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第59話:二つ夜

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 魔族の女に襲われた次の日。

 その夜。


「どっせーーーい!!!」

「うおお!?」


 グラッドはとても見覚えのある誰かさんに、また襲撃されていた。


「避けるな!」

「危ないだろうが!!」


 深い谷で発見した小さな洞窟に両者の声が響く。

 昨日と似たような展開で始まった戦いだったが、前日よりも決着がつくのは早かった。森の中と違って逃げ隠れする場所もなければ魔法に有利な距離の確保も難しく、グラッドが相手を制圧するのを優先したためだ。


「くっ、おのれ人間め、このあたしになんたる屈辱をぉぉ!!」

「まったく……手間をかけさせるなよな」


 既視感のある状況に呆れながらも、グラッドは再び魔族の女を縄でぐるぐる巻きにしてしまう。身動きが取れなくなった相手は情けなくビチビチとエビのように跳ねており、その減らず口は絶好調のようだった。


「昨日負けたのを忘れたわけじゃないだろ。なんでまた襲ってきたんだよ」

「あんたに負けたままでいられるわけないでしょ。リベンジよリベンジ!」


「それで負けてちゃ世話ないな。なんだったら昨日より襲い方が雑だったぞ?」

「ぐぬぬぬぬっっっっ」


 反省したり折れる気配も感じられない襲撃者の態度には、グラッドもため息をつかざるをえない。本来であれば見逃されただけ有りがたく感じてもおかしくないはずなのに、どうしてコイツはしつこく追ってきたのか。


「……そんなに人間が嫌いか? 倒さないと気が済まないか?」

「人間は敵なんだから当たり前でしょ」

「ここらの魔族はそんなに敵対意識が強いのか。……はっきり言うがお前にオレは倒せないから、さっさと諦めて家に帰れ。仲間だって心配してるだろ?」

「仲間なんていないわよ。人間と一緒にしないで」


「……そうか。そりゃ悪かったよ」

「なんで謝るのよ。変な人間ね」

「普通じゃないのは確かかもな」

「……ほんと変な男」


 それからしばしの時間が経って。

 グラッドは転がっていた彼女を起こしてから、たき火の準備を始めた。

 昨日のように縛って置いてくか洞窟から放り出しても、きっとこの魔族はまた追いかけてくる予感があった。だったら目の届くところにいさせる方が幾分か気が楽だし――ついでに知りたい情報を貰えるなら悪くはない。


「ねえ、変な人間」

「誰が変な人間だ、オレにはグラッドレイって名前がある。グラッドって呼んでもいいぞ変な魔族」


「誰が変な魔族か! あたしにだってユユハディ・アカム・ナハトって誇り高き名前があるわよ!!」

「ユユハディ・アカム・ナハトねぇ。なんとも覚えにくいことで」


「人間風情じゃその程度よね。なんだったら特別にユユ“様”って呼ぶことを許可してあげてもいいわよ?」

「そっか。じゃあミノムシ・ユユ様さんにいくつか答えてもらおうかな」

「誰よそいつ!! 変な名前つけんじゃないわよ!!」


 ぎゃーぎゃーうるさいユユの抗議をさらっと聞き流しながら、グラッドは荷物の中から肉を乾燥させて作った保存食と道すがら入手した果実を取り出す。時間があれば近くにあった川で魚を獲っても良かったが、ユユを見張っている都合上断念することになった。


 この場でユユからどう情報を得るか。

 干し肉と果実を食べながら、のんびり考えていると……。


 くぅ~~~~、と可愛い音が洞窟内に反響した。

 音がした方へグラッドがちらりと視線を向けると、恥ずかしさに許せなさと怒りを塗りたくった複雑なくやし顔のユユと目が合った。


「………………あによ」

「欲しいなら分けてやってもいいぞ。それとも自前で持ってるか?」

「はっ! そんな態度でいられるのも今の内よ、食料なんて後で幾らでも奪えばいいんだからね!」

「奪うぐらいなら素直に欲しがった方が早いだろ……」


「……頭を垂れて献上するって言うなら受けなくもないわよ?」

「そんな偉そうな態度を取る負け犬に献上する気はない。くやしがるお前の顔を眺めながら最高に美味そうに喰ってやる方がマシだ」

「さ、さいあく、サイアク最悪! この変態サイアク人間めッッ」

「二日連続で襲ってくるサイアク魔族の遠吠えなんて聞こえないな」


 ユユと名乗った魔族はしばらく罵詈雑言を発し続けていたが、さすがに多少は疲れたのかぐったりし始めていた。

 そこまで来ると可哀想に感じてきたのか。グラッドは保存食をひとつ、ユユの口元へと運んでいく。


「……今更献上する気になったとでも?」

「オレの大事な仲間の言葉を思い出した。“騎士たるもの、如何なる時であっても女子供を大切にするべし”ってな。……もし感謝ができるなら、美人に目がないオレの仲間にしてやってくれ」


