「長女アフロディーテ!」
「次女! マーキュリー!」
「三女、ダイアナ……!」
「「「三人揃って、燕鴎四姉妹!!!!」」」
「…………どうも、いらっしゃい」
新都に燕鴎四姉妹が新都にやってきた。
次女のマーキュリーは新都と旧都を結ぶ運送業をしているため、ちょくちょく顔を見るのだが、アフロディーテとダイアナは久しぶりだ。
カインの手引きでダイアナが誘拐された時以来だろうか――。
ただ、なんの要件かさっぱり分からない。
事前になんの相談もなく、突然執務室の窓から入ってきたかと思えば、いつもの名乗り口上である。
そりゃびっくりしてインク壺もこぼす。
俺は慌ててハンカチでテーブルを拭くと、怪訝な瞳を義理の姉に向けた。
「えっと、今日はいったいどういう御用向きで? あいにくと、ステラはいま、トリストラム提督と散歩に出かけているんですが……?」
「殺人鬼! 殺人鬼がでましたのよ、モロルド王!」
「そうだよ! 旧都にとんでもない殺人鬼が現れたんだ!」
「私たち、殺人鬼のせいで夜も寝られないんです!」
堰を切ったように喋り出す四姉妹。
彼女たちは涙ながらに、旧都に現れた「殺人鬼」について熱く語った。
曰く、そいつは旧都に来訪した、男性観光客を惨殺しているのだとか。
それも、酒場からたたき出されるような、素行不良な男どもを……。
「平和になっていいんじゃないか?」
思わず、そんな感想を言った俺に、烈火の如く怒ったのはアフロディーテだ。
問題のある客が間引かれるのは彼女としても望むところだが、それが観光客の来訪に影を落とすようでは本末転倒。
治安の維持が色街には大切らしい。
しばらく見ないうちに、もうすっかりとあの街の支配者だ。
領主の俺よりもしっかりとしているのではないか?
「実際、旧都への観光客は減ってるんだよ。もしかすると、自分も狙われるかもしれないって言って、行くのを渋るんだ」
「家族連れの観光客も、いつ自分たちが殺人鬼のターゲットになるか分からないと、旧都に寄りつかなくなってしまって」
「このままでは、旧都は潰れてしまいますわ! なんとしても、殺人鬼を捕まえなくてはなりませんの! ということで、新都からの派兵を具申しにまいりましてよ!」
なるほど心得たと俺は首を縦に振った。
さっそく、イーヴァンを執務室に呼びつけて、ことの次第を説明する。
旧都からほどないところに故郷の村がある銀猫は、殺人鬼の凶行にあからさまに眉をひそめ嫌悪感を露わにした。
「わかりました、アフロディーテさま。すぐに近衞兵を旧都に向かわせて、その殺人鬼の捜索に当たらせます」
「よろしくお願いいたしますわ!」
「俺の妹も、近々旧都で子供を産む予定です。なのに殺人鬼だなんて。妹を安心させるためにも、生まれてくる子供たちのためにも、治安維持に全力を尽くさせていただく」
「頼もしいよ! 銀髪のお兄さん!」
「イーヴァンさんの妹さんのためにも、どうか頑張りましょう!」
イーヴァンと燕鴎四姉妹は一致団結した。
しかしそうか、アンネ(イーヴァンの妹)は妊娠していたのか。
親友の妹だ。
もちろん知らぬ仲ではない。
とはいえ、ここのところは政務に忙しく全然気が回らなかった。
ララと仲がよかったので、彼女伝手に話をしてくれてもよかったのに……。
今度、出産祝いになにか贈ってやろう。
「ふむ。イーヴァンがそう言って気がついたが、俺も他人事ではないんだな。生まれ育った故郷の近くで、凶悪な殺人事件が起きているというのは、居心地が悪い」
「そういうことだ。まぁ、ケビンは今は国の経営に忙しいからな。故郷のことにまで心が回らぬのは仕方ない。ただ、俺たちの大事な村はなんとしてでも守るぞ」
「そうだな。生まれてくるお前の甥っ子か姪っ子のために」
