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魔族の道連れ

第57話:襲撃者



(まただ……)


 グラッドは誰かに見張られているような視線を感じていた。

 今日だけではなく先日から。それも一度や二度ではない。


 最初に気づいたのは、休息と補給のために立ち寄った村を出発して、街道に沿って進んだ先にあった山道に入った辺り。鬱蒼とした緑と背の高い木々に囲まれた森には様々な生物達が生息しており、中には人間を襲う獣や危険なモンスターに出くわすこともある。


 しかし、グラッドの首筋をちりつかせる気配は獣やモンスターとは一味違う凄みのようなものがあった。

 数多の者達と戦ってきた元騎士の経験で例えるなら、真剣勝負に立ち会った際のひりつく雰囲気。あるいは一定レベル以上の強者と出会った時のソレに近い。


 けれど視線を感じた方向へ振り向いても誰もいない。

 周囲を警戒しながら見回しても特別何かが見えはしないし、がさがさと葉が揺れる音や枝を踏む音もしなかった。


「やれやれ……」


 少なくとも速攻で見つかるようなドジを踏む相手ではないようで、グラッドから探そうとすればその何者かの気配もフッと消えてしまう。


 つかず離れず。何かがいるはずなのに正体が掴めない。


(宿の主人が話してくれてた噂の奴か?)


 主人曰く。


『この近辺には立ち入った者が姿を消す恐ろしい場所が存在する』

『街道を道なりに行くと三つの道に分かれており、どの道を選んでも経由できる村や町が違うだけで最終的には合流も可能なのだがが、一番古くて最短ルートになる真ん中の道を選ぶ者はとても少ない』

『何故なら、その先には旅人を襲う恐ろしいナニカの話が絶えないから。ナニカは山のように大きい怪物とも隠れ住む盗賊団ともいわれる』


 といった感じで、要するに注意喚起の類だった。

 その話に耳を傾けつつもグラッドがさほど興味を抱かなかったのは、


『恐ろしいナニカの正体が男を虜にする絶世の美女で、そいつに魅入られた愚かな野郎共はカラカラに干からびてるくせに幸せそうな面をしてるんだとよ!』


 髭面のおっちゃんが大仰な笑い声と共にしょうもないオチをつけたからである。

 なんでも村の中では噂話好きの主人がかます鉄板ネタらしい。


 噂の真相はともかく、用があるのは噂の場所だ。

 グラッドは少々警戒レベルを上げながらも、枝葉が乗った柔らかめの土を踏みしめる足を止めない。

 信じるのであれば絶世の美女よりも長き時を生きる化物の噂。山間の谷に住むとされた何者かが呪いを解く方法を知っている可能性の方だった。


(誰かに尾けられてるのなら、あんまり気持ちのいいことじゃないけどな)


 実際に進む山道は予想よりも深くて広い。

 草木を槍で払わないといけない程邪魔にならない分だけマシだが、人が通った跡があまり無いため獣道と大差ない。 


 グラッドは自分のペースを崩さず、時折方向を確認しながら進んだ。

 偶に食べれそうな木の実をもいだり、湧き水でのどを潤したり、小休止を挟んだりしつつも、大した疲れもみせずにズンズン森を突き進む。

 そして、夕方になっても何者かに襲われることは無かった。


 結局はいつもやっているようにテキパキ野営の準備だけして、早めに眠りにつく。明日は太陽が昇ってから出発するつもりだ。


 ――その予定が崩れたのは、夜が深くなってからのこと。

 村や町なら誰もが寝静まる時間に、ソレは横になっているグラッドに近づいてきた。


「…………」


 人間に酷似しているシルエットは、木の上からふわりと音もなく着地。忍び足でグラッドのすぐ傍まで接近。

 掲げた武器――大きな鎌の刃を僅かにさす月光で煌めかせてから振り下ろす。


 ザグッッ!


「っとお!」

「あ」


 間一髪、グラッドはその場から飛びずさって鎌の一撃を避けた。

 こんなに堂々と夜襲をされたのは久々だったため、胸のドキドキはけっこううるさい。


 長年の相棒として使っている愛用の槍を手にして、グラッドはようやくまともに尾けていた存在の姿を確認することができた。


「誰だか知らないが、顔を見られると困る性質か?」


 地面に刺さった鎌をずぽっと抜いた襲撃者は、フード付きの黒い外套を身につけており、その顔は口元が少し見える程度。これでふわふわと空中に浮いていたのなら鎌と相まって死神に見えなくもないが、両足はしっかりついている。


「……さっきのを避けるなんて……勘のいいヤツ」


 てっきり無言で通すかと思いきや普通に喋る相手。

 少なくとも言葉が通じそうな相手と対峙しながらグラッドは自分に有利な間合いをとっていく。いざ戦闘となればやむなしだが、言葉が通じる相手ならばそれ以外の解決手段もあるかもしれない。


 だがグラッドはすぐにその考えを改めることになった。


「おとなしくするなら、たくさん痛い思いをしなくて済むぞ!」

「い!?」


 グラッドに向けられた鎌の先から、複数の白い玉が生まれ矢のように発射される。

 元騎士たる青年の知識と経験でソレに該当するものがあった。


「魔法か!」


 直線的な軌道で飛んでくる光の矢を見切り命中しそうなものだけを槍で迎撃。外れた内の一発が後方にあった木々に命中したのか、バギィ! 大きな枝が折れたような鋭い音がした。


