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「くっ、おのれ人間め、このあたしになんたる屈辱をぉぉ!!」
ひとまず、グラッドは勝者の特権として襲撃者の身体を縄を使ってミノムシのように縛ってその身動きを封じた。代わりにやかましさが倍増したが口を塞いでしまうと会話が成り立たない。
魔法が使える相手に対しては大分甘い拘束ではあったが、現状で魔法を使われたところで脅威にはなりえない。うかつに行動してグラッドに反撃されれば、終わりなぐらい相手も理解しているはずだからだ。
「まったく元気な敗者だな……。少しは静かにしようとか考えないのか。言っちゃあなんだが今のお前が生きるも死ぬもオレ次第なんだぞ?」
「はっ! 調子に乗るなよ貧弱な人間が。あたしが本気になればお前なんか一瞬で塵になるんだから――」
「その貧弱な人間様より弱い奴の台詞かよ」
「なんですってえ!!?」
がるるるるると猛獣のような唸り声をあげる女は、不満や怒りを隠そうともしない。彼女はグラッドからすれば大分珍しい手合いだった。
「で、だ。オレとしてはどうして襲われたのか理由が知りたいんだが?」
「……ふんっ」
話す口など持たない。
そう言いたげに襲撃者はそっぽを向いてしまう。
「やれやれ……じゃあ答えたいとこだけ答えてくれよ。まずはその角からして、魔族なんだろ?」
「!」
言い当てられたのが意外だったのか。
あからさまな反応があった。
「あたし達を知ってるのか? あの強さ……もしかして同族?」
「生憎オレは人間だが、昔の知り合いにお前みたいなヤツがいてな。そいつから少しだけ話を聞いたことがある」
「へぇ……だからあたしを前にしても怖がらないってわけ? あんたの知り合いってのはよっぽど上手く人間に取り入ってたのね」
「取り入ってたねぇ……」
グラッドが思い出した知り合いには、人間に取り入ってたイメージは欠片も無い。むしろ傍若無人っぷりを発揮して気に入らない奴をボコすわ嫌いな物は絶対喰わないわ生活能力はヘボいわと、トラブルメーカーだった印象が強い。
そういう意味では目の前にいる女と大差はないかもしれなかった。
「魔族ってのはこんなんばっかなのか……?」
「は? 何よ悪口?」
「ただの事実確認だ。攻撃が得意なヤツが多いのかって思ってな」
「魔法もロクに使えないヤツばっかりの人間に比べれば、多いでしょうね?」
挑発じみた言動には魔法に対する自信が垣間見える。
実際“魔”族と人間側が呼ぶだけあって、彼女らは生まれつき魔法に長けている種族には違いない。
ただその名称には様々な意味合いが含まれている。
人に近い姿をしているが角や翼を持ち、地域によってはモンスターと同等かそれ以上に恐れられる存在。時には邪悪な者と接点を持ち、この世と異なる世界にいる悪魔の手足となる場合もあり、人類の敵対者とみなされる相容れない者等……正直言ってしまえば良いものとしては扱われていない。
しかし……それは不老不死になって以降、ひとつの土地に長く留まるのが難しくなったグラッドも似たようなもの。それに知り合いの魔族――もとい肩を並べて闘った仲間が居たこともある。
そういった観点もあって、グラッド自身は魔族に対する偏見を対して持っていなかった。もちろん明らかな害を成そうとするなら話は別だが。
「繰り返しになるが、オレを襲った理由は?」
「あたしのテリトリーに足を踏み入れた奴を襲って何か悪い? どーせあんたもどこぞの奴らみたいにお宝探しに来たんでしょうが」
「なんだそりゃ! オレは単にこの先に用があるから山越えをしようとしてただけだ」
「はいはい、そーね。どいつもこいつも同じ理由を持ち出すのねほんと、あ~~くだらない」
「まったく信じてないな」
「信じる余地なんてないわ。どんな綺麗事を並べたところで、この世界は弱肉強食。弱い者は強い者に何をされても仕方ないのよ」
「…………」
「ヤるならとっとと好きにすれば? でも覚悟しときなさい。いざとなれば死んだ方がマシってぐらいの苦痛と恐怖をもって道連れにしてやる」
「……ああ、じゃあそうなる前に好きにさせてもらおうか」
槍を持って近づくグラッドを前に、彼女は怨めし気な視線を向け続けていたが……その手が上がった時には恐怖を押し殺すようにギュッと目を瞑った。
されど、少しばかり時間が経ってもトドメを刺す一撃は飛んでこず、何やらごそごそしている音だけが聞こえるばかり。
さすがに気になってそーっと瞼を上げてみると、
「よし、こんなもんか」
パンパンと手をはたきながら、グラッドが近くの木と彼女の身体をより強固にぐるぐる巻きにしばりつけ終えていた。
「じゃ、そういうことで。二度と襲ってくるんじゃないぞ」
「ちょ!? なによこれ解きなさいよ!!」
「お前がすぐに追ってこれないように縛ったんだから解くわけない」
「なんで?! 他にもっとこう……あるでしょ、色々と!」
「お前が何を考えてるのか知らないが、オレには色々なんて無いんだよ。それとも何か? まさかここで死んだ方がマシなんて馬鹿な事をほざくんじゃないだろうな?」
「……ッ!」
「弱肉強食だっけ? それなら強い方のオレが何をしようと勝手だろ」
さっさと出発準備を整えて、グラッドはわざとらしく手を挙げながらその場から離れていった。少しばかり眠そうに欠伸をしながら、余裕さえ感じさせる大きく見える背中を見せて。
「じゃあな。これにコリたら襲う相手は選ぶようにしろよ」
その態度を見せられた相手は、かぁぁぁ~~~と真っ赤になっていき。
「お、お、覚えてなさい!! 今度会ったら絶対タダじゃ置かないんだからーーーーーー!!」
寝静まった動物達が跳び起きるような甲高い声で叫び続けた。