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第119話 感謝感謝

<〔Perspective:‐ニキ視点‐Nikhi〕>


「ニョブゥゥ…! ニィィィ…あの風厄介ニね…、背中ったいニ…」


あの強風起こし魚め…ビュンビュンビュンビュン風吹かしやがってニ…。おかげで何度も木に背中打ってめまいしそうニ…。


シンプルに直接攻撃してくるタイプなら相性いいのに…こういう全然触らせてくれない清楚お嬢様みたいな奴は嫌いで苦手ニ…。


アレスー! アクアスー! 早く戻って来てくれニ~!


“プクゥゥゥゥゥゥウ!!”


「ああっ! また膨らみやがったニね…! でも今度こそ喰らわないニよ…! ニキの一撃で萎めてくれるニ…!」


真っ正面から突っ込んでもどうせ吹き飛ばされて振り出しになるから…今度はちゃんと冷静に様子を見ながら戦うニ。


リュックも置いて身軽さもゲット! 森の中だとあちこちぶつかって邪魔だし、風強すぎて重石にもならないからニ。


いつ風を吹いてきてもすぐに木の陰に隠れられるよう身構えながら、とりあえず旋回しつつ攻め時を見極める。


今のところ攻撃手段は風以外見てないし、本体が軟弱って可能性は大いにあるニ。あれだけ伸縮するわけだし、めっちゃモチモチしてるかもニ。


「 “キューーー” 」


フグのように膨らんだ魚は辺りを見渡し、ニキを探しているみたい。ついつい正面切って飛び込みたくなるニけど、今はグッと我慢ニ。


少しだけ顔を覗かせて魚の動きを観察し、尾ビレをこっちに向けたタイミングで静かに木の後ろから飛び出した。


気付かれるより速く接近して、攻撃される前に攻撃する!


「〝纏哭てんこく〟!!」


「 “キュッ?!” 」


十分な手応えあり──けれど不思議な感触に戸惑いが生まれた…。硬いような柔らかいような…、めり込んだ拳に反発がある…。


おしりを殴られた魚はゆっくり振り返り…不気味なまなこと目があった…。開けられた口から僅かに漏れた風を頬に感じた時にはもう遅かった…。


強烈なタックルのような衝撃が全身を襲い…まばたきをした一瞬のうちに背後の木まで吹き飛ばされた…。


太い木が若干傾いてしまうほど強く衝突し…軽くめまいがするニ…。ニュイー…してやられちゃったニね…。


まさか鱗まで柔軟性に優れているとは思わなかったニ…、柔らかい身を守る為の鱗なんじゃないのニ…? ペラッペラの紙装甲ってこのこと…?


いずれにせよ打撃の効き悪いニ…! 相性最悪相性最悪…! ニキのアイデンティティの一つが完全に無いものとされたニ…!


しかもあの柔軟性たっぷりの体と鱗…、下手な刃物でも斬れないかもしれないニね…。謎の子達がニキ達にお願いしたのも頷けるニ…。


「 “キューーー!” 」


「…っと、ネガティブになってる場合じゃないニね…!」


さっきの空気弾は溜め込んだ空気のほんの一部。次から次へと攻撃される前に、急いで木の後ろに身を隠す。


隠れると同時に、無数の空気弾が浴びせられた。木から伝ってくる衝撃はもの凄く…何だかべっきり折れてしまいそうニ…。


かと言ってもう逃げられないし…自然の生命力を信じるのみ…。お願いニ~…負けないでニ~…魚如きに負ける大木とかただの笑い話ニ~…。


木に寄り添いながら必死に祈っていると…やがて音が止んだ。ひょこっと顔を出すと、案の定魚は萎んでいた、チャンスニィィィ…!


「萎んだ今なら攻撃が効くんじゃないニ…?! 直に試してやるニ…! 〝纏哭てんこくげき】〟!!」


“スカッ”


「アレェェェェ…!?」


完璧に決まる筈だったのに…ニキの蹴りは儚く虚空を裂いた…。意外や意外…萎むとあの巨体に似合わぬ俊敏性…、柔軟性に意識を向け過ぎたニ…。


「 “ギュンッ!” 」


「ベぶっ…?!」


避けざまに鞭の様な尾ビレを喰らい…またもぶっ飛ばされた…。何て文句のつけようのない反攻カウンター…ニキより戦い上手かもしれんニ…。


“プクゥゥゥゥゥゥウ!!”


しかも空気を溜め込む隙まで与えてしまったニ…、うーん…平行線ニね…。お互い決め手がなくてもどかしいニ…。


アクアス達が戻ってくるまで地道に耐久戦するしかないニ…? 性に合わないニねェ…でもしょうがないニ…。


とりあえず完全に膨らみ終える前に、木の後ろに隠れちゃうニ。その後はまあ…その時々に合わせて上手いこと体力削りに尽力すれば──


「──〝斑千風エクゼト〟…!!」


“パァーーーン!!!”


「ニャアアアアアアッ…?!!! イヤァァァァァァァァァ…!!!」


木々の奥から高速で接近してきたアレスが膨らむ魚を斬りつけ…空気でパンパンだった魚は物凄い破裂音と共に爆散した…。


血が辺り一面に飛び散り…体や内臓はただの肉塊となって周囲に降り注いだ…。もう愕然…一生記憶から消えない…、風邪引いたら絶対この時のことを夢に見る…。


ついでに返り血まみれのアレスも夢に出そうニ…、悪魔に見えるニ…。


「ぺっ…! ちょっと口に入っちまった…、大丈夫か頭巾…?」


「だ…だいじょうぶではないニね…、とらうまになっちゃったニ…」


「おうどうした、何だその魂抜けたみてェな話し方は」


さっきまで戦いで滾ってたのに…一瞬のうちにめっっっちゃ冷え切っちゃったニ…。何かもう寒いニ…包容力のある大人の女性に抱きしめられたいニ…。


「アレスぅ…、もうちょっと…もうちょっと気持ちいい倒し方してほしかったなぁ~なんて思ったり思わなかったりニ~…」


「狩りには要らねェだろ…そんなの一々気にしてたら足掬われて命落とすぞ…?」


正論だけども…! 間違いなく正論だけれども爆散死だけは見たくない…! この世でもっとも惨い死に方の一つだと言い切れるニ…!


あぁ…今日ちゃんと寝れるか心配ニ…、最悪の目覚めをしてでもアクアスと一緒に寝ようかニ…。マジで心に穴が開いちゃったニ…。


「それより他の奴等はどうした…? まだ来てねェのか…?」


「結構遠くまで飛ばされちゃったのかもしれないニね、探しに行くニ?」


「闇雲に探し行ったって迷うだけだろ、とりあえず何かしら痕跡探すぞ。メイド最優先だ、偽竜種レックス共は…まあ何とかなんだろ」


痕跡残ってるもんなのニ…? 皆結構がっつり飛ばされてた気がするけど…その場合どんな痕跡が残ってるもんニ…?


「──クソ…辺り一帯に血やら肉片やらが飛び散ってるせいで匂い分かんねェな…、こりゃ思ったより難航すんなァ…」


「ほら言わんこっちゃないニ、爆散死なんて不幸しか呼ばないニ」


アレスは触角をピクピクさせながら難しい顔…ニキは何すればいいのか分からずぽけ~っとしてるニ…。どうすればいいんだろう~ニ~?


アクアスは能力チカラがあるから自力で戻って来れるだろうし、クギャも謎の子達も元々野生で生きてたからそこまで心配要らないんだよニ~。


でも真剣に痕跡探してるアレスの手前申し訳ないし、適当にそれっぽく地面弄るニ。──あっ見たことないアリ…変な色してるニ。


「 “クギャギャー!” 」

「 “ウクゾド~!” 」


「んっ、やっぱ偽竜種レックス共は無事だったか。残るはメイドだけだな」


クギャが戻って来たなら一安心ニね、全員合流待ったなしニ。──っと思ってたニけど…ちょっと妙ニね…。


高速移動ができるアレスはともかく…謎の子達全員を乗せた徒歩のクギャの方が早いなんて…。〝軌跡〟を辿るだけならもっと早く着ける筈ニ…。


まさか吹き飛ばされた時に頭でも打って気絶してるとか…!? そうだったらマズいニ…! 気を失ってる間に肉食獣に襲われちゃうニ…!


一気に変な汗が噴き出してきたニ…どどどどうすればいいニ…!? こういう時役に立つ道具アイテムとかあったっけニ…!?


「──ヘイそこの男女、デートしてるとこ悪いけどちょっと水差してもいいかな? いいよね? ありがとう感謝感謝」


「待て止まれ…! それ以上近付けば攻撃する…!」


突然木々の向こうから謎の人物が姿を現した…。大きな帽子を被り、みのの様な物を身に纏った見るからに怪しい人物…。顔の左半分が赤い痣に覆われてる…。


アレスは剣に手を伸ばして臨戦態勢、ニキとクギャも警戒MAX…! よく分からないけど人の話聞かない奴っぽいニ…! 自己完結したニ…!


