの家はどこなんだ? もうちょっと先か?」


「ウウン、この大木がそうダヨ。幹と根の境にいい感じノ穴があってネ、そこで寝泊まりしてたんダ~」


ふよふよ浮くパークの後ろについていくと、確かにそれらしき穴があった。四つん這いになればギリギリ人も入れそうな穴…。


パークはその穴に向かって声を掛けてみるが、中から返答は返ってこない…。いくら繰り返しても…反響したパークの声ばかりが戻ってくる…。


辺りを見渡してもそれらしき姿はなく…、荒々しく踏み均された地面が辛い現実を嫌ほど物語っている…。


これは…つまりそういうことなのだろうな…。ただでさえ戦闘能力皆無な妖精族フリルだ…、凶暴な獣に襲われでもすれば…まず…ダメだろう…。


あれだけやかましかったパークは…暗い穴を見つめたまま黙り込んでしまった…。頭の葉っぱも落ち込んでいる…。


私はパークへ歩み寄り…後ろから優しく抱きかかえた。ただの気のせいか…今までで一番重たく感じる…。


「友達の件は…残念だったな…、大丈夫か…?」


「ウン…仕方ないよネェ…、自然の摂理ダカラ…」


そう言うと、パークは私の頭の上に移動した。かと思えばまた降りて来て、私の胸に顔をうずめてきた。


無理やり納得させようとして失敗しちゃったかな…。いつもなら殴り飛ばしてるが…今はノーカンにしてやろう…。


何もしてやれねェしな…、こうして優しく抱きしめてやって…少しでも気持ちが落ち着くんならいいが…。


「──んっ…? 何か体湿ってねェか…?」


「悲しくテ…」


「涙みたいなもん…? 妖精族フリルってそうなのか…、冷てェ…」


こりゃすぐに立ち直るのは無理そうだ…。しばらく慰めてやりたいが…あんまりのんびりしてるわけにもいかねェし…、困ったもんだな…。


カーリーちゃんを預かって、ロイスにハヤタタを探してきてもらうか…? いやダメか…、ロイスもハヤタタについては不知みたいだし…。


ハヤタタを手に入れる為には…どうしたってパークの力が要る。っが肝心のパークはこの有様…、なんちゅう手詰まり…。


この立ち行かない現状に頭を抱えていると…パークはおもむろに腕の中から離れ、体全体をブルブルと震わせた。


更には小さな手で顔をペチペチと叩くと、大きく息を吐きだした。そして再び私の頭の上へと乗っかった。


「もう平気なのか…?」


「ウウン…まだ悲しいケド…、ハヤタタをゲットして…早くそのおネエちゃんを助けなキャ…。でないト…ボクを叱りに友達が化けて出ちゃウ…」


「そっか…──オマエは強いな」


「エヘヘっ…♪」


ありがとな…、本当は辛いだろうに…私達の為に無理やり切り替えてくれて…。ハヤタタを手に入れて帰って来たら…一緒に墓でも作ろうな…。


「じゃあ…ハヤタタ探しに出掛けようか。案内は頼んだよ、パーク」


「ウン…! って言っても正確は場所は分からないケドね。でも見つけたらちゃんとアレだ~!って言うヨ」


「ああ分かった、そんじゃ行きましょうかね。──ああその前に…なぁパーク…軽く絞ってもいいか…? 涙?みたいなのが垂れてきててよ…」


「優しくしてネ」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「ハヤタタはネェ、他の生物にとっても貴重な存在でサ、色んな生物が食べるんダァ。だからハヤタタは食べられないようノ。見つけるのは一苦労ひとくろうどころか四苦労よつくろうダネ」


「聞いたことねェ言葉だが…マジで難航しそうだな…。広大な森の中を動き回る万能薬…、よっぽどデカくなきゃ見つからねェぞ…」


「ちなみにボクより小さいヨ」

「追撃やめろや…」


パークのサイズは人の頭部と同じぐらい…。感覚的には特定の小動物を探し出すようなものだ…、気が遠くなりそうだぜ…。


見た目についても色々パークから教えてもらった。ハヤタタは橙色の実をしていて、側部から生えた葉っぱを脚代わりに移動しているらしい。


そしてハヤタタ…結構速いんだと…。小さくてすばしっこい奴ほど捕まえにくいものはない…、だんだん滅入ってきた…。


“──…、──…、ーん…、えーん…、えーん…”