「…………ねぇ、このままじゃ食べれないんだけど」

「口に放り込んでやるから、あーんしてみ」

「さっきの言葉を借りるなら、片手が使えるぐらい縄を緩めてくれてもいいんじゃない?」

「はぁ~~? だってお前、緩めた瞬間に鎌で斬りかかってくるだろ」


「じゃあ、誓って鎌で攻撃なんてしないから。ほら早く、実は縄がくい込んでけっこう痛いのよ」

「……変な真似はするなよ」


 念の為にグラッドは強めに警戒しながらも、ミノムシ状態なユユの片手だけを動かせるようにして干し肉を手渡そうとする。

 この時、ほんの少しだけユユの細い指が接触したのだが……。


「えい★」


 可愛らしくも悪そうな声をユユが発した直後、先日も目の辺りにした闇色のモヤがうぞうぞとグラッドの指から腕へと這い回るように包み込んだ。

 しかし、若干気持ち悪くて顔をしかめはしたもののグラッドに特段の変化は見られない。


「なんで効かないの!?」

「……おい、なんのつもりだ」

「間違いない、昨日のもやっぱり不発したわけじゃなかったハモッ?!」


 がぼっと干し肉を口に突っ込まれたユユが黙る。

 冷や汗を流す彼女が見上げた先にいるのは、怒れる目を光らせるグラッドだ。


「誓って攻撃しないんじゃなかったか?」

「も、もぐもぐ…………ごくり。ふん、あたしは鎌で攻撃しないって言ったの。どんな攻撃もしないなんて約束した覚えはないわね」

「さっきの気色悪いのはやっぱり攻撃なのかよ! まさかチンケな呪いじゃないだろうな?!」

「ち、チンケですってえ!? 人の得意技をけなすにしたって限度ってもんがあるんじゃないかしら?!」


「へぇ、特に痛みも異常もないがどんなヘボい効果があったんだ?」

「ヘボくない! あたしが触れたヤツにしか使えないけど、相手の力を吸い取って自分に取りこむスゴイ魔法なんだからね!!」


「なるほど。そりゃあ凄いな、ベラベラ喋ってくれたおかげでよーく分かったよ」

「……ハッ!? だ、騙したなぁ!!」

「お前が勝手に吐いたんだろうが!! とりあえずお前に近づくのは無し。次からは遠くから口に放り込んでやるから上手くキャッチしてみせるんだな!」

「さ、さいていサイテイ最低! よくそんなメンドクサイ嫌がらせを思いつくわね!! あんたほんとに人間!?」

「どっからどう見ても人間だろうが!」


 ぎゃーぎゃー両者が騒ぐことしばし。

 ケンカが収まった後は互いに仏頂面のままそっぽを向いていたのだが、夜も更けてきたところで話しかけてきたのは――ユユからだった。


「ねえ」

「……なんだ」


「本当に人間なの?」

「くどいぞ」


「魔族のあたしと対等以上に戦えて、あたしの流出魔法が効かない。あんたは特殊な人間じゃないの? そんな奴、今まで見たことも聞いたこともなかった」

「…………ユユが知らないだけで、世界は広いんだよ」


 グラッドのそっけなく聞こえる答えに、ユユは多少の興味を抱いたようだった。

 それでようやく二人はぽつぽつと話しを始めていく。


「グラッドだっけ? あんたは何の目的があってこの先に行くの?」

「呪いを解くため」


「呪いを解くって?」

「……なんだ急に質問攻めか? 一応言っとくが縄を解かせようと企んでるなら期待するなよ」

「そういうのじゃないわよ。単に気になったから訊いてるの」

「…………多分、聞いても面白くないぞ」


 そう前置きして、グラッドは旅の理由――不老不死の呪いを解く方法を探していることを話した。

 ユユはこれまでとは打って変わって、静かに大人しく聞くままで減らず口もほとんど叩かない。


「――――と、これがオレの目的だよ。この辺りで不老不死の存在を崇めてたって古い噂を耳にしてな。どこまで本当か分からないが、ご神体のある神殿か祠があるんだと」

「ふ~ん……不老不死ねぇ。嘘くさっ」


「一応訊いてみるが、何か心当たりはあるか?」

「知らない」


「そっか」

「でも、あんたに収奪魔法が効かない理由は分かったかも。多分だけど」

「オレは魔法使いじゃないからあんま詳しくないんだが、収奪魔法ってお前が使ったあの気色悪いヤツだよな」

「気色悪くない! アレがどんだけ凄いか分からないからそういう感想になるの!」


「喰らった側としては、そうとしか思えん」

「くぅ~~~腹立たしい~~~! 言っとくけど収奪魔法をまともに喰らったら普通はヘロヘロになって終いには行動不能になるんだからね!」」


「お前そんな魔法をオレに使ってたのかよ! 恐ろしいやつめ」

「効かないんだから別にいいじゃない」

「確かに、オレの相手にならない奴を気にしても仕方ないか」

「はぁ!? あたしが本気を出せばあんたなんてイチコロだっての!」

「ミノムシにされてる分際で、よくまあ吠えることで……」


 たき火で燃える木の枝がぱちりと爆ぜる。

 グラッドはポイ、ポイと適当に新しい木をくべた。


「……ふぅ、そろそろしっかり休むか」

