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第86話 絶倫領主、義理の姉に頼られる

「長女アフロディーテ!」


「次女! マーキュリー!」


「三女、ダイアナ……!」


「「「三人揃って、燕鴎四姉妹!!!!」」」


「…………どうも、いらっしゃい」


 新都に燕鴎四姉妹が新都にやってきた。

 次女のマーキュリーは新都と旧都を結ぶ運送業をしているため、ちょくちょく顔を見るのだが、アフロディーテとダイアナは久しぶりだ。


 カインの手引きでダイアナが誘拐された時以来だろうか――。


 ただ、なんの要件かさっぱり分からない。

 事前になんの相談もなく、突然執務室の窓から入ってきたかと思えば、いつもの名乗り口上である。


 そりゃびっくりしてインク壺もこぼす。

 俺は慌ててハンカチでテーブルを拭くと、怪訝な瞳を義理の姉に向けた。


「えっと、今日はいったいどういう御用向きで? あいにくと、ステラはいま、トリストラム提督と散歩に出かけているんですが……?」



「殺人鬼! 殺人鬼がでましたのよ、モロルド王!」


「そうだよ! 旧都にとんでもない殺人鬼が現れたんだ!」


「私たち、殺人鬼のせいで夜も寝られないんです!」



 堰を切ったように喋り出す四姉妹。

 彼女たちは涙ながらに、旧都に現れた「殺人鬼」について熱く語った。


 曰く、そいつは旧都に来訪した、男性観光客を惨殺しているのだとか。

 それも、酒場からたたき出されるような、素行不良な男どもを……。


「平和になっていいんじゃないか?」


 思わず、そんな感想を言った俺に、烈火の如く怒ったのはアフロディーテだ。

 問題のある客が間引かれるのは彼女としても望むところだが、それが観光客の来訪に影を落とすようでは本末転倒。


 治安の維持が色街には大切らしい。


 しばらく見ないうちに、もうすっかりとあの街の支配者だ。

 領主の俺よりもしっかりとしているのではないか?


「実際、旧都への観光客は減ってるんだよ。もしかすると、自分も狙われるかもしれないって言って、行くのