「ぴぃ! おに~ちゃん! 目を覚ましたの!」
「旦那はん! よかった、気がつきはったんやね!」
「意識レベルの回復を確認。マスター、おはようございます。よくぞご無事で」
目を覚ますと、俺は天蓋付きのベッドに眠っていた。
東洋風の造りのそこは、何度か俺も訪れたことがある。
いや、無理矢理引きずり込まれた――と言うべきか。
奇しくも俺が寝ていたのは、俺の下を去ったセリンの部屋だった。
心配そうに顔を覗き込む三人の妻たち。
そんな中、憂いを帯びた顔でルーシーがその瞳を閉じた。
「堪忍してな旦那はん。田舎娘の部屋なんかに寝かせて。けったいな戦艦にやられて、ここしか無事な場所がなかったんよ」
「……いや、いいんだ」
セリンをからかっている様子ではない。
きっとヴィクトリアから聞いたのだろう。
セリンと俺の身になにが起こったかを。
寂しげに揺れる髪を掻いて絡新婦の首筋に手を添える。
ほのかに冷たい身体を撫でれば、彼女はほろりと目の端から涙をこぼした。
悔しそうに唇の端を固く結ぶ。
そんな彼女の表情は、俺もはじめて見る気がした。
「ぴぃっ! それよりっ! おに~ちゃんきいたの! せ~かいりゅ~お~のおじいちゃんをおこらせちゃったって! いったいなにしたの! ダ~メ~でしょ!」
「すまない、ステラ。全部、俺の思慮が足らなかったんだ……」
俺は石兵玄武盤の力に溺れた。
ララを害されたことで頭に血が上り、周りが見えなくなってしまった。
どう取り繕ってもこれは俺の過ちに他ならない。
「しりょ? しりょってなぁに? う゛ぃくとりぁ?」
「思慮。慮る心……と言っても、ステラさんには分かりませんよね?」
「おもんぱかる? ぱか? ぴぇ?」
小さな頭をコテンと傾げ、ステラが眼を瞬かせる。
幼い彼女には分からないだろう。俺は息を吐いてベッドから立ち上がり、彼女の金色の髪をくしくしと撫でた。
つぶらな瞳が不思議そうに揺れる。
そんな無垢な瞳に耐えかねて――。
「俺が自分勝手だったってことさ……」
俺は自嘲するように、己の行いを語った。
はたしてその意図は少女に伝わった。
「ぴぃっ! そんなことないよっ! おに~ちゃんは、りっぱなりょうしゅさまだもん! ステラのだんなさまで、おね~ちゃんやルーシーさん、ヴィクトリアにララちゃんの、だいじなだいじなだんなさまだもん!」
しかし、俺の自虐をステラは悩むことなく否定してみせた。
驚く俺の前で、彼女がその小さな翼をはためかせる。
ぷくりと頬を膨らませた金髪の天使は、俺の鼻先にちょこんと自分の鼻先をあて、見たことがない剣幕でこちらを睨みつけてきた。
「おに~ちゃんは、このしまのひとたちのために、い~っぱいがんばってきたもん! みんながたのしくいきられるようにって! がんばってたもん! ステラしってるよ!」
「ステラさんの言う通りです。マスター、貴方がなさったことは、間違っておりません」
「せやわ。田舎娘の親だけあって、了見の狭い男やわ精海竜王はんも。そないに、海の生き物が大事や言うんやったら、戦いの始まる前に逃がすなり、守るなり、自分でしはったらよろしいのに。それを忘れて、旦那はん責めるいうんは、おかしなはなしやわ」
ヴィクトリアも、ルーシーも、俺のことを責めなかった。
俺のせいで精海竜王を敵に回したというのに。
海竜たちと人間が、血で血を洗う戦いを繰り広げなくてはならなくなったのに。
なのに彼女たちは、俺を許し、どころか俺を肯定してくれた。
ただのおべっかでない。
妻たちは――。
「ありがとう、ルーシー、ヴィクトリア、そして、ステラ!」
俺を心から信頼してくれているのだ。
そして、おそらくここにいない、セリンとララも。
「ぴぃ! げんきだすのおに~ちゃん! きっとね~ちゃんも、すぐかえってきてくれるの! おに~ちゃんはいだいなりょうしゅさまだもん!」
「せやわ。こんないい男と出会うてしもうたら、もうあきまへんえ。きっと田舎娘は戻ってきはります。そしたら……こんないい男を泣かして、どういう了見やて。ウチが叱ったりますわ。ほんに、しょうのない娘なんやから」
「マスター。みなさんの言う通りです。きっと、セリンさまはマスターの下に戻ってこられます。そして、ララさまも……!」
ヴィクトリアの言葉に身体そ電流が走った。
ララが帰ってくる……とは?
思わずヴィクトリアの肩を抱く。
そこまでの、和気藹々とした空気はどこへやら。
主がいなくなった後宮の一室がしんと静まりかえった。
「どういうことだヴィクトリア! ララが帰ってくるというのは!」
「……そうでした、まだ説明をしておりませんでした。お許しください、マスター」
「説明⁉ いったいなんの説明だって言うんだ⁉」
「ララさまはご存命です。ホオズキの迅速な処置により、一命を取り留めたのです」
肩を握りしめる手から力が抜ける。
安堵と混乱、歓喜と悲嘆、めまぐるしい感情が胸を駆け巡った。
けれども、一も二もなく――。
「どこにいるんだ! ララは、いったいどこに!」
俺は幸いにも命を取り留めた、幼馴染の名前を叫んだ。
本当に彼女が無事なのだというなら、すぐにも確認しなくては。
ララ。
俺の大切な幼馴染。
顔を見合わせる三人の妻たち。
どうしたものかと青い顔をする中、ただ一人だけ顔色を変えず、凜とその場に佇んでいた仙宝娘が、俺の方を向いて頭を垂れる。
「私が、ララさまの寝室に案内します。ただ、予断を許さない状況です。それはどうか、理解してくださいませ、マスター」
「あぁ、分かっている。お願いする、ヴィクトリア」