明朝。
日の出と共に精海竜王は港に姿を現した。
青い巨体をうねらせて海面から飛び出した海竜は、払暁にその黄金の背びれを輝かせ、その威容を見せつけるように宙を舞った。
港の前に集まった俺たちを見下ろし、彼はその喉を鳴らす。
「逃げずにのこのこと現れたかモロルド王。ワシがなぜ、お前に猶予と選択をする機会を与えたのか、理解していないようだな……?」
暗に「モロルドを捨てて逃げよ」と、彼は俺に諭した。
ここに来て、まだ敵に情けをかけるとは。
かつて内海を荒らし回った暴竜と思えぬ温情に胸が痛んだ。
しかし、俺も譲るわけにはいかない。
「それは余計なお世話というものだ精海竜王! 俺は言ったぞ! この地の王の座も、貴様の娘も、もらい受けると!」
モロルドもセリンも失うわけにはいかない。
たとえ相手が、自分より遥かに強大な竜だとしても。
精海竜王への返答に合わせ、イーヴァンが近衞兵たちに号令をかける。
港に布陣した兵たちは一斉に銃の先を巨竜へと向けた。
その巨体を止めることは銃では不可能だ。
だが、こちらを侮る巨竜に、戦意を見せつける必要があった。
精海竜王の大きな口が静かに開く――。
「それがお前たちの選択か、モロルド王よ?」
「あぁ、精海竜王! 我々は――俺は、貴様を倒してこの東洋の覇者となる!」
イーヴァンが声を上げれば、港に雷轟が響き渡る。
精海竜王が起こした仙術ではない。
兵たちが構えた銃の先から、鉛の弾が放たれたのだ。
焼けた鉄球が精海竜王に降り注ぐ。
しかし、それは彼の巨躯に軽微な傷さえ負わせることはなかった。
覇王が吠える。
「効かぬなぁ! その程度の攻撃、痛くも痒くもないわ!」
たちまち、朝焼けの空が暗雲に包まれたかと思うと、今度は人工ではない雷轟がモロルドの空に響き渡った。
暗雲を走った紫電がモロルドの街に降り注ぐ。
精海竜王の起こした嵐が街を包み込み――。
そして戦いが始まった。
「手はず通りだ! 近衞兵はこの調子で精海竜王に鉛玉を撃ち込め! 正面切っての相手は俺がする! イーヴァン、近衞兵たちの指揮を頼む!」
「あぁ、任せろ! それより、死ぬなよ我が君!」
「当たり前だ! 行くぞ、精海竜王……ッ!」
近衞兵に引き続き射撃を行わせ、石兵玄武盤を起動する。
隆起した土塊が海竜と相対するように鎌首を上げる。
さながら二頭の竜が相争うような光景に、眼下の兵たちの間から声が漏れた。
睨み合う俺と精海竜王。
先に動いたのは青い巨竜。
彼は、まるで俺を挑発するように巨体を揺らし、しなる身体で土塊のを打ち据えた。
あくまで石兵玄武盤の力で、それらしく形を作っただけの土の竜は、本物の竜――それも海竜の王に打ち据えられ、あっけなくその身体を崩した。
しかし、それは想定の内。
「どうしたケビンよ! お前の操る竜は、随分ともろいではないか!」
「侮るな精海竜王! 俺の竜は石兵玄武盤の力で生み出した、仮初めの竜よ!」
すぐさま仙宝に力を巡らせ、土の竜を再生する。
生身の竜と違い、こちらの竜は損傷も疲労も問題にならない。
傷つけばすぐに土塊を補給すればよい。
疲れるもなにも生き物ではないのだ。
もっとも、これだけの質量を仙宝で操る、俺の負荷は相当なものだが――。
「ふむ、なるほど! 傀儡の竜だからこそ、ワシとも五分に戦えるというわけか!」
「あぁ、精海竜王よ! 所詮、お前も生き物だ――倒しても倒してもキリのない相手に、いつまで持ちこたえることができるかな!」
「……くくくくっ! それは少々、このワシを侮りすぎぞ!」
再びその身体を鞭のようにしならせて、俺の操る土の竜を精海竜王が打擲する。
さきほどよりも強い衝撃に、土の竜が粉々に四散する。
すぐさま、散った土塊を集めようとするが――。
「まだまだぁッ!!!!」
精海竜王が形を作り上げた先から崩していく。
防戦一方。
土の竜は、竜の王と相対するにはあまりに脆かった。
圧倒的な暴威でもって、精海竜王は俺の作り出した偽りの竜を粉砕する。
やはり本物の竜には敵わない――。
「どうした! たいしたことがないではないかモロルド王! この程度か!」
「あぁ……俺の力なんて、所詮はこれくらいさ!」
「……なに⁉」
挑発の言葉にあえて乗る。
そう!
俺が本当に頼みとするのは、石兵玄武盤の力ではない!
「ぴぃいッ! そうなのッ! おにーちゃんは、ひとりじゃないのッ!」
崩れる土の竜の影から、金色の髪を振り乱した少女が飛び出す。
暴威を振るう竜王に肉薄した有翼の乙女は、息を吸い込むと――。
「~~~~♪♪♪♪」
生き物を狂わせる魔歌を曇天に響かせた。