そう言ってやると、柄にもなくイーヴァンは照れくさそうに頬を掻く。
モロルドきってのプレイボーイが珍しいこともあるものだ。
これは、彼の子供が生まれる時は、もっと面白い表情が見られそうだ。
そろそろ歳なのだし、いい人をみつければいいのに……。
「ぐわっ! ぐわっ! コケッコーッ!」
「ぴぃ! ただいまなのぉ! あれ? なんでおねえちゃんたちがいるのぉ?」
ちょうどいいタイミングでステラが帰ってくる。
執務室に居並んだ姉に駆け寄ると、彼女は久しぶりの姉妹との再会を悦んだ。
ついでに、新しくできた友人を嬉々として紹介する。
まずは胸に抱いていた――透明なスライム。
「ぴ♪」
「このこはピーちゃんなの! あのね、スライムをね、いっぱいつくることができる、すごいこなんだよ! あとこうやって、ちいさくなったりおおきくなったりできるの!」
ステラの手の中でぽよぽよと跳ねる手のひらスライムは、ピーちゃんことスライム娘が産んだもの――ではなく、彼女本人である。
本体はステラの後宮にあり、そこからコア――精海竜王の角――だけを取り出し、小さくなることができるのだ。
もちろん普通のスライムではできない。
精海竜王の角がもたらした権能だ。
ますます化け物じみていくピーちゃんに、ちょっと領主として危機を感じるが――まぁ、ステラの友達なので大丈夫だろう。
ハーピーの末姫の小さな手の上で人型に戻ったスライムは、きょとんとした目で友人の姉を見つめる。物珍しい透明な小人に、ステラの姉妹は嬉々とした声をあげた。
さて、次に紹介するのは……。
「ぴぃ! こっちはとりすとらむなの! なんかねー、うみのむこーの、えらーいえらーいしょうぐんさまなんだけど、いまはニワトリさんなんだよ!」
「ぐわっ! ぐわっ!」
トサカを振り上げ、尾を振って、なんだか尊大に振る舞うトリストラムどの。
しかし、どんなに見栄を張ってみせても、鶏は鶏でしかない。そんな姿になっても気位を忘れないというのが、なんともいじらしかった。
「まぁまぁ、立派な鶏さんですこと。雄なのが残念ですわね」
「ステラ。雄鶏は卵を産まないから、さっさと食べちゃわないと。無駄飯ぐらいだよ」
「姉さんたち、私たちが言うと洒落にならないですよ……?」
「こけぇっ⁉」
なんか食べられる方向で話が進んでいる。
こんな姿だけど、中身は大提督だというのに。
というか、燕鴎四姉妹はトリストラム提督の言葉が分からないんだな……。
「なんだ、てっきりセイレーンには、鳥類の言葉は分かるのかと思っていた」
「それができるのはステラだけですわ。彼女はまぁ……特別ですから」
「そうそう! 心優しいステラだからこそ、動物の心が分かるってこと!」
「鳥類だけじゃなく、いろんな動物とも心で会話できるんですよ。私たちの自慢の妹なんです、ステラは……!」
姉たちからのべた褒めにえへへとステラがはにかむ。
旧都を襲った凶事の話をしていたはずなのに、すっかり家族の団らんだ。
よし、ステラのためにも殺人鬼を捕らえなくては……!
「コケッ! コケコケコケッ! コケコッコー!」
「なんかトリストラムがやる気を出してるの! おねえちゃんたちみたいな、きれいなじょせいをおびえさせるなんてゆるせない! じぶんがかならずつかまえてみせる……って、いきまいるの!」
「はいはい。頼りにしておりますわよ、トリさん」
「殺人鬼に焼き鳥にされないようにな、トリさん」
「えっと、心意気だけいただいておきますね、トリさん」
「…………コケェ」
そして、息巻いた割りには雑に扱われるトリストラム提督なのだった。
手違いで鶏になってからこっち、ほんと残念な方だなぁ。
はやくエムリスさま、来てくれないだろうか。