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第60話:トラブルメーカー(?)

 遠くに三つの山が見えた。

 濃い緑が目立つ窪地は、季節によってその色合いや風景が変化していく。大昔に古代人が暮らしていた名残か、時折植物の蔦に覆われているボロボロの家や塔のような建造物も見つけられたが、当然のように誰もいやしない。


 元々暮らしていた者達は何処へと消えてしまったのか。研究熱心な学者達であれば興奮を抑えきれずに数ヶ月でも数年でも喜んで調査をするだろう。


「今日はこの建物を使わせてもらおう。お前もそれでいいな?」

「はぁ…はぁ……、い、いいんじゃない? っていうか、もうどこでもいい……」


 大して疲れた様子もないグラッドに向けて、足がガクガクしている魔族のユユが返事をする。種族的には人間より優れている方が多くとも、普通の人間で成しえないレベルで旅慣れているグラッドと比較すればその差は歴然だった。


「無理して付いてくることはない。帰りたくなったらいつでも帰っていいんだぞ?」

「どうするかは……あたしの勝手でしょう」


 比較的朽ちていない石造りの建物。本来ドアがあったであろう入口から中には足を踏み入れれば、石で作られたテーブルや棚らしき家具の形だけが残っている。壁や天井は少々崩れてはいるが、何もない外に比べれば雨風がしのげるだけ拠点としては過ごしやすいというもの。


「おいしょっ…と」


 背負っていた荷物――運よく遭遇したイノシシを部屋の隅に下ろして、グラッドがう~~んと体を上に伸ばしてほぐす。のそのそと隣りにきたユユといえば預かっていたグラッドの荷物を放り投げると、大きく息を吐きながらその上に座りこんで足を投げ出していた。


「ああ~……めんどくさかった」

「おつかれさん。おかげでたくさん食糧を運べたぞ」


「くっ……このユユ様が人間風情の荷物運びをさせられるなんて……屈辱だわ」

「食料を分ける代わりに荷物を受け持つ。同意したのはお前だろうが」


「それはそれ、これはこれよ!」

「口の減らないヤツめ。そんなに元気だったらもっと先まで進んでも良かったんだぞ。山歩きはオレよりずっと慣れてるんだろ?」

「どれだけ歩こうが平然としてるあんたと一緒にすんな!! 一体どういう体力してるのよ!? そもそも進むペースが早すぎるし!」

「元騎士として言わせてもらえば、お前の体力がなさすぎるんだ。オレが訓練してた時代は体力作りの名目で山登りをさせられたが、距離も過酷さも今日の倍以上はあったぞ」


 嘘でしょ……と言いたそうな表情で絶句するユユが面白く見えて、グラッドは当時の光景を適当に話していく。

 単に山中を行軍するだけでなく、一定距離を全力で走らされたり、崖を上り下りさせられたり。食料は基本的に自給自足で、中にはこっそり非常食を持ち込んだ者もいたが教官にバレてぶっ飛ばされるなんて出来事も一度や二度ではなかったと。


「ちょっと頭おかしいんじゃないの? わざわざ自分達からそんな訓練までして何がしたいのよ」

「体力作り」


「はんっ。その結果、グラッドみたいな体力馬鹿が出来上がったわけね」

「体力があるに越したことはないからな。お前もやってみたらどうだ? オレを倒せる可能性が少しは上がるかもしれないぞ」

「あらあら、教えてくれてどうもありがとう。おかげで筋トレすれば魔法の威力が上がる可能性が一ミリはあるかもしれないという確証ゼロのムダ知識が増えましたわ」


「そんなに闘いたいなら今から表でやってやろうか? 今日はまだ一回も仕掛けてきてないしな?」

「運がいいわね。今日は偶々そういう気分じゃなかった幸運に感謝しなさい」


「強がりも大概にしとけよな」

「ゆめゆめ油断しないことね」


「ハッハッハッハッ」

「ウフフフッ」


(こいつ、一回ぶっ飛ばしたろか!)

(いつかコロス!)


