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第120話 ハヤタタ

──明昼あかひる -喰胃くい樹叢じゅそう


<〔Perspective:‐カカ視点‐Kaqua〕>


「ハァ、ハァ、う…ガアアアアアアア…!! いい加減捕まれや貴様ァァァァ…!! 走んな植物のくせにィィィィ…!!」


「オオ~めっちゃ植物差別~、良くないネェ」


「うるせェ…! オマエも追いかけろや…!」

「ムリムリ、か弱い妖精族フリルだモン」


息を切らして走る森の中…、もしこれが軽いランニングだったらどれほど良かったか…。いやまあ軽いランニングもそこまで好きじゃないが…。


少なくとも死ぬ危険満載な場所で…走る植物追いかけ回すよか百倍いい…。しかも足を緩められない状況までセット…、全ては為だ…。


鮮やかな橙色の実と…左右から生えた上向き下向きの双葉…、あれが〝ハヤタタ〟らしい。下を向いた葉を脚のように使って地面を駆け…、上を向いた葉を腕みたいに振ってやがる…。


何かめちゃくちゃムカつくな…フォーム綺麗すぎる…。ほんでェェ…そして素早すばェェ…、バカみたいに小回り利く…。


あと一歩で手が届きそうになると…前触れなく急カーブして回避しやがる…。それも木とか茂みとか…障害物の多い方に…。


これが脳だの知性云々だのじゃなく…単なる本能ってのが怖ろしいな…、知性生種が聞いて呆れる…。


しかもこの健脚植物…、逃げる先が毎度毎度…


「あっおネエさん! ウエウエ! 危ないヨ!」


「またかよ…! クソ…ちゃんと掴まってろよ…!」


木の枝からだらりと垂れた数本の蔓…、それが真下を通り掛かった途端に私目掛けて伸びてきた。


このまま追えば絡め捕られる…そうなると後が面倒…、タイムロスだが対処せざるを得ない…。


衝棍シンフォンに手を伸ばし、頭上から急襲してくる蔓を打ち払った。植物だけあって硬度は無いようなもんだ、簡単に破壊できる。


けど…全部破壊できた時にはもう…ハヤタタはずっと先…。既に三度目のトライだから判る…ありゃもうダメだな…。


ハヤタタの最も厄介な点はこれだ…、どうやって知覚してんのか分かんねェけど…わざと食獣植物がある方へ逃げやがる…。


共生関係…、ハヤタタは食獣植物に守ってもらい…食獣植物はハヤタタを追っていた生物を食い物にする…。何というか…よくできてるねェ…。


決まった食獣植物とだけ関係を築いてるならまだ楽だったが…、実際に追ってみて違うと直感した…恐らくは全ての食獣植物と繋がってる…。


要はそれ等全てを対処しながら捕まえなきゃならないわけだ…。うーんクソだねェ、ここまでのは久々だ~。


アクアスが居りゃあ…遠くから葉っぱ撃ってもらうだけで済むのに…、今居るメンバーで遠距離要員はカーリーちゃんだけだからどうしようもない…。


「残念だったネ、ヨシ次行こウ!」


「オマエは良いよな…私の頭にしがみついてるだけなんだからよ…。ってかオマエ浮けるんだから…頭上からこっそり近付いて捕獲、とかできねェの…?」


「あんまり素早く動けないのヨ~。ほらボク、お荷物ダカラ」


「自覚あんのかい…、あんま気にすんなよムードメーカー…」


「ウン!」

「ウザ…」


とはいえ…パークの言う通りめげずに頑張らねェとな…。今この瞬間にもカーリーちゃんの命が削られてる…、どれだけ猶予が残ってるかも分からない…。


できるのはただひたすらトライ&エラーを重ねるのみ…。ハヤタタが本能で動いているのなら…いつか動きのパターンが読めてくる。


そうすりゃ対策を練れるし、捕まえることだって可能な筈だ。あと何度トライすりゃ…その域に達するか分からんがな…。


「とりあえずロイスの所に戻ろう…、また失敗したって報告しねェとな…」


「あっ、おネエさんそこ…」


「えっ…? おわァアアアアアアアア…?!!」


何の変哲もない雑草まみれの地面だと思っていたが…足を乗せた途端勢いよく跳ね上がり…体が高く打ち上げられた…。


こういうのも多いなこの森なァ…! 食獣植物なら〝音〟がすんのに…こういう攻撃意図がない植物が天敵すぎる…。


まあ上空に打ち上げられるだけなら全然いいけどもさ、受け身取って着地すればいいし。何ならパークをクッション代わりにしても──


“ーん…、えーん…、えーん…”


「ハァ…!? マジかよ…!?」


まさかの落下地点にヒトデナシカヅラ…、空中で身動き取れるわけもなく…ただただ体は白い少女に向かって落ちていく…。


このままじゃ2人仲良く腹の中…、それはマズいと察し、すぐさまパークを頭から引きはがして適当な茂みに投げ込んだ。


やがて体は偽少女の上にドサッと乗っかり…すぐに立ち上がってその場を離れようとしが…手遅れだった…。


あっという間に葉が閉じ…檻の中に囚われた…。さーて困った困った…どうしたものかな…、パークが助けを呼んでくれると信じちゃいるが…ダメもとで自力脱出も試みるか。


衝棍シンフォンを回せるだけのスペースはあるし、十分に勢いをつけてから思いっきりぶち込んでやる…!


