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「ほォ~トラである俺をネコちゃん扱いか。面白ェこと言うじゃねェかメイド風情がァ! そんなら飼い猫と奴隷! どっちが立派か決めようじゃねェか!」
「メイドは奴隷じゃありませんよ…! どっちが立派かにも興味ありません…! メイドにとって立派な存在は主様だけ…! 倒させてもらいますよ…カカ様の為に…!」
敵はトラの
そして肝心の武器は〝
できるだけ距離を取りたいですが…トラの機動力からはきっと逃げられませんよね…。バカでもない限り銃使い相手に距離を取る真似はしないでしょうし…。
「さァぼちぼち戦ろうぜ! オマエを殺して汚名返上だ!」
「お断りだと言いました…!〝
早速距離を縮めようとしてくるトラ男。それを阻止する為に
地面は凍りついている筈ですが、暗さのせいでほとんど見分けつきませんね…。自分で誤って踏んでしまわないように気を付けましょう…。
「おっ?! それがアーシラさんの言ってた〝凍りつく弾〟かっ! だがこんなの跳び越えちまえば関係無ェなっ!」
やはり割れていますね…、しかもこの暗さで凍てつく地面がはっきり見えている…? 流石に
足を取られている隙に撃ち込む予定でしたが…予定変更、トラ男が跳び越える前にこちらから接近する。
「何だ? 地面の氷が無駄そうだから、俺に接近戦を挑もうってのかァ? 上等だやってやる!〝
凍てついた地面を跳び越えながら繰り出された突き。それをスライディングでギリギリ回避し、すれ違いざまに装填していたゴム弾を腹部に撃ち込んだ。
そのまま凍てついた地面の上を滑り、トラ男の反対側へ。少し危なかったですが…リターンは大きいです。
このまま更に距離を離し、どんどん撃ち込んで有利を取りましょう。さっきの攻撃で…あの方の実力が侮れないものだと分かりましたし…。
「グゥ…痛ってェ…! クソ…あの体勢からよく正確に当てやがる…。アーシラさんが言ってた通り…銃の腕は達人みてェだな…! 燃えてきたぜ!!」
悪党の賛辞ほど価値の無いものはありませんね…。撃たれて闘志を燃やすのであれば、もっと
弾を装填しながらクルッと振り向き、追って来ようとしているトラ男の腹部を狙って引き金を引く。
「おっと危ねいっ! そう何度も喰らってたまるか!」
狙いは正確でしたが躱された…、流石にトラの
躱しの癖から回避しづらい箇所を見極めるか…虚を突くかしなければ弾は当てられない…。どうにか手段を考えなければ…。
「…っ?! 消えた…」
背後の足音が突如消え、振り返るとトラ男の姿はどこにもない。まるで蒸発したかのように…忽然とその場から消えた…。
周囲の景色に溶け込む擬態…? それともただ木の後ろに隠れているだけ…? ──いずれにせよ…
目を凝らして〝軌跡〟を視ると、動きの軌跡は暗闇の中へと伸びていた。足音を完全に消して移動したか…擬態してそーっと暗闇に隠れたか…。
どちらにせよ、暗闇から奇襲を仕掛ける腹積もりのようですね。影に隠れた〝軌跡〟は目で追えませんが…作戦だけでも把握できれば上々。
できるだけ周囲に木が無い場所に駆け足で移動し、周囲の暗闇に
物音はおろか気配も殺気も感じ取れないのは…内に秘められし肉食獣の本能でしょうか…。シャボン玉で〝軌跡〟の断片は視えますが…位置特定には至らない…。
「厄介ですね…────────あっ居た。〝
「ぐべぶゥ…?! な…何で分かった…!?」
「いや…暗闇で目が光ってましたから…」
「盲点…! 忍んだ意味無ェじゃねェか…」
思ったより抜けてる方ですね…、頭はそこまでなんでしょうか…。とりあえず暗闇に潜まれても大丈夫だと知れたのは良かったです。
「クソ…それなら作戦変更だっ! 小細工せずに真っ正面から仕掛けてやらァ!」
トラ男は言葉通り真っ直ぐ接近してくる。今から背を向けて逃げたとて…どうせ足では敵いっこありませんし…こちらも正面から迎え撃ちましょう…!