「これも避けられた? ……前言撤回、勘がいいだけじゃない。お前、強いな」

「そう思うならヤられる前に帰ってくれないか!」

「ダメ。強いなら尚更逃がさない」


 どこか楽しそうな声色で、襲撃者は続けざまに攻撃魔法をぶっ放してきた。

 魔法は変わらず光の矢ではあったが、その数は最初よりもずっと多い。雨あられとまではいかないが、十数人の射手が一斉に放った程度の弾数がある。


「容赦ないな!?」


 グラッドは全ての魔法を回避しながら一旦魔法の射程外へと走り出した。

 当然のように襲撃者は追いかけてくるが、木々に視界を遮られる上に集中が必要な魔法を走りながらグラッドに当てるのは難しい。


「逃がさないぞ!」

「はっ、そういう台詞はオレに追いついてから言うんだな!」


 少し走ってみれば足の速さはグラッドの方が上のようで、襲撃者は追いつこうとするので精一杯。


(これなら逃げ切るのも難しくはない、か?)


 油断はできないが逃走が許されないわけではない。

 自分に有利な点を発見したグラッドがほんのり安堵していると、後ろから罵声が飛んできた。


「こらー! 逃げるなこのヘタレ野郎ーーーー!!」

「アホか! 逃げるなと言われて逃げない奴がいるわけないだろうが!」 

「だ、誰がアホだって!? ええい、だったらまとめて薙ぎ倒してやる!!」


 ブレーキをかけて立ち止まった襲撃者が、両手を前方にかざすとその全身が白と黒が入り混じった淡い光に包まれていく。

 その光は徐々に両手に収束していき、先程の光の矢より何倍も大きくてバチバチと電光を奔らせる玉を生み出した。


「喰らえーーーーー!!!」

「!!」


 次の瞬間。

 眩い閃光と共に、人間一人なぞ余裕で飲みこむ大きな光の奔流が一直線に奔り、射程内にあった岩や木をものともせずふっ飛ばした――。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ん~~?」


 焦げついた匂いのする森の一角を生み出した張本人は、不思議そうに直線状に抉れた大地を確認しながら歩き回っていた。

 お目当ての物が見つからなくて不満なのか。どこかイラついた空気を纏いながらガサガサと大きく積み重なった枝葉や木と石の破片を鎌で持ち上げていく。だが、何度やっても見つからないものは見つからない


「おっかしいわねぇ。直撃はさせなかったはずだけど……まさか跡形もなくなっちゃったなんてことは……?」


 そう呟きながら盛り上がった土砂の上で比較的原型を留めている木の隙間に手を伸ばすと。


 ガシッ!! とその腕が何かに捕まれた。


「へ?」

「捕まえたぞこいつめ!!」


 土と砂と埃まみれになったグラッドが上に乗っていた物を吹っ飛ばし、同時に割と細っこい腕を引っ張ってから羽交い絞めを試みる。


 そこへ慌てて襲撃者は何かぶつぶつと唱えると、掴んでいた腕から闇色のモヤのようなものがグラッドの腕を浸食してきた。


「うわっ、なんだこれ気持ち悪っ!?」

「アッハッハッハッハ! お前の負けだ、不用意に近づいたのは失敗だったな。安心しろ、お前の全ては我が糧にしてやる」


 …………だが、グラッドには特に異変も何もなかった。

 闇に浸食された部分が若干イヤ~な感じと共にほんのり脱力感はあるが、痛くも痒くもない。


「で? これのどこにオレが負けるって?」

「…………は? え、な、なななぜ!?」


 素っ頓狂な声をあげる襲撃者。

 その視界がぐるりと回転する。


 隙だらけの相手を、グラッドが力任せに放り投げたからだ。


「がはっ?!」


 背中を地面に強かに打ちつけて何度かバウンドしながら転がる襲撃者。その苦し気な声が消えるより早く、グラッドは力をこめた手で押さえつけながら相手の顔面に槍の先端を突きつける。


「動くな」

「うッッッ!!」

「少しでも動く素振りをみせたら終わり。もちろん魔法もだ」

「……くぅっ!」


「まったく……お前は一体なんなんだよ。誰かに頼まれたのか? それとも盗賊の一味か? そんだけの強さがあったら他に出来る事もたくさんあるだろうに」

「うるさい! 人間が偉そうに指図するな!」

「人間が、って」


 襲撃者の言葉に違和感を覚えながら、グラッドは相手が目深にかぶったフードをめくってみた。途中何か尖ったものに引っかかったので、上に引っ張りながら完全にめくりきると……。


「あ」


 フードの中に納まっていたモコモコの髪が解放されて広がった。

 セミロングの髪はセンターで綺麗に左右へ分かれており、それぞれ赤紫と青黒と独特な色合いをしている。


 それだけでも特徴的なのに、彼女の頭には大きくくるりと曲がったヤギに似た角があった。装飾品の類ではなく頭からしっかり生えている。


「お前、その角……」

「気安くじろじろ見るんじゃない!!」


 付け加えるなら、口の悪い襲撃者の顔つきは若い女性そのもので。

 ここからどうすべきかと、グラッドの思考を少なからず迷わせるのだった。


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