「〝りゅうげ〟…うおォォ…!?」


全力で葉に突きを繰り出したのだがぬるんっと滑り…体勢を崩して転んでしまった…。葉の内側から何か染み出してやがる…、多分消化液なんだろうが…。


いつの間にか足元もぬるぬるしてんな…、控えめに言って最悪だぜ…。やっぱ自力脱出は無理か…、大人しく救助を待とう…。


少しでも消化液に触れてたくないし…少女の上に避難…──ってコレもぬるぬるなんかい…! 抜け目ねェなァ…!


「──〝薙ぎ断ちアルミーガ〟!!」


「うわァァァ…!? っぶな…!」


突然私のすぐ横を薙刀の刃が通り過ぎた…、ほんとギリ…当たらなかったのが奇跡…。足元に注意しながらその場を離れる…。


四角を描くように刃が葉を切り裂いていき、綺麗にくり抜かれた先にはロイスとパークが立っていた。


「ごめんカカ…確認してから刃を入れれば良かったね…」


「いやいいよ当たらなかったし、助けられといて文句は無ェぜ…。──パーク…ちょっとこっち来てくれるか…?」


「布巾代わりでなければイイヨ?」


諦めて手拭いで消化液を拭いた、後で溶けてなければいいが…。


「中々上手くはいかないね…、少し休むかい…?」


「いや…もういっちょ頑張ってみるよ…。時間が無ェからな…」


とは言ったが…正直手詰まり感は否めねェ…、繰り返せばいずれ手に入るなんて…そんな希望的観測すら湧いてこない…。


ロイスが加われば逃走経路を潰しながら追い詰めていけそうだが…カーリーちゃんを放置しておくのはあまりに危険だ…。


食獣植物もそうだが普通に猛獣も闊歩してるしな…1人にはしておけない…。どうにか私の力のみで捕獲しねェと…。


「ねえパーク、この森に安全な場所とかってあったりしない…? やっぱり2人で捕獲する方が良いと思ってさ…」


「安全ナ場所ー? そうだナァ…強いて言うナラ──アソコ?」


「えっ…? ああ…あそこかぁ…」


パークが手を差した方向には、さっき私を捕らえたヒトデナシカヅラ…。何となくパークの言わんとすることは理解できたが…どうだかなぁ…。


でもそれでロイスが捕獲に加われるのなら最善か…? んー…もうやっちゃうか…! 迷ってる時間ももったいねェ…! やるか…!




