「水源についての専門家か。ごめんケビン、心当たりはないや……」
困った時の草の民。
岳父に水源の確保を断られた俺は、さっそく次のアテ――幼馴染みを頼った。
以前、彼女がホオズキに看病を受けた庵の中。
板敷きの床に藁で編んだ敷物を広げ、狩猟道具の手入れをしていた白虎の娘。
彼女は得物に油を染みこませる手を止めて首を傾げた。
その隣ではホオズキがせっせと囲炉裏でお湯を沸かしている。
精海竜王との戦いの後、ララはこの庵で生活している。
一応、ララも俺の嫁だ。
後宮に部屋を用意しようと思ったが――。
「いいっ! いいよっ! 私は草の民だから、そういうところは!」
と、拒否されてしまった。
遠慮しいのララらしい。
できれば他の嫁たちと同じように、不自由ない部屋で生活して欲しかったが――慣れない生活をさせるのもかえってよくないかもしれない。
加えて、ホオズキが「ララ姉さまのお世話は私がします!」と申し出たので、彼女たちの意向を汲むことになったというわけだ。
「ララ姉さま、お湯が沸きました。どうなさいますか」
「そうだね、葛を入れて葛湯に……あぁ、けど、せっかくケビンが来ているし。お茶にしてしまうのもいいかもしれない」
「わかりました……おい、よかったな絶倫領主! ララ姉さまのお茶が飲めるぞ!」
喉元が過ぎればなんとやら。
ララが捕まってからしおらしかった黒猫娘は、見事な跳ねっ返りに戻っていた。
まぁ、元気ならいいんだ。
手ずから摘んできた薬草をララがすり鉢で煎じる。
手のひら大の小さな器に放り込むと、暖炉で湧かしていたお湯を注ぎ込んだ。
野草の青臭い匂いはない。
爽やかだがどこか甘い香りに心が癒やされる。
「これが東洋の茶か」
「うーん。どちらかというと、西洋のハーブティーの文化に近いかな。東洋の茶にもいろいろな種類があって、こうして生で煎じて飲むのはマイナーなんだ」
「なんにしても、どこの国も飲み水には苦労しているんだな」
土の匂いに草木の匂い、潮の香りに腐敗臭。
鉄の味に砂の味、乳臭い味に汚物の味。
水というのは案外に繊細で周囲の影響を受けやすい。
それでも人は水を飲まねば生きられない。水をどうやって得るかも大切だが、どうやって飲めるようにするかも工夫の連続だ。
ララが振る舞ってくれたお茶も、そのままでは飲めない生水を、飲めるようにする工夫の末に発展した技術だ。
ここまでの文化を、連綿と人間たちが紡いできたのだ。
そう考えると、なおさら今回の問題から逃げられないことを痛感する。
湯気が立つカップに唇を伸ばす。
思った以上の熱さに、すぐに俺は器から口を離した。
くすくすとララとホオズキが笑う。
悪いな、猫でもないのに猫舌で。
「うまいな。どこで水を汲んできたんだ?」
「そこの井戸水だよ」
「……そうか地下水! その手があったか! すぐに井戸掘り職人を集めよう!」
「そんな一朝一夕で湧いて出るなら、水源争いで揉めることなんてないよ。そんなことするくらいなら、海の水を煮出して真水に変えた方がいい」
ララの提案が冗談だというのは分かる。
そんな手間がかかること、とてもじゃないができない。
ただまぁ、海か。
島の全景を頭に思い描く。
東南西を大海に囲まれ、背面に内海を湛えている。
これだけ水が周囲にあるというのに、どうして水に苦労するのか。
岳父の言った、海水を飲めばいいだろうという言葉が、ついつい胸に響く。
そんなことできるはずがないのに――。
「どこかに、海水を真水に変えてくれる、魔法の筒のようなものでもないものか」
「濾過器を使ってもそれは難しいだろうね」
「というか島っていうのがよくないよな。川も湖も限られる。大陸のように、大河が流れていれば、あるいは話が違ってくるのに」
「大河も大河で、不純物を多く含んでいるから、飲み水に適してるかなぁ……?」
他の国はいったいどうしているのだろうか。
領主の座に就いてから、はじめて俺は領主らしい悩みを抱くのだった。
なんにしても、ララの知恵でも解決しないとは恐れいる。
お茶を一息に飲み干すと、俺は肩を落としてララの庵を後にした。
ふとそんな背中に――。
「あぁ、そういえばケビン! 浜辺の方がひどいことになってるらしいんだ!」
「……浜辺?」
「うん。精海竜王との戦いで、モロルド港がだいぶ荒れただろう? そのせいで、港の底に眠っていたゴミなんかが、ぜんぶ打ち上げられてしまって……!」
「戦いの後、そんな話は聞いてなかったけれど?」
「こういうのは時間が経ってからやってくるものさ。ほら、領主さまなんだから、ちゃんと視察しにいかないと。領民が不安がっちゃう」
幼馴染妻からの、ちょっと厳しいお小言が飛んでくるのだった。
ド正論過ぎて、ぐぅの音も出なかった。