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第82話 セイレーンの末姫、スライムをまとめる

 洞窟の奥から次々に跳ねてくるスライムたち。

 足の踏み場もないほど洞窟に広がった彼らが、波のようにこちらに押し寄せてくる。

 ヴィクトリアの光線で飛んで弾ける魔物だが、この数に迫られてはひとたまりもない。


「いったん逃げよう! セリン! ヴィクトリア!」


 二人の手を引いて俺はきびすを返した。

 暗い洞窟を外の光を求めて駆ける。

 しかし、背後のスライムの跳ねる音は、さらに激しく多くなる――。


 それほど深くに潜ったつもりはなかったが、洞窟の出口は遠い。

 はたして間に合うのか。


「マスター! ここは私に任せて、セリンさまと離脱を!」


「なにを言っているんだヴィクトリア! いくら君でも、たった一人であの数を相手にするのは無理だ!」


「そうですよ、ヴィクトリアさん!」


 殿に残ろうと言い出した仙宝娘。

 その発言に、驚いて足を止めたのがまずかった。


「……きゃあっ⁉」


「セリン⁉」


 振り返ったセリンが足をもつれさせてその場に転んだ。


 目前に迫る色とりどりの水風船たち。

 立ち上がる暇などない。魔法を放つ時間も。


 あとひと跳ね。

 先頭を行くスライムたちが、俺たちの足下の土を蹴った、まさにその時――。


「だ~め~な~のぉ~! おに~ちゃんたちは、てきさんじゃないのぉ~!」


「ぐわっ、ぐわぁあああああっ!」


 ステラの声とトリストラム提督の鳴き声が洞窟に木霊した。


 魔歌だけでなく、言葉にも力が籠もっているのか。

 スライムたちは、ステラの愛らしい怒声に一斉に足並みを崩し、四方八方に弾けるように洞窟内を飛び交った。


 色とりどりの水風船が洞窟の中を飛び回る。

 見ているだけで目が回りそうだ。


 やがて、スライムの嵐が収まったかと思えば、とてとてという愛らしい足音と共に、見知った顔が洞窟の奥から駆けてきた。


「おに~ちゃん! おね~ちゃん! ヴィクトリア! どうしてここにいるの!」


「ステラ!!!!」


 金色の髪をした幼いセイレーン。

 第二夫人のステラである。


 彼女はきょとんとした顔をして、胸に俺たちに襲いかかったスライムを抱いていた。

 よく見ると、洞窟にひしめくスライムも、道を開けるように左右に分かれている。


 これはいったいどういうことか。

 呆気にとられる俺たちに駆け寄り、金髪の天使はその場に屈んで、俺の身体をぺたぺたと触って無事をたしかめるのだった。


「だいじょうぶ、けがしてないの! も~っ、きゅうにくるからびっくりしたの!」


「いや、それはこっちのセリフだよステラ」


「ステラさん? いったいどうして貴方がここに? そもそも、このスライムたちとはどういう関係なんですか?」


 仲がよいヴィクトリアがステラに問い詰める。

 急に真面目な顔になった第二夫人が「ぴぃっ!」と鳴くと、その手に持っていた小さなスライムを、ひょいと仙宝娘へと投げてよこした。


 胸部装甲に当たって、ぽよんと跳ねる手乗りスライム。


「ステラはね! プーちゃんのおせわをしてたんだよー!」


「プーちゃん?」


「ぐわっ! ぐわっぐわっ! ぐわっ、ぐわぁああああっ!」


 トリストラム提督が叫ぶとともに、ステラの横を抜けて洞窟の奥へと向かう。

 そんな彼の尾を追って、ステラもまた「まって、トリストラム!」と、俺たちを置いて洞窟の奥へと駆けだした。


 まったく話についていけていないが――。


「ここは追ってみるしかないか?」


「大丈夫ですかマスター? スライムがまた襲ってくる可能性も?」


「いや……思った以上に、こいつらは知性があるみたいだ。ステラの友達だと思われている限りは、下手に襲ってきたりはしないだろう」


 その証拠に、さっきからスライムたちはピクリともしない。

 微かに身じろぎして、お互いを見つめ合うような素振りはみせるが、俺たちを襲おうという敵意は感じられなかった。


 相変わらず数が驚異なのは間違いないが、今は気にしなくて大丈夫だろう。

 セリンにも了解を取ると、俺たちはステラとトリストラム提督を追って、洞窟をさらに奥へと進んだ。


 さきほどスライムに襲われた場所を通り抜け、居並ぶスライムの横を通り抜ける。

 闇の深い洞窟の終点へとたどり着けば――。


「なっ⁉ 地底湖⁉」


「こんな場所があったとは。私としたことが、モロルド島について探索不足でした」


 そこには、広大な地底湖が広がっていた。


 潮の香りは一切しない。

 どうやら真水のようだ。

 規模は小さな村くらいある。


 これだけの広さがあれば、新都の水事情は解決するだろう。

 ただひとつ問題があるとすれば――。


「見てください! ステラさんが、湖の中央に!」


「……一緒にいるのは、いったい誰だ?」


 湖の中央に浮かんでいる小さな岩島。

 そこに見慣れない女性が立っているということ。

 そして、そんな彼女とやけに第二夫人が親しげということ。


 さらにその女性は、ここまでの道中にひしめいていたスライムたちと同じ、透明な身体をしているのだった。

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