「ちょっと寝るならあたしの縄を解いてからにしなさいわぷっ!?」

「あ、悪い」


 放り投げられた外套がユユの顔にぶつかってから、その身体を中途半端に覆う。扱いは雑かもしれないが、何もないよりはずっと温かかった。


「これ、どういう扱い?」

「人間風情のつまらない話しに付き合ってくれた礼とでも思えばいいさ。ついでに大人しくしてくれると助かるな」


「すると思う?」

「そうなると諦めてトドメを刺すしか……」

「~~~~~ッッ!!」


 大分プライドが傷ついたような表情を浮かべたユユだったが、さすがに二回も敗北すれば自分の立場を弁えるらしく不貞寝をするように横になって背を向けた。

 一応グラッドもある程度はユユを見張り続けたが、しばらくして小さな寝息が聞こえてきたので警戒を緩めて横になる。



 ――次の朝を迎えるまで、洞窟内には争う声や音が響くことはなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 明るい太陽と枝葉に生み出される木漏れ日の下。

 爽やかな空気を感じながら道を進むグラッドが振り返る。


「まだ機会を伺ってるのか」

「どうしようとあたしの勝手じゃない」


 特に隠れることもせず普通に付いてくるユユに悪びれた様子はない。

 フードで頭を覆っていないので特徴的な角と髪は剥き出しで、多少気温が高いからかコートも着ずに腕や足や胸等に露出の多い涼しげな恰好――ユユの普段着らしい――になっている。


「何度も何度も襲ってくるようなヤツに付き纏われたら普通は不安になるだろ」

「あら。なら変な人間のグラッドには関係ないわね」


 なるべく気にしないようグラッドはざふざふと土と葉を踏みしめながら川沿いに進んでいく。だが、後ろからついてくる気配はいつまで経っても変わらない。


「あのなぁ……もう拘束もされてないんだから、どこへなりともも行けばいいだろ」

「あんたみたいな変なのが縄張りをうろついてたら、気になって仕方ないでしょ」


「信用できないだろうが、オレは別にお前の縄張りで暴れたりしないぞ」

「近くで見張ってみないと分からないわねぇ」

「…………わかったわかった、もう勝手にしろよ。ただ、夜中に襲うのは止せ」

「あら、夜じゃなければいいの?」


 グラッドは一度立ち止まって溜息をつく。


「出来れば昼夜関係なく襲わないでくれ」

「勝者の特権として命じないなら、それはあたしの機嫌次第ね」

「勝ち負け関係なく、ユユが住んでた山に足を踏み入れたのはオレだからな。命令する権利なんてない」

「…………やっぱりあんた、変な人間だわ」


 しげしげとグラッドを眺めるユユの瞳からは、好奇心の色が見て取れた。

 見られてる側からすれば理由はいまいち掴めなかったが、何やら興味を持たれてしまったのは間違いなさそうである。


「変な道連れが出来ちまったな……」

「変な人間風情に言われたくないし、光栄に思いなさいよ。見逃されて貸しを作るのもイヤだから、少しは協力してあげてもいいのよ?」


 冗談か本気か分からない揶揄うようなトーンを耳にしながら、グラッド達は同じ方向へと歩き出す。心なしか、二人の距離はほんの少しだけ近くなっているように見えた。


「具体的に何をしてくれるって?」

「道案内」

「そりゃいい。山越えの安全な道を教えてくれるのか」

「寝たら思い出したんだけど、あんたが話してた神殿だか祠に似てる場所。あたし知ってるかも――」


「本当か!? よし、早速連れてってくれ!!」

「だから、そうしてもいいって言ってるじゃない」


 自分を負かした人間が己を頼ろうとする。その様子に溜飲を下げながら、ユユはの口元が妖しげに薄く笑う。


(人間より弱いままなんて認められるわけない。あんたの強さがどこから来るのか見極めたら、その力をあたしの物にしてやる)


 ユユから見える世界の理は弱肉強食。

 彼女は弱い側に回るつもりはなく、強い側であり続けなければならない。


 しかし、その考えはシンプルかもしれないが、昨夜ユユに生まれた感情と思考は意外と複雑だった。実は彼女自身もよくわかっておらず、グラッドについていくのはその答えを探す一環として帰結したに過ぎない。


「ねえ、あんたは人間の中だとどれくらい強いの?」

「そんなもん分かるわけないだろ」


「その槍ってイイモノよね? どこで手に入れたのかしら」

「絶対にやらないぞ? コレは大切なものなんだ」


「ねえ――ねえ――ねえってば」

「……ふぅ~。答えるものは答えるから、もうちっとゆっくり聞いてくれ」



 よくわからない内に同行する女の魔族ユユハディ・アカム・ナハト。

 変な道連れが出来た旅がそれなりに長引くことになるとは、二人のどちらも予感すらしていなかった。


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