狙うは脚、遠距離の天敵である機動力を削ぐ。弾を込めて気持ちを研ぎ澄まし…駆ける両足が地面から離れるタイミングに撃ち込んだ。
「あっ…?! ぶねェなァおいっ! 油断ならねェ奴め!」
タイミングは完璧だったのに…前に出した右脚を咄嗟に引かれて避けられた…。体勢は崩せたけれど…手慣れた受け身からの立ち直りが尋常じゃなく速い…。
ほとんど足止めにすらならないとは…、恐るべき反応速度と身体能力ですね…。バカ正直に戦っては勝ち目がない…であれば。
弾を込めて銃口の向きを修正…真の狙いがバレないよう頭部に銃口を合わせる。そして引き金を引く瞬間に斜め上に傾ける。失敗に見えるように…。
「外したなっ! 今になってブルっちまったのかバァ…?!」
ヒット! 木の枝に命中したゴム弾は持ち前の弾性力で反発し、見事トラ男の後頭部に直撃。急所への不意打ち…流石に効いたんじゃないですか…?
軽い脳震盪が起こってもおかしくない当たり…例えほんの少し怯むだけであっても、距離を取れる時間が稼げれば御の字です…!
「グ…オオオオオオッ! 負けねェぞォ…!! 根性ォ…!!」
…っ?! 明らかに効いているのに…止まらない…、マズい…! 両槍の間合いから…逃げ切れない…!
「今度は避けられるかァ?! ──〝
「あうっ…?!」
直撃は辛うじて避けられましたが…躱しきれず左二の腕を掠めてしまいました…。腕は動きますが…決して浅くはありませんね…。
「そこだっ…! 〝
「う˝っ…!」
負傷した左腕に意識が向き…反射的にトラ男を視線から外してしまった…。その一瞬の隙に…腹部に鈍い痛みが広がった…。
尻尾で突かれただけなのに…まるで殴られたかのよう…。身構えれていなかったせいか…重い一撃に体がよろめく…。
「そォーらもういっちょ! 〝
「ア˝アアアッ…?!」
よろめいた脚では回避ができず…槍の鋭い穂が左肩に突き刺さった…。焼ける様な激痛に…目がくらみそう…。
そんな痛みに悶える間も無く…トラ男は容赦なく槍を引き抜いた…。患部を押さえる手に残ったのは…激痛と溢れる血液のみ…。
「〝
「…っ!」
ダメ押しの掌底まで腹部に入れられ…、体が勢いよく後ろへ飛ばされた…。地面を転がり木にぶつかった時には…痛くない箇所が分からなかった…。
呼吸がしづらい…、腕が…肩が痛い…。呼吸を整えようと意識しても…痛みがそれを阻害してくる…。立たなきゃ…立たなきゃ…。
「ヌゥん! 〝
痛みを堪えながらやっとのことで立ち上がったところに無慈悲な追撃…。槍の刺突は運良く躱せましたが…続けざまの後ろ蹴りは躱せなかった…。
足裏で腹部を強く圧され…思わず吐血…、そのままぶっ飛ばされた…。さっきの掌底といい足裏といい…、この方の打撃はやたらと
「どーよ俺の〝
「ハァ…ハァ…、勝負は…まだついてませんよ…!
ダメージを負ってるのは向こうも同じ…、見た目では分かりにくいですが…確実に蓄積している筈…。
次…、次あの方が攻撃を仕掛けてきた時が…反撃の狼煙…! そこで勝負をつける…! つけれなければ…もう…。
「オマエの根性も大したもんだなっ! そんならとことん戦り合って、きっちり息の根止めてやらァ!! 喰らえ〝
きた…! やはり両槍の刺突…! この方の
初撃に刺突を仕掛け、その後の相手の動きに応じて武術を繰り出す。ここまでの戦いで掴んだ相手のペース…無駄にはしません…!
来ると分かっていれば一撃目はそう怖くない…冷静に動きを見て回避できる。重要なのはこの後…突き出した槍を引き戻しながら次の攻撃を仕掛けてくる。
そこにほんの僅かな隙が生じる…! 今までは刺突の回避に手一杯で反撃どころではなかったけれど…今回は違う…!