 表面上の明るいやり取りの下に険悪さを漂わせる二人だったが、最初出会った時のように問答無用で仕掛けてこない分だけ、これでもマシになっていると説明して信じられる者は……いないだろう。


「あーあ、くだらないことしてたらお腹まで空いてきちゃった。早くご飯にしましょ」

「自分で食べる分は自分で焼け」

「いやよ。グラッドが焼いたお肉の方がずっと美味しくなるって知ってるもの」

「お前のやり方が雑なだけだろ。やり方は教えてやってるだろうが」


 ユユは下僕にでもするような態度ではあるが、単純にめんどくさがっているだけだ。また彼女の料理がイマイチなのは既に証明済みで、グラッドの作り方が上手なわけでもない。

 前に獲物の肉を焼いた時は、見事に焦げ散らかしたり逆に焼き加減が足りなかったりと美味しくなるはずもなく、最終的にはグラッドが二人分を用意したのだが。


『なにこれ美味しすぎない!?』


 旅先で手に入れた良い香辛料と塩の味付けが大変お気に召したらしく、グラッドの分を奪いかねない勢いで食べていた。それで味をしめたために調理担当は半ば強制的にグラッドがやるハメになっている。

 とはいえ、何の対価も無しに飯を用意する筋合いもないため、今日は獲物を確保するために狩りと荷物持ちを手伝ってもらったのでお互い様と言えなくもない。


 少なくとも、焼いた肉を食べる権利ぐらいはあって然るべきではあろう。

 黙々と獲物の肉を切り分けながら準備を進めていると、休んでいたユユが気だるげに声をかけてきた。


「ねー、本当にこの辺で合ってるの? 確かに遺跡の類はあるけれど、どこもボロっちいだけでお宝も無さそうじゃない」

「村人の話じゃこの辺だって話だったが、正確な場所までは分からんさ」


「なにそれ、もっとしっかり情報収集しときなさいよ」

「お前に言われたくないっつーの!!」


 グラッドの脳裏に少し前に立ち寄った村で起きた出来事が蘇る。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あの日のグラッドは自分よりずっと土地勘のあるユユに先導されて進んでいたところで、人間の集落を見つけた。


 そこで食料を手に入れる道すがら目的地の手がかりを聞いて回ってみたところ、


『あー……ここから更に山奥の方に大昔の遺跡があるって話なら、爺さんから聞いたことがあったかな』


 といった感じで、山奥に大昔からある遺跡群の噂を聞けたのだ。

 更に具体的な話を聞こうと話しを進めようとしたのだが、そのタイミングで村の一角から叫び声が響いたのである。


 何事かと現場に駆けつけたグラッドが目の当たりにしたのは、大の男を地面に這いつくばらせているユユだった。


「い、一体何が……身体に力が入らねぇ……」

「いい気味ね。あたしにぶつかっておきながら謝りもせずにケンカを売ってくるからよ」


「おい! 何してんだお前は!!」

「あら、グラッド。ねえ、見てよコイツを。収奪魔法をちょっと使っただけで倒れちゃってさ。こうしてみると、やっぱりあんたがおかしいんだって改めて分かるわよね」


「収奪魔法って……そんなもん使うような揉め事か?」

「ええ、そうよ。この汚らわしい人間は身の程知らずにもあたしの肩に汚い手を置いてきたの」


 そう告げながらユユはしゃがんでいき、倒れている男に手を伸ばしていく。

 その指先に何度も喰らってきた闇色のモヤを感じ取ったグラッドは、すぐにその手を押さえた。


「もう十分だろう」

「何言ってるの。仕留めたからにはちゃんと最後までやらないと」


「……やりすぎは余計な禍根を生む。いつか災いに繋がるぞ」

「………………今更禍根のひとつ増えたからってどうでもいいじゃない」


 納得したのかしないのか。あるいは白けて興味を失ったか。

 少なからず気に入らなさを感じさせる舌打ちをしつつも、ユユは倒れている男にそれ以上危害を加えることはなく、ただゴミを見るような目で見下しながら吐き捨てる。



「運がいいわね。お優しい同族に感謝しなさい」



 それからユユは、冷たい声で言葉を付け加えた。



「気をつけなさい。もしあたしの縄張りで見つけたら今度こそ殺すから」



 言うべきことを言い終えて、ユユが何事もなかったかのように立ち上がる。

 不意に強い風が吹き、彼女が被っていたフードを少しだけめくる。その瞬間、わずかな時間ではあるが、ユユの特徴的な髪と角が露わになった。


 その場には騒ぎを聞いて集まった村人たちがいたため、少なくない人数にユユのソレを目撃してしまう。


「な!?」

「あれって……!!」

「髪の色と角が――」


 彼らの口々に動揺が波のように広がっていき、限界を超えた瞬間。


「きゃあああああああああ!!」

「ば、化物だーーーーーー!!」


 恐怖を吐き出すような大きな悲鳴が、村中に響き渡った。

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