「ほんとにいいのかァ…? 説教どころじゃ済まねェかもしれねェぞ…? それこそオマエが一番恐れる失望に繋がりかねないだろ…、いいのかァ…?」
「貴方に心配される筋合いはありませんよ。それとも何ですか…?
「チッ…やりづれェ奴だな…」
失望に繋がりかねないのは重々承知している…、けれどあのまま戦っても…勝てる未来は見えてこない…。
戦いの幅を広げなくては…絶対にこの方には勝てない…。先の恐怖より眼前の敵…、今は振りかかった火の粉を全力で払うのみ…!
ここまでゴム弾を多用してきた分、
ですが油断もなりませんし…ここは念にも念を入れます。正直効果のほどは半信半疑ですが…、勝つ為にやってみましょう…!
「あん…? 何だそりゃ…追い
「しませんよそんな事…、コレは〝
「大丈夫なのかソレ…」
鬼討伐の報酬としていただいた物ですし…流石に嘘ではないと思いますが…、レビン様の人柄的に断言も難しいんですよね…。
若干不安は残りますが…効果のほどは飲めば分かる筈…! 木栓を抜き、勇気を出して中身をひと口流し込んだ。
鼻腔を抜ける燻製のような香りと、ほんのり甘い味わい。飲んですぐお腹の中がじんわり温かくなるのを感じる…、もう効果が出ているんでしょうか…?
「よく分かんねェが…準備できたと見ていいな? そんじゃぼちぼち再開しようやァ…! その
「言われずとも思い知らせて差し上げますよ…! こっちは貴方だけに時間を割いてる場合ではありませんから…!」
再度
実弾での攻撃を解禁したと言えども…接近戦での有利は依然向こうに傾いている…。近付かれないよう、もっと距離を取りましょう。
木の後ろに隠れていては攻撃できませんが、向こうも攻めては来られません。木を直視しながら後ろ歩きで下がっていく。
未だトラ男に動きはない…体を休めているのでしょうか…? もしそうなら…それを悠長に待ってあげる義理はありません…!
装填していた
小爆発によって木は音を立てながら倒れましたが、トラ男の姿は無かった…。
目を離したのはさっき装填した時だけですが…その隙に木から木に移った…? 右脚を負傷した状態でそんな芸当ができるでしょうか…?
色んな思考が巡りますが…ひとまず現実を受け入れて切り替えましょう。奇襲されても先に攻撃できるよう、
あの方は足音がしませんから、聴覚頼りで見つけるのは現実的じゃない…。あの分厚い肉球が音を吸収してるのでしょうね…、移動にも役立つのが憎い…。
ダメもとで
念の為
どれがさっきまでに残った〝軌跡〟で…どれが今まさに残されている〝軌跡〟なのか見分けが…──っ!
「後ろっ!」
「〝
いつの間にか背後まで迫っていたトラ男の刺突を、紙一重で躱した。いや…躱せた…? 上手く言い表せない違和感のようなものを感じた…。
「〝
下から突き上げるように繰り出される掌底。それを見てすぐさまジャンプし、掌の上に靴底を乗せ、突かれるタイミングに合わせて後ろに跳んだ。
上空に打ち上げられはしたものの、冷静に周囲を確認してちょうどいい木の枝に掴まった。素早く木の枝の上に立ち、間髪入れず
「グオォ…?! クソ…仕切り直しだ…!」
トラ男はまた暗い方へと姿を消した。次はどこから襲ってくるか気が気でない…筈なのですが…。
何だか…妙な感覚が…、さっきのは何だったのでしょう…。寸前で気が付けたとはいえ…背後を取られた状態からあの刺突を躱せるなんて…。
その後の掌の上に乗って衝撃を逃がす行動も…一切焦る事なく木の枝に掴まれたのも…、普段なら絶対できない…筈なのに…。
射撃も…対して狙わずとも左腕に命中できた…。っというよりもっと前から異変はあった…今まで同じに見えた〝軌跡〟にもほんの僅かな色の差違を視れた。
そのおかげで動きを辿り…攻撃される前に気付くことができた。どれもこれも…
これが
“パンッ! パンッパンッ! パンッ!”