「〝
「ごっフゥ…?!」
腹部にクリーンヒット、銃床がめり込むほどの良い当たり。ですがまだです…! さっきのように根性耐えされないよう徹底的に攻める…!
「よくもやりやがっバァァ…?!」
背後の木で跳弾したゴム弾が額に命中。この隙に素早く銃身を掴んでジャンプしながら
鈍器と化した
“──シュルッ!”
「…っ?!」
不意に長い尻尾が脚に巻き付いてきた…。解こうとしても…強い力で締められていて解けない…、ビクともしない…。
「ォ…オオオ…──今のは効いたァ…、意識が飛びかけたぜ…。だが惜しかったなァ…あと一歩及ばずだ…! 〝
強烈な発勁を喰らい…後方の木に激しく衝突した体は力なくずり落ちた…。頭を打ったせいか…視界がぐにゃぐにゃする…。
体に力が入らない…、立たなきゃ…勝たなきゃならないのに…体がまったく言うことを聞かない…。
「もう限界だろ…諦めろ…。俺もここまで負傷したのは久々だ…、遠距離が本領だろうに…よく近・中距離でここまで戦ったもんだ…。そんなオマエに…柄にもなく敬意を払って…、せめて楽に殺してやるよ…抵抗しなきゃな…」
抵抗しなければ…楽に…あの世に…? ならば答えは決まっています…、ここで死ぬわけにはいきませんから…。
脳震盪でまともに入らない力の全てを腕に込め…
けれど引き金を引く前に槍でズラされ…両手ごと
「呆れた奴だ…そうまでして何で戦う…? どうせ石版と魔物の件も…オマエのご主人様が勝手に言い出したことだろう…? 勝手に連れ出されて…命を賭して戦わされて…、もういいじゃねェか…。死ねば隷属的な日々から解放されるんだぜ…?」
「──隷属…? 言った筈ですよ…メイドは奴隷じゃないと…。
少しずつ視界が元に戻ってきた…、体から抜けていた力も息を吹き返してきた…。もう少し…もう少し時間を稼げれば…。
「貴方は…死が怖いですか…?」
「何だ急に…? そりゃ怖ェだろ…だからより強い者の下につくのさ、それが弱肉強食の世界で生き抜く唯一の術だからな。オマエは怖くねェってか…?」
「いえ…
「──つまり何が言いたい…?」
「まだ
十分とは言えずとも、最低限の力は戻った…! 依然
放たれた弾は輝く木の実に着弾し、直後小爆発を起こった。突然の爆発に驚いたトラ男は、反射的に顔を上げた。そうです…それでいい…!
小爆発の衝撃と爆風によって、葉は散り枝は折れ…
「ぐおァァァ…?! 目が痛ェ…!」
この暗さに慣れに慣れた目には、たとえ直射日光でなくとも焼くような眩しさでしょう。それを直視しては尚更。
トラ男の目が眩んでいる間に急いでその場を離れ、弾を込めた
「クソ…つまんねェ小細工しやがって…マジで諦め悪いな…。それがオマエの答えだなっ?! もう楽な最期は訪れねェぜ?!」
「結構です…! もとより敵の情けなど不要ですから…!」
「分かってねェようだなァ! 俺はオマエの弾を一度避けた…あれがまぐれだと思うか?! 答えはノーだっ! タイミングまでは測れねェが…いつかくるとさえ分かってりゃ避けるのは造作もねェ! オマエじゃ俺には勝てねェんだよォ!!」
陰に逃げ込んだトラ男との睨み合い…息もできぬほどの緊張感…。まばたき一つせず…トラ男を見つめ続ける。
きっと…弾を避けて、次弾を発泡する前にトドメを刺しに来る算段なのでしょう…。ですが…残念でしたね…!
“バァン!!”
「ぐ…グゥオオオオオ…?! 痛ってェェェ…!! 何が…起きた…!?」
「〝
弾は狙い通り右脚に着弾し、当たった箇所から鮮血が溢れ出した。トラ男は患部を押さえて痛みに悶えている。
この隙に
「確か…迷子になって評価がどうこう言ってましたよね…?
「ハハッ…、ぶっ飛んでやがるな…オマエ…」
──第117話