ララに浜辺の異変について報告を受けた俺は、さっそく港湾近くの海岸に向かった。
とはいえ、俺は海の専門家ではない。
異変についての知見がある助っ人が必要だった。
「おまかせください、旦那さま! 精海竜王の娘として! 海に棲む種族のはしくれとして! なにより第一夫人として! 私が海のことはなんでもお教えいたしましょう!」
まずは、モロルドの海に住んでいた者。
第一夫人のセリンを頼った。
ふんすふんすと鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張る海竜の姫。
精海竜王との戦いをまだ負い目に感じているのかもしれない。
俺の役に立てるのが嬉しいという感じだ。
正直、ちょっと不安だ。
そんなわけで、さらに助っ人に呼んだのが――。
「お任せくださいマスター! このヴィクトリア搭載の、ヴィクトリーアイと、ヴィクトリー推論機能で、海の異変を見事に解析してみせましょう!」
「うぅん、こっちはこっちで胡散臭い」
仙宝娘のヴィクトリアだった。
正直、最初はララを頼ったのだが、そこに颯爽と彼女が割り込み「私が、ララさまの代わりに同行します」と申し出てきた。
まだ怪我が治って日の浅い、ララを気遣ってくれたのだろう。
夫人同士の思いやりに水を差すこともできず、ララも「ヴィクトリアさんなら、きっと頼りになると思う」というので連れてきた次第だ。
とまぁ、今回も嫁頼り。
彼女たちの有能さに感謝しつつも、自分の無能さに気が沈む。
さらにそこに――。
「ほら、見てください旦那さま! これが水着というものですよ!」
「胸部装甲と脚部装甲をパージ! マイクロカーボン製特殊装甲装着! ヴィクトリア水陸両用超軽装型! 行きまーす!」
なぜか二人はノリノリで水着姿になっていた。
観光じゃないんだけど。
セリンは上下が分かれたセパレートタイプのビキニ水着。
肩紐や背中に回した紐がやたらと細く、彼女の白い肌がほとんど丸見えだ。
大事なところは青い布で隠されているが――慎ましやかな普段の印象からは遠い、大胆な格好に、不覚にも心が躍った。
あと、脱ぐとけっこうある。
何度か閨をともにしたが、白昼の下で見ると印象が違うな。
対してヴィクトリアは一体型タイプなのだが――よく分からない紋様が入っている。
無駄のない身体のラインにそって、赤や白の模様が流れる様がなぜか男心を躍らせる。
ヴィクトリアにはあまり女性的な印象はなかったが、それも一瞬にして覆った。
こんな二人に囲まれて浜辺を歩くだなんて。
両手に花もやり過ぎれば恥ずかしい。
「ほら、旦那さま♪ 漂着物が浜辺に溢れ帰っております♪ 踏み抜かないように気をつけてくださいませ♪ どうかセリンにおつかまりになってください♪」
「マスター。セリンさまにおつかまりになるなら、ヴィクトリアにも掴まってください。姿勢の制御にはバランスというものが大切です。私とセリンさまを両方の手で掴み、天秤のようにバランスを取るのです」
「流石に勘弁してくれ二人とも……!」
妻たちの押せ押せ猛アタックが止まらない。
右腕に当たる、セリンのふにふにとした豊満な胸。
左腕を擦る、すべすべとしたヴィクトリアの肌。
こんなの絶倫とかサキュバスの子とか関係なく、男ならたまらなくなるよ。
誰か助けてくれ……そう願いながら、背中を丸めたその時。
「コケぇッ! コケッコッコ! コケェエエエエッ!」
「あれ? トリストラム提督?」
どこか耳に馴染みのある鳴き声がしたかと思うと、青色をした鶏が俺の胸へと飛び込んでくるのだった。
トリストラム提督だ。
エムリスさまのかけた魔法が解けず――それもあって、彼女がこちらに来訪されることになったのだが――いまだに鶏の姿のままの第六艦隊提督。
鳥の言葉が分かるステラのおかげで意志の疎通ができるが、鬼提督はどこへやらだ。
最近はもっぱらステラと遊んでばかりいる。
はて、どうしてトリストラム提督がこんな浜辺にいるのか。
しかも何かを訴えるように、俺の胸の中で鳴くのか。
「ぐわっぐわぁっ! ぐわぁああっ! コケッ! コクワッワッ!」
「うーん、やはりステラに通訳をしてもらわないと、なにを言っているのかさっぱりと見当がつかないな……?」
そういえば、今日はステラを見ていない。
浜辺の視察にはステラにも同行してもらおうと思っていた。
なのにどこを探してもいなかったんだよな?
自由を愛するセイレーン娘だ、勝手気ままに辺りを飛び回っているのかもしれない。
妻に迎えたとはいえ幼い少女のすることと、まぁいいかとスルーしたが……。
いつになく必死に鳴くトリストラム提督。
彼がここまで滑稽に訴えるからにはなにかある。
まさかとは思うが――?
「ステラの身に、なにかあったのか、トリストラム提督?」
「コケーッ! コケコッコ! コケッコー!」
ようやく伝わったかと首肯する青い鶏。
彼は俺の胸から飛び立つと、バタバタと翼をばたつかせて砂浜をかけ始めた。
鶏の小さな足で漂着物に溢れた砂浜を見事な速さでかけていく。
これはなにかある。
急いで俺は、トリストラム提督を追いかけた。
そんな俺に続いて、セリンとヴィクトリアも砂を蹴る。
「どうしたんでしょうか、トリストラム提督は? いつになくあらぶっていますが?」
「……近くにステラさんとおぼしき声紋を確認! どうやら、このあたりに来ているようです! マスター!」
「やはりか! ステラ! なにがあったか分からないが、無事でいてくれよ!」
トリストラム提督はどうも、ステラの危機を伝えようとしてくれていたようだ。
倒した国の妃や姫を、寝取って回る将軍はいまや昔。
すっかり頼もしい鶏にして仲間だ。
本当に……はやくエムリスさまの呪いが解けるといいな。
流石に鶏のまま一週間、一ヶ月、一年は耐えられないよ。
これまでの所業を差し引いても、ちょっと同情してしまう。
そんな悲しみの青い鳥が、さっと砂の上で立ち尽くす。
「コケェッ! コケッコッコ! クワッワーーッ!」
「トリストラム提督! ここにステラがいるというのですか!」
「クワッ! クワクワッ! コケケーッ!」
そう言うと、トリストラム提督はにわかに跳ね上がり――砂場の近くにぽっかりと空いている、人一人分が入るのには丁度よさそうな洞窟の入り口を指差すのだった。
「旦那さま!」
「ステラさんの命の危機かもしれません! すぐに参りましょう!」
是非もない。
戦闘面でも存分に頼もしい妻たちを従え、俺は海辺の暗い洞窟へと潜った。
いつぞやのように、ここが神仙たちの修行場でないことを祈りつつ。