「ちょっストップストップ…! やめてよ…僕そういう血生臭いの不向きなんだからさ…。分かった近付かない…! ハイ近付かない…! だからちょっとだけ話を聞いてよ、いいでしょ? いいよね? ありがとう感謝感謝」


「おい何だこの意見ガン無視野郎は…、敵意あるなしに関わらず先に斬っといた方がいいんじゃねェか…? 世の為にもよ…」


「うーん…ちょっと同意見ではあるニけど…一応話聞いとこうニ…」


見たところ特に害意とかは感じられないニけど…まだ気は許せないニ…。ローブを脱ぎ捨てて近付いてきたランルゥ教徒の可能性もあるからニ…。


「話は聞いてやるが、その前にこっちの質問に答えてもらう。オマエは何者だ…? どこから来た…?」


「一挙に二つも質問されちゃったや、君結構欲張りだね、でも答えてあげよう! …って言っても大した答えは返せないけどね~、それでもいい?」


「どうせ感謝感謝っつって聞かねェだろ…、さっさと話せ…」


随分お喋りな奴ニね…アレスが確実に少しずつイライラし始めてるニ…。いつ剣を抜いてもおかしくないニ…。


「僕は〝自然調査員〟、もっと厳密に言うなら〝地文学者ちもんがくしゃ〟さ。環境団体ナチュラギルドに所属してる由緒正しい調査員でね、ここへは調査の為に足を運んだのさ──随分前のことだけどね…」


外界と隔絶された大自然だし、確かに環境団体ナチュラギルドが調査員を派遣してもおかしくはないニね。むしろ今まで手を付けなかったのが不思議なぐらいニ。


でも何故だろう…こんな危険地帯に派遣されるほど有能な人には見えないニ…、不思議ニ…、印象って大事ニ…。


「今は〝冥淵樹海めいえんじゅかい〟で暮らしててね、僕はそこから来たよ。これでいいかな? 他に質問があれば今のうちだよ? 別に後で聞いてもいいけど」


「いやいい…そっちの要件を聞かせろ…」


面倒くさがったアレスは手短に話を切ってしまった…。所々気になる発言があったからもう少し質問したかったけどニ…。


「要件? ああそうだったそうだった、君等に見覚えあるかな? さっき…向こうで…──おんぶしながらみの脱ぐの難しいなぁ…、よいしょっ」


「ニ…?! アクアス…!? アクアスどうしたニ…!?」


「あっ知り合いだった? 良かった良かった、あっちの方で倒れててさ、拠点まで連れ帰ろうか迷ってたんだよね」


男から受け取ったアクアスは酷くボロボロ…メイド服には大量の血が滲んでる…。意識は無く呼吸も浅いけど…血は止まってるからちゃんと治癒促進薬ポーションは飲んでるみたいニね。


男によると、向こうでトラの獣族ビケと交戦していたらしい。間違いなく獣賊団アイツ等ニね…、毎度お邪魔な奴等ニ…。


「僕は途中からしか見てないから2人にどんな因縁があったのかは分かんないけど、素晴らしい戦いだったねあれは。人相的に獣族ビケの方が悪者っぽかったからメイドさんを助けたけど、扱いに困っててさ…そしたら遠くで凄まじい破裂音が聞こえたからここへ来たんだ」


