地底湖から脱出した俺たちは、ステラとプーちゃんを新都に連れて帰った。
セイレーンの末姫はスライム娘を外に連れ出すことに反対したが――おそらく彼女は、地下水源を利用してスライムを増殖している。
これ以上、スライムの数が増えては困る。
貴重な水源をスライムに盗られるのも考えものだ。
俺は心を鬼にしてプーちゃんを地底湖から連れ出した。
『ぷ♪』
「ぴぃ! プーちゃん、大丈夫なの? 干からびちゃったりしない?」
『ぷ♪』
「ぴぃ! おにーちゃんてばひどいの! ぷーちゃんはでりけーとなんだよ!」
ステラには恨まれたが、これも領主の務め。
プーちゃんが洞窟を出れば、それに続いて彼女が生み出したスライムもついてくる。
ぽよんぽよんと浜辺を跳ね、色とりどりの水風船が新都まで俺たちの後をついてきた。
スライムの大行進に街は軽いパニック――。
「やだなに! このかわいい生き物!」
「ぷにぷに~! や~ん、すり寄ってくる~!」
「これが食べたいの? はい、あ~ん! あらかわいい!」
に、なるかと思ったが――普通のスライムと違い、愛くるしく人なつっこい彼らは、モロルドの領民に、割と好意的に受け入れられた。
これならスライムたちともうまく共存できるかもしれない。
ただ、それよりも先に、考えなくてはいけないことが山ほどある。
「なに、ワシの角が、スライムに吸収されて騒ぎになった? さもありなん、なにせ千年を生きた竜の角よ! 秘められた仙力は桁違い――およ、どうしたのじゃケビン?」
まずは精海竜王の角の処遇だ。
あらためて、竜角のことについて岳父に尋ねれば、これこの通り彼はあっさりそれを認めた。しかもどこか誇らしげに。
そのせいで、こっちはひどい目に遭ったのに。
そして同様の問題がこれからも起きるかもしれないというのに。
あきれ果てて絶句する俺の横で、すっとセリンが精海竜王の前に出る。
自慢の娘に精海竜王は屈託のない笑顔を向けたが、それは凍り付いたように冷たい娘の視線に、すぐに曇ることになった。
「父上? 父上の角が、どれほど深刻な問題を、私たちのモロルドにもたらしているか、ちゃんと理解しておいでですか?」
「も、もちろんじゃとも! しかしな、砕いたのはお主たちで……」
「理解しておいでですか?」
「…………ひゃい」
娘にこってりと絞り上げられた精海竜王は、自分の角を回収させられるハメになった。「自分のしでかしたことの始末は、自分でとってください」とは、セリンの言葉だ。
どちらかというとしでかしたのは俺なんだけどな。
次に、水源については――。
「これだけ広大な地底湖があるなら話が早い。すぐにここから新都まで、水を引くように水路を建設しよう。我々、草の民に任せてくれ、領主どの!」
ということで、草の民たちの全面協力により、水路が引かれることになった。
どうなることかと思ったが一段落だ。
「しかし、こんな場所があるなんて、我々も知らなかったなぁ」
「精海竜王との戦いで、地殻が変動したのだろうか?」
島のことならなんでも知っている、草の民さえ知らぬ水場というのは少し気になった。
まぁそういうこともあるだろう。
俺も専門家ではない。
深くは追求しないことにした。
さて、最後に残ったのはプーちゃんの処遇だ。
正直に言って、無限にスライムを生み出し続ける、精海竜王の角の力で進化したスライムというのは不気味というほかなかったが――。
「ぴぃっ! ダメだよ! プーちゃんはいいこなんだから! そりゃ、ちょっとステラも、なにをかんがえてるのかわかんないときもあるけれど……ついほうなんてダメぇッ!」
頑なにステラに反対されては、こちらとしても手詰まりだ。
まぁ、モンスターの姫を多数娶っている俺が、スライム娘を不気味というだけで追い出すというのも違う気がする。
意志の疎通がいまいち取れないのが辛いが、追い出すほどのことではないだろう。
「だったら、ステラがプーちゃんのお世話をするって、約束できるか?」
「ぴぃっ! 約束するの!」
「できひんかったら、スライムと一緒にチキンスープにしてまうえ?」
「ぴ、ぴ、ぴぇ……! そ、そうならないように、頑張ってみるの!」
ステラがこう言ったこともあり、一旦は彼女の侍女として後宮内で働いてもらうことになったのだった。
プーちゃんと一緒に暮らせることを、ステラはことのほか喜んでいた。
スライム娘の方は、相変わらず表情が乏しくて分からない。
だが、少なくともステラの侍女になることを、嫌がっている様子ではなかった。
意外にいいコンビなのかもしれない。
さて、そんなわけで、こうしてまた新たな寵姫が後宮に入ったわけだが――。
「ぴきゅっ! ぷきゅっ!」
「ぷぃっ! ぴぃっ! ぷゆっ!」
「ぷるっぷ! ぷるるっ!」
ついでに、スライムも後宮内に溢れることになった。
「ふふふ。洞窟の中で出会った時は不気味でしたが、こうして明るいところで見てみると、案外に愛嬌があって可愛らしいですね」
「ふむ、こんなスライムははじめて見るけれど、なかなか面白い生態をしているね」
「このスライム、可動部の隙間に溜まった埃や油汚れなんかを、落とすのに便利なんですよね……」
なんだかんだでスライムを気に入った俺の妻たち。
彼女たちはお気に入りのスライムを捕まえて、ぬいぐるみ代わりや飼育対象、掃除道具代わりにしてしまった。
後宮だけではない。
聞けばイーヴァンは、スライムを麻袋に詰めて枕代わりにしているらしい。
おかげで昼寝がはかどるだなどと、ふざけたことを言っていた。
かと思えば、ルーシーは「なんや得体が知れへんくて、気味が悪いわぁ」と距離を取っている。折りに付けてステラに意地悪をする彼女に、スライムはいい壁役のようだ。
『ぷ♪』
「ふふふっ! プーちゃんもスライムさんも、楽しそうでなによりなの!」
意外に世話焼きなセイレーンの末姫。
まるで自分の妹のように、スライム娘を世話する彼女を、微笑ましく感じながら――俺はまた、モロルドの発展のために自分の書斎に向かうのだった。
「ぐわっ! ぐわぐわっ! こけ! こけっこーッ!」
「ふふっ! トリストラムも喜んでるの!」