全てが終わって。
ゆっくりとダルグさんがこっちへ歩み寄ってきました。
この時の私は、本当に情けないことに。
たまらなく恐ろしかった。
度重なるショックで正気ではなかったんだと思います。
そこにいるのは、ダルグさんかもしれないけどノルーネが知っているダルグさんじゃないように見えたのです。
ダルグさんは、道に迷って行き倒れるような大分マヌケな人で、村のみんなを楽しませてくれて、ノルーネを寂しさから解放してくれた人なの。
あんな怖い目をしていなかった。
あんなに乱暴な口調じゃなかった。
あんな残酷な命令をするような人じゃないの。
「……大丈夫か?」
「ヒッ!?」
ノルーネは、恐怖に飲まれてました。
助け起こそうとしてくれた手をとらず、拒絶し、後ずさった。
ダルグさんが、知っているはずの人がまるで別人のようで。
そして私は、最悪の行動をしてしまったのです。
「こないで……」
「来ないで化け物!!!」
心が限界を迎えた私は、そこで意識を失いました。
そのあとどうなったかは分かりません。
最後に焼き付いて消えないのは、とても寂しげな顔だけでした。
◆ ◆ ◆
しばらくして――目を覚ましたノルーネが最初に見たのは。
「ノルーネ! 無事か!!?」
「おとう……さん?」
私を強く抱きしめるお父さん。
「よかった、本当によかった、無事でいてくれて……」
「お父さん、生贄にされたんじゃ……?」
「うぅ、ぐすっ。それがな――」
涙をゴシゴシと拭いながら、お父さんは何があったかを話してくれました。
怪しい集団に捕まって、閉じ込められていたこと。
危ういところである男性に救われたこと。
「その人って……ダルグさん?」
「知ってるのかい? 生憎ワタシは名前を訊くことができなかったんだが」
「だって、すぐそこに……」
周囲を見回して、ノルーネは気付きました。
あの人の姿がどこにもないことに。
「お前がココにいると教えてくれたのは彼だ。ただ、先を急ぐと口にしてな、満足に礼をする時間もなかった」
「……そう、なんだ」
「ただ、ノルーネが目を覚ましたら伝えてくれと伝言を預かっているよ」
お父さんの口を通じて、ノルーネはその言葉をたしかに受け取りました。
そして、あの時あなたの手をとらなかったことをとても後悔したのです。
『あの約束はなかったことにしていい』
『ごめんな』
あの人はどんな気持ちで私を助けてくれたのか。
助けたノルーネに拒絶されてどう思ったのか。
それを考えてしまったノルーネは、自分がどれだけひどい行ないをしたのか。今更理解しました。
ごめんなさい、ごめんなさい。
謝りたくてもあの人はもういません。
もしかしなくても、もう二度と会えないのでしょう。
そう想ってしまうと、胸の内からこみあげてくるものを吐きださずにはいられませんでした。
「ごめんなさい、ごめんなさい!! 私は、なんてことをぉッ!!」
「ど、どうしたノルーネ!? どこか痛いのかい!?」
「い、痛いです! 胸(ココ)が苦しくて……お父さん、ノルーネはあの人を怖がって……て、手を……」
差し出してくれた手を払いのけてしまった。
私よりもずっと大きくて温かい、優しさを感じる手を。
私は恐怖に負けて、優しさを踏みにじった自分が許せません。
ノルーネがもっと強かったら、もっと何かが違ったはずなのに!!
あれほど自分が嫌いになった瞬間は、後にも先のもあの時だけでした。