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「よしっ、とりあえずこれでいい…よな…?」


「多分ね…多分これで安全…な筈…」


ヒトデナシカヅラを根元からバッサリ刈り取り、葉が垂れないよう縛って固定し、中に溜まった消化液を全て掃除した。


その中にカーリーちゃんを置いておけば、とりあえずは無事だろうという見立て。わざわざ食獣植物に近付く猛獣なんて居ない筈。


この容態のカーリーちゃんを1人置いてくのは心配だけど…より確実にハヤタタを手に入れる為にはこれしかない…。


「辛いだろうけど我慢してね…必ずハヤタタ持って帰って来るからね…。──よし行くぞっ! あの健脚野郎を一網打尽だ!」


「いっぱい捕まえるノ?」


「ただの意気込みだツッコむな、燃やすぞ」

「ヒェ…」


しかし捕まえるにしたってまずは発見からだ。また地道に捜し回ってもいいが…何か効率的に見つける方法はないものか…。


高い所から見下ろせば多少は見つけやすくなるだろうか…。木にでも登るか…? あっダメだ私登れねェ…。


「どうするか…──なぁパーク、ちょっといいか?」


「ナニ? えっ…チョ…何するノ…!? ヤダヤダヤダヤダ…?! 引っ張らナイデ引っ張らナイデ…! ウワアアアアァァァァァ…──」


「おお~結構飛ぶなぁ、こりゃ名案だぜ」

「名案…?」


頭の葉と体を掴んでグイ~っと引っ張り、パチンコの要領で上に飛ばしてみた。これなら簡単に高所から見下ろせる、我ながら名案。


「オーライオーライ、よいしょっ。どうだった?」


「怖かったヨ」

「ハヤタタが居たかどうか聞いてんだよ…!」


「周辺には居なかったネ」


オーケイ、となれば場所を変えて再トライ。あっちこっちへ移動し、その都度パークを高く飛ばす。楽でいいなこれ。


初めてパークが役に立ったことを実感してる。何たる逸材…軽いからよく飛ぶし、軽いから頭に落ちてもダメージなし。


毎回飛ばす度に叫ぶのがうるせェけどな…、普段から浮いてるくせに高所怖ェの…? ちょっと申し訳なくなってきたな…でもやるけど…。


「おネエさーん! あっちにハヤタタ居ター! 1匹ー!」


「ナイスだパーク! ──よしっ! 今度こそ捕まえんぞ!」


パークが見つけたという方向へ静かに向かうと、確かにハヤタタが歩いていた。腕(葉)を大きく振って堂々と歩いてやがる…。


まだ気付かれてちゃいないが…2人で飛び掛かっても逃げられる可能性がある…。ここはやっぱり挟み撃ちが定石だろう。


ロイスが静かに向こうへ先回りし、準備が整ったのを確認して勢いよく木陰から飛び出した。


この一手で捕まえられれば楽だったが…ハヤタタはすぐに気付いて逃走を始めた。だが逃げた先にはロイスが潜んでいる、そこで決める…!


脳が無いから悟られるかどうか分からないが…真の狙いに気付かれないよう追う足は緩めない。


だが追い込みすぎると急に進行方向を変えてしまうから…ほどよい距離感を保ちながらロイスの方へ誘う。


もう少し…もう少し…──今だっ!!


ハヤタタが木の真横に差し掛かった瞬間、木陰から飛び出したロイスが進路を塞いだ。私も思いっきり地面を蹴り、一気に距離を詰めてハヤタタへ手を伸ばす。


正面と後方に逃げ場はない…しかも左右には木が生えている…! この速度だ…急に進路変更すれば確実に激突する…!


逃げ場は無い…! 獲ったァ…!!


“──ギュンギュンッ!”


「えっ…?」

「ハァ…!?」


ハヤタタは右へ直角に曲がったかと思えば…更に左へ直角に曲がってロイスの後方へ走り去った。ほんの一瞬の出来事…、衝突したのは私とロイスだった…。


「痛っっってェ…?! クソ…追え追え追え…! こうなりゃ作戦もクソもねェ…! ひたすら追いかけて捕獲すんぞ…!」


「結局こうなるんだね…、痛てて…」


距離は離されたが…まだ十分に追いつける距離…! それに私の目は誤魔化せねェぜ…! 走ってて分かりにくいが…右の葉が少し裂けている…!


さっきした二度の高速方向転換…、実を持ち上げて走れるくらいには頑丈みたいだが…流石に負荷がデカかったみたいだな…!


となれば勝機はそこにある…! ガンガン方向転換させて、あの健脚な葉をボロボロにする…! そうすりゃもう走れねェだろ…!


問題はどうやって方向転換させるかだが…こっちには出来立てほやほやの新技がある…! それを活用すれば可能な筈だ…!


「ロイス、左側に膨らみながら直進してくれ! アイツをそっちに曲げる! ──いくぞパーク! オマエの出番だっ!」


「エっ!? ヤダヤダヤダ…! もう何するか分かるモノ…! あっやめテ引っ張らナイデ引っ張らナイデー…! ウワアアアア…!!」


前を走るハヤタタの右側を狙ってパークを射出。後ろから急接近してくる物体に感づいたハヤタタは、狙い通り左へ進路を変えた。


しかしすぐに左から接近してくるロイスに気付き、またも右へと直角に曲がった。これで四度目、まだ動きは俊敏なまま。


もう少し削らねェとダメらしい…。地面に仰向けで横たわるパークを回収し、そのままロイスと並行しながらハヤタタを追う。


「ロイス、今度はこっちに曲げてくれ! 今そっちにパークを送る!」


「送ル!? ボクの扱い雑じゃナイ!?」


「ううん大丈夫! 僕は僕のやり方でハヤタタを曲げるから!〝酸飛弾ゾール・バーラ〟!」


ロイスは口から小さな酸の塊を飛ばした。さっきの私同様、狙いをわざと少し逸らして方向転換を促している。


その狙い通りハヤタタは右へと逃れ、接近している私に気が付きまた左へ曲がった。これで六度目、さっきよりも葉が傷付いている気がする。


良い調子だ、このままいけば捕獲できる。どれだけ生物のようでも所詮は植物、本能に従って回避し逃げるだけ、対策は練れない。


いずれ手が届く、それまでは我慢の戦いだ…。焦らず…慎重に…一歩ずつ駒を前に進めて追い詰める…! 必ずこの手に掴んでやる…!



──第120話 ハヤタタ〈終〉

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