破裂音が意外なところで役に立った…!? これは無残に爆散したあの魚も浮かばれてるかもしれないニ…、いやきっとそんな事ないニね…。


とりあえず勝てたみたいで良かったニ…、死なせちゃったらカカに合わせる顔がないからニ…。アレスもろとも殺されちゃうニ…。


「 “ウクゾド! キクラガ! キクラガ!” 」


「えっ何…? ああ例の絵ニね、すっかり忘れてたニ」


「おっ、宵星よいぼしでちょこちょこ見掛ける四腕よつうでの生き物じゃないか。やたら人懐っこいよねこの珍妙な生物」


それはきっと帽子被ってるからだろうニ…、多分だけど同族と勘違いしてるんニよねこの子等は…。


それはさておき報酬である石版の情報をいただくニ。大雑把でも方角さえ分かってしまえば、捜索範囲をグッと絞れるニ。


でもこの暗い場所でどうやって正確な方角を指し示すのか…そう思っていると謎の子はポーチに手を入れ、木で作られた容器のようなものを取り出した。


どうやらそれは水筒らしく、パカッと蓋を開けると、その蓋を裏返して地面に置いて水を注ぎ始めた。


注ぎ終えるとそこへ葉っぱを浮かべ、ポーチから新たに取り出した黒っぽい小石を葉に乗せた。すると風も無いのに葉っぱがゆっくり動き出す。


それを見た謎の子は迷うことなくビシッとどこかを指差してみせた。凄いガン見してくる…それほど自信があるってことニね…。


「おお~〝奇南石きなんせき〟か~、やっぱり知能高いよねこの生物達。この水筒も手製だろうし、ここまで知能が高い生物は中々居ないね」


「あっちが南だから、指差した方角は…ニね。北ってことは…ひょっとして石版があるのは〝喰胃くい樹叢じゅそう〟ニ…?!」


「マジか…だがむしろ好都合だな、アイツ等喰胃くいに居るんだろ? どうせいつかは合流すんだし、俺達も急ぎ喰胃くいを目指すぞ」


できれば宵星よいぼしにあってほしかったニけど…合流と石版探しを一色淡にできるのは確かに好都合ニ。


そうと決まれば早速ニキ達も喰胃くいを目指すニ。こんな視力悪くなりそうな場所にいつまでも居てらんないニ。


謎の子達はいつの間にか魚の頭部を切り離して嬉しそうにはしゃいでるし、適当にお別れ告げてバイバイするニ。


喰胃くい? 石版? 何の話してるの? 良ければ僕にも教えてよ、ほら僕二つ質問に答えたんだしさ、聞く権利ぐらいあるよね? そうだよね、ありがとう感謝感謝」


相変わらず強引…でもアクアスを連れて来てくれた礼も兼ねて教えてあげる。もしかしたらより詳しい情報を得られるかもしれないしニ。


「へェ~なるほどね~、だから君達や獣族ビケがこんな所に居るわけだ。でもそれなら僕も役立てるかもしれない、僕も流れ星見たんだ。ちなみに僕は西に流れ星を見たよ! 大雨だったけど中々綺麗だった!」


謎の子達は北を指差し…冥淵めいえんに暮らしてるこの男は西に見た…、それらを統合して考えるのならば…石版の在り処は少し違うのかもしれないニ…。


「君達ネブルヘイナは初めてかな? それなら良い情報をあげるよ! 喰胃くい宵星よいぼしの間には大きな崖があってね、もしかしたら石版の落下地点はそこかもしれない。僕と四腕よつうで達の目撃情報を合わせても不自然じゃないだろ?」


群盗蜘クモの巣に冥府の抜道ときて…今度は実質ネブルヘイナの中心地…、全然あり得る話ニね…。むしろそこしか考えられないニ…。


恐らく石版はそこにある…これは有力過ぎる情報ニ。獣賊団連中に先越される前に回収して、その後に合流すれば完璧ニ!


「有力情報ありがとニ! 早速ニキ達はそこへ向かうニけど、貴方も一緒にどうニ? ニキ達よりもネブルヘイナに詳しそうだし、一緒なら心強いんだけどニ」


「それは嬉しいお誘いだね──でも残念…それは叶わないんだ…。僕はもう冥淵めいえんに戻らないとならないんだ…、でないと──ゴホッゴホッ…?! こうなっちゃうのさ…、もう慣れっこだけどね…」


男は突然咳き込むと…手には血がべったりついていた…。深刻な病か何かを患ってるのかもしれないニね…、割と平気そうな様子だけど…。


「だから僕は君達と一緒には行けないんだ…ごめんね…、悪いけどお先に失礼させてもらうよ…。ありがとう…久々に人と話せて楽しかったよ…、感謝感謝…」


そう言って男は行ってしまった…、不思議な人だったけど…何だか色々と闇が深そうな人でもあったニ…。


追加質問できてないけど…とてもあの背中は呼び止めらないし追いかけられないニ…。最後の切ない笑顔が凄く寂しい…。


「想うところもあるだろうが、俺達は俺達のすべきことをやりに行くぞ」


「そうニね…、よし切り替えるニ! それじゃまず謎の子達にバイバイしなきゃニ、おーい! 謎の子達ー!」


「 “ヴ?” 」


呼ぶと一斉にこっちへ走ってきた、何だか犬みたいニね…。言葉は通じないだろうけど、上手いことジェスチャーでお別れを伝えるニ。


「ニキタチ、ココデ、イナクナル、オワカレ、バイバイ、バイバイ」


「 “バ…バイ…バイバイ…? バイバイ! バイバイ!” 」


どうやら通じたらしく…ニキの真似をして手をブンブン振っている。手を振りながらゆっくり後退っても、追って来る様子はない。


何だろう…それはそれでちょっと寂しいニね…。騒がしかったけど何だかんだ楽しい奴等だったニ…、バイバイ…名も知らぬ友よ…。


クギャの背中にアクアスを乗せ、ニキ達は中心地にある大きな崖を目指す。カカ達は今頃何してるかニ~、ハ…ハヤタタ…? みたいなのは見つかったニ~?



──第119話 感謝感謝〈終〉

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