「んっ…? 何か聞こえないか…?」


「聞こえるね…、女の子の…泣き声みたいな声が…」


目を閉じて耳を澄ますと、ロイスの言う通り…確かに女の子の泣き声だった。進行方向から聞こえてくる…。


こんな場所に女の子が居るのは明らかおかしいが…もしもの場合も考えられる…、一応確認しにいこう…。


木陰に身を隠しながら声のする方向に目を向けると…、森のど真ん中で真っ白な髪の少女がうずくまって泣いていた。


てっきり動物の激似声真似だと思っていたが…まさか本当に少女だったとは…。とりあえず保護して…何でこんな場所に居るのか聞かねェとな…。


「チョチョチョ待って待っテェ~! そんなすぐに手を差し伸べようとしちゃダメダメ、ダメダメだヨ、ダメ女」


「何で私今罵倒された…!? ねじり切ってええか…?!」


「ダメだよカカ…、我慢して…」


憤慨する気持ちを無理やり押さえ込み…とりあえずパークの言う通りにしてみる。今すぐ助けに行きたいが…もう少し様子を見よう…。


少女は依然泣き続けている…、あんな大きな声で泣き続けてたら…いずれ猛獣が寄って来てしまうぞ…。


なんて懸念していると…どこからともなく唸り声が聞こえてきた…。その声の主は少女の頭上…、鮮やかな紫と黒の毛皮をしたトラが、太い枝の上で唸っていた。


「おいパーク…! 流石に助けなきゃマズいぞ…?!」


「いいカラいいカラ、動かないデネ~」


パークは何故か助けに行くのを良しとしない…。そうしてモタモタしていると…トラは勢いよく飛び降り、少女に襲い掛かった。


その光景に思わず手で口を覆った瞬間──地面から大きな葉っぱが複数現れ…一瞬の内にトラを包み込んでしまった…。


な…何が起こったんだ…? 少女がトラに襲われたと思ったら…どういうわけかトラが植物に捕らわれた…。えっ…何…?


「アレはボク等が〝ヒトデナシカヅラ〟って呼んでる食獣植物ダヨ。あのトラはこのままゆ~っくり溶かされちゃうだろうネ~」


「何か色々あって忘れてたわ…、ここが古原大こげんだいより危険な場所だって…」


「用心して進もうか…、明日は我が身だと思って…」


これと同じような植物がゴロゴロ生えてるのか…、目に映る全てを警戒しないといかんな…。気付いたら植物の腹の中なんてことは避けてェ…。


とは言え私やロイスじゃ…何がどう危険なのかさっぱり分かんねェし…パークの情報だけが頼りだな…。


「──ゴフッ…! ゲホッゲホッ…!!」


「カーリー…!? カカ大変だ…! 吐血してる…!」


「吐血…!? まだ感染して2日しか経ってないぞ…!?」


指先が小刻み揺れ続け…異様なほど汗を掻いている…。療士りょうじじゃないから分からんが…カーリーちゃんの容態はかなり悪そうだ…。


誰がどう見ても魔物病まものやまいが急速に進行している…。苦痛が長く続く分…進行が遅いんじゃないのか…!? 何だってこんな急に…。


ただカーリーちゃんの免疫力が弱目だっただけなのか…、それとも至近距離で吸入してしまったからなのか…。いずれにせよ一刻を争う事態だ…。


「急ごう…! 絶対手遅れにはさせない…! 注意喚起頼むぞパーク…!」


「分かっタ! じゃあおネエさん、早く足どけた方がいいヨ。今踏んでる草、めっっっちゃ危険なんダヨネ」


「早く言えやバカタレェェ…!!」



──第115話 喰胃の樹叢〈終〉

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