「…っ! これは…」
突然周辺に浮かぶシャボン玉が次々に割れ始めた。〝軌跡〟を視ると、観録北北東の方から何かが飛んできていて、それがシャボン玉を割っているみたい。
恐らくは肉球で小石でも弾いているのでしょう…。間違いなくトラ男の仕業…こちらの視界を奪うつもりですね…。
しかもこまめに場所を変えている…。現在地を補足されない為なのでしょうが…前の場所から移動先との間隔と進む方向さえ分かれば、ある程度絞り出せる…!
凍結弾を装填し、次にトラ男が移動しそうなポイントに銃口を向ける。シャボン玉は粗方消えて真っ暗ですが、躊躇せずに引き金を引く。
直撃していれば最善、凍てつく地面に足を取られれば次善ですが…トラ男の声は特に聞こえて来ません。
読みは外れましたか…こうなっては向こうの動きを把握するのはもう不可能ですね…。シャボン玉は絶えず花から出てはいますが…十分な明かりとなるにはまだ数が必要です…。
となれば
仮に登って来ても、音でそのことに気が付ける。歩行の音は消せても、木登りの音までは肉球で消せない筈ですから。
弾を込めて、身動き一つせずに周囲へ耳を傾ける。風で擦れる葉の音…風に乗って聞こえる遠吠え…──枝が揺れる音…! 凄い速度で近付いて来る…!
顔を上げた時にはもう、正面の木からこっちに飛び掛かってくるトラ男の姿があった。音で気付かれないよう…わざと離れた木に登ったんですね…。
「〝
足場の悪い木の枝の上で器用に避けるのは不可能…そうすぐに察し、無駄な動きをせずに後ろへ倒れるように刺突を避けた。
まさかこんな方法で避けられると思っていなかったのか、トラ男は驚いた様子。
「度胸あんなァ、背面から落ちるなん…」
「〝
「ゲボッ…?! 何…だと…?!」
落ちたと勘違いして、悠長に覗き込んできた頭部にゴム弾を撃ち込んだ。落ちる寸前に両足を枝に引っ掛けて、宙吊りになっただけですのに。
しかし咄嗟の行動でしたが、案外上手くいったものですね。トラ男はゴム弾の衝撃で落下しましたし、このまま高所から攻撃を──
“ベキッ! メキメキメキッ!”
「…っ?! あの一瞬で…」
乗っていた枝の根元に亀裂が走り…ベキリと折れてしまった…。落下する前に攻撃を加えていましたか…、せっかくの良いポジションでしたのに…。
落下地点をしっかりと見極め、落ち着いて着地。着地隙に攻撃されるのを警戒していましたが、先ほどの攻撃が効いてか、トラ男は額を押さえいた。
「よく刺突を避け…正確に額を打ち抜けたなァ…この暗さでよォ…。動物の目でもねェくせに…、それがその何とか
「いいえ、これは貴方様がシャボン玉を割ったことで得た恩恵です。シャボン玉を割って攻撃を仕掛けるまでに少し時間がありましたのでね、しっかり
「そういやそうか…失念してた…。目立たねェ種族特性ってのも時と場合だな…、戦いの最中じゃ気にも留めねェ…」
ひとまず暗闇の件は問題なくなり、それを踏まえてあの方ももう身を潜めて奇襲を狙ってくることはないでしょう。
つまりここからは正面切ってのぶつかり合い…、先に倒れた方が負けるシンプルな戦い…。お互い負傷している現状…有利不利は曖昧…。
あの方は今までのゴム弾のダメージに加え…右脚と左腕を負傷。かく言う
腹部に喰らった掌底のダメージもありますし…長期戦には向かない…お互いに…。そしてそれは向こうも理解している筈…。
「オマエとの戦いは楽しかったが、ぼちぼちケリつけねェとなァ! 最後はお互い全部出し切ろうじゃねェかァ!!」
「望むところです…! 申し訳ありませんが勝たせてもらいます…!」
息を合わせたかのように
