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169. 自らの埋葬

「どうやって……帰るんですか?」


 不安げな俺を見て、レヴィアはクスッと笑う。


「帰るも何もない。お主の実体は神殿のポットの中じゃぞ? 意識をその実体に集中すれば、自然とこの体に向いてる制御が切り替わる。それだけじゃ」


「元の身体に集中……? え? どうやって……?」


 その禅問答のような話に俺は戸惑いを隠せない。


「まぁいい、とりあえずシャトルへ戻るぞ。こんな所に死体を置いておけないからのう」


「死体?」


 その一言に、ゾクッと不穏な感覚を覚えた。


「この身体、もう返却不能じゃからなぁ……」


 自分の立派な身体を見回しながらレヴィアは残念そうに口をとがらせる。


 言われてみれば、その通りだった。この身体はスカイポートで借りた仮初かりそめの器。スカイポートに戻れない以上捨てるしかない。そうなれば、この身体は確かな死を迎えることになる――――。


「何とか……なりませんかね?」


 どれほど仮初めの存在とはいえ、これまで戦いを共にした大切な器なのだ。何とか生かす方法があれば……。


「海王星の奥深くに埋葬する以外なかろう。証拠隠滅じゃ」


 レヴィアは残念そうに肩をすくめる。本当に捨てるよりほかないのだろう。


 自殺でもなく自分の身体を埋葬する――――。それは今まで想像したこともない、とんでもない話だった。


 生と死の境界が曖昧に揺らぐのを感じる。


 俺はじっと自分の手のひらを見つめた。



         ◇



 俺たちはシャトルに乗り込み、席を最大にリクライニングし、横たわった――――。


 サラサラとダイヤモンドの粒が降り注ぐ音が聞こえ、これからの神秘的しんぴてきな体験を予感させる。


「お主は瞑想めいそうしたことあるか?」


 レヴィアはシャトルの操作盤を叩きながら聞いてくる。しかし、瞑想など前世含めてやったことなどない。


「いや、ないです」


「瞑想くらいやっとけ、人間の基本じゃぞ」


 呆れたように言い放つレヴィア。


「そういう物ですか……」


「瞑想すると、さっきのマインドカーネルに行ける。そしたら元の身体を思い出せばいい。自然とこの身体との接続が切れて、神殿のポッドに戻れるじゃろう」


「え? どういうことですか……?」


 言ってること全てが分からない。瞑想がなぜそんな壮大なことを実現するカギになっているのかピンとこなかったのだ。


「お主は頭でっかちじゃな。いいからやってみるんじゃ! はい、ゆっくり深呼吸して! ゆっくりじゃぞ、ゆーっくり!」


 はあ……。


 俺は言われるがままにゆっくりと大きく息を吸い……そしてゆっくりと息を吐いた。何度かやっていると確かに心が落ち着き、頭がボーッとする感覚がある。意識が徐々に現実から遊離していくような、不思議な浮遊感に包まれていく。


「これを繰り返すんじゃ。途中雑念がどんどん湧いてくると思うが、それはゆっくりと横へと流すんじゃ」


 すでにレヴィアの声が、遠くから響いてくるように感じられていた。


「やってみます」


 ゆっくり吸って――――。


 ゆっくり吐いて――――。


 俺はしばらく深呼吸を繰り返す。どんどんと湧いてくる雑念、ドロシーにスカイパトロールに……レヴィアの豊満な胸……イカンイカン! 俺は急いで首を振り、大きく息を吸って……、そして、吐いた――――。


 ゆっくりと意識を整えながら、純粋な空無くうむの状態を目指す。


 はじめは雑念だらけだったが、徐々に雑念が減っていき……、急に意識の奥底に落ちて行く感覚に襲われた。俺はそれに逆らわずどんどんと落ちて行く。息を吸うと少し浮かぶものの、息を吐くとスーッと落ちて行くのだ。まるで意識という大海原の中にゆっくりと沈んでいくような感覚――――。


 どんどんと意識の奥底へと降りていくと、やがてキラキラとスパークする光の世界が訪れる。まるで宇宙空間に漂う無数の星々のように、光の粒子が舞い踊っている。俺はしばらくそこでたたずんだ。温かくて気持ちいい世界――――。


 瞑想ってこんなに素晴らしいものだったのか……。この瞬間、俺は人間の意識の深層に秘められた可能性に触れた気がした。


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