洞窟の奥から次々に跳ねてくるスライムたち。
足の踏み場もないほど洞窟に広がった彼らが、波のようにこちらに押し寄せてくる。
ヴィクトリアの光線で飛んで弾ける魔物だが、この数に迫られてはひとたまりもない。
「いったん逃げよう! セリン! ヴィクトリア!」
二人の手を引いて俺はきびすを返した。
暗い洞窟を外の光を求めて駆ける。
しかし、背後のスライムの跳ねる音は、さらに激しく多くなる――。
それほど深くに潜ったつもりはなかったが、洞窟の出口は遠い。
はたして間に合うのか。
「マスター! ここは私に任せて、セリンさまと離脱を!」
「なにを言っているんだヴィクトリア! いくら君でも、たった一人であの数を相手にするのは無理だ!」
「そうですよ、ヴィクトリアさん!」
殿に残ろうと言い出した仙宝娘。
その発言に、驚いて足を止めたのがまずかった。
「……きゃあっ⁉」
「セリン⁉」
振り返ったセリンが足をもつれさせてその場に転んだ。
目前に迫る色とりどりの水風船たち。
立ち上がる暇などない。魔法を放つ時間も。
あとひと跳ね。
先頭を行くスライムたちが、俺たちの足下の土を蹴った、まさにその時――。
「だ~め~な~のぉ~! おに~ちゃんたちは、てきさんじゃないのぉ~!」
「ぐわっ、ぐわぁあああああっ!」
ステラの声とトリストラム提督の鳴き声が洞窟に木霊した。
魔歌だけでなく、言葉にも力が籠もっているのか。
スライムたちは、ステラの愛らしい怒声に一斉に足並みを崩し、四方八方に弾けるように洞窟内を飛び交った。
色とりどりの水風船が洞窟の中を飛び回る。
見ているだけで目が回りそうだ。
やがて、スライムの嵐が収まったかと思えば、とてとてという愛らしい足音と共に、見知った顔が洞窟の奥から駆けてきた。
「おに~ちゃん! おね~ちゃん! ヴィクトリア! どうしてここにいるの!」
「ステラ!!!!」
金色の髪をした幼いセイレーン。
第二夫人のステラである。
彼女はきょとんとした顔をして、胸に俺たちに襲いかかったスライムを抱いていた。
よく見ると、洞窟にひしめくスライムも、道を開けるように左右に分かれている。
これはいったいどういうことか。
呆気にとられる俺たちに駆け寄り、金髪の天使はその場に屈んで、俺の身体をぺたぺたと触って無事をたしかめるのだった。
「だいじょうぶ、けがしてないの! も~っ、きゅうにくるからびっくりしたの!」
「いや、それはこっちのセリフだよステラ」
「ステラさん? いったいどうして貴方がここに? そもそも、このスライムたちとはどういう関係なんですか?」
仲がよいヴィクトリアがステラに問い詰める。
急に真面目な顔になった第二夫人が「ぴぃっ!」と鳴くと、その手に持っていた小さなスライムを、ひょいと仙宝娘へと投げてよこした。
胸部装甲に当たって、ぽよんと跳ねる手乗りスライム。
「ステラはね! プーちゃんのおせわをしてたんだよー!」
「プーちゃん?」
「ぐわっ! ぐわっぐわっ! ぐわっ、ぐわぁああああっ!」
トリストラム提督が叫ぶとともに、ステラの横を抜けて洞窟の奥へと向かう。
そんな彼の尾を追って、ステラもまた「まって、トリストラム!」と、俺たちを置いて洞窟の奥へと駆けだした。
まったく話についていけていないが――。
「ここは追ってみるしかないか?」
「大丈夫ですかマスター? スライムがまた襲ってくる可能性も?」
「いや……思った以上に、こいつらは知性があるみたいだ。ステラの友達だと思われている限りは、下手に襲ってきたりはしないだろう」
その証拠に、さっきからスライムたちはピクリともしない。
微かに身じろぎして、お互いを見つめ合うような素振りはみせるが、俺たちを襲おうという敵意は感じられなかった。
相変わらず数が驚異なのは間違いないが、今は気にしなくて大丈夫だろう。
セリンにも了解を取ると、俺たちはステラとトリストラム提督を追って、洞窟をさらに奥へと進んだ。
さきほどスライムに襲われた場所を通り抜け、居並ぶスライムの横を通り抜ける。
闇の深い洞窟の終点へとたどり着けば――。
「なっ⁉ 地底湖⁉」
「こんな場所があったとは。私としたことが、モロルド島について探索不足でした」
そこには、広大な地底湖が広がっていた。
潮の香りは一切しない。
どうやら真水のようだ。
規模は小さな村くらいある。
これだけの広さがあれば、新都の水事情は解決するだろう。
ただひとつ問題があるとすれば――。
「見てください! ステラさんが、湖の中央に!」
「……一緒にいるのは、いったい誰だ?」
湖の中央に浮かんでいる小さな岩島。
そこに見慣れない女性が立っているということ。
そして、そんな彼女とやけに第二夫人が親しげということ。
さらにその女性は、ここまでの道中にひしめいていたスライムたちと同じ、透明な身体をしているのだった。