小さく息を吐きながらしっかり狙いを定め、走って接近してくるトラ男の後方の地面に
発生した爆風が背中を強く押し、刺突を仕掛けようとしたトラ男は体勢を崩した。この機を逃さず、銃身を握りしめて思いっきり左頬を強打した。
「…っ! 〝
かなり手応えがあったのに…一切怯むことなく右脇腹にしっぺ返しがきた…。あばらがいってしまったのか…呼吸する度に激痛が走る…。
けれどその激痛に蓋をし…体に無理やり言うことを聞かせて、今度は右頬を強打。そのまま
息を止めて痛みを堪えながら後ろに跳び、右肩に狙いを定めて引き金を引いた。しかし弾は虚空へ消え…トラ男は身を低く屈めて急接近してきた。
「見てから避けるのは無理だが…予測して先に始動しちまえば避けるのは簡単だな…! 臓物飛び出しやがれェ…! 〝
「くぅ…!」
咄嗟に一歩後ろへ下がったものの…勢いよく薙ぎ払われた槍の刃に腹部を斬られた…。更にトラ男は槍を回し、反対側の刃を突き立ててきた…。
刃は左太股に刺さり…下へ引きながら槍を抜かれたことで深く斬り裂かれた…。今にも倒れてしまいそう…、けれど負けれない…!
左脚から溢れる血を握りしめ…更なる追い打ちをされる前にトラ男の目に塗りつけた。一時的な目潰し…それでもトラ男は攻撃をしてくる…。
何度も喰らった掌底…されど目が閉じた状態ではそこまで脅威じゃない。右斜め前に倒れ込むように転がって掌底を避け、立ち上がりながら素早くゴム弾を装填。
──する筈が…あばらと左肩の負傷が影響して装填が少し遅れた…。その間にトラ男は目元の血を拭い、すぐさまこちらを捕捉…槍を構えた…。
「撃てるもんなら撃ってみろよォ…! また避けてやる…! ほらどうしたァ…?! 撃たねェんならこっちからいくぞ…!」
けれどこのままでは…一方的に殺される…。確実に弾を当てなければ…しかしどうすれば…、どうすればあの方に弾を当てられるのか…。
考える時間はない…、槍の鋭い刃がすぐそこまで迫っていた…。しかしその瞬間思い至った…弾を当てられる方法を…。
引き金を引けずにただ銃口を向けるだけの
血が口から溢れ…焼けるような痛みが広がった…。それでも
「これなら…、外しませんよ…!」
「…っ?! ちょっ待─」
「〝
至近距離で撃たれたトラ男は、体を仰け反らせた。けれど素早く
お互い限界すれすれの瀬戸際…、それすら負傷具合的に
一回では終わらせず、二回三回と顔面に頭突きを決めた。もはや額と頬についた血がどちらのものなのかも分からなかった…。
胸倉を掴む力が無くなり…自然と手が離れると、トラ男は白目を向いたまま仰向けで倒れた。お腹に槍を残して…。
結果的には勝利なのでしょうが…辛勝も辛勝…、勝ったと言うのも恥ずかしい有様ですね…。とりあえず
以前カカ様が仰っていた方法で抜きましょう…、まず
手を止めることなく槍を引き抜いた時には…、手拭いは真っ赤…顔は涙でびっしょり…。二度と経験したくない痛み…、カカ様はこれを四回も…凄い…。
抜き取った後は急いで
ですが休んでもいられません…、ニキ様達のもとへ行き…あの魚との戦いに参加しなければ…。援護こそ銃使いの意義ですから…。
まだ
“ドサッ…!”
「あ…れ…? 体…が…」
何故か地面がすぐそばにある…、早く合流しなければならないのに…体が動かない…。沼の中に沈み込んでいくような感覚に襲われる…。
補充したとはいえ…流石に血を流し過ぎたのかもしれない…。こんな…こんな所で…呑気に寝ているわけにはいかないのに…。
“──ざっ…ざっ…ざっ…”
あし…おと…? ──だ……れ……────
──第118話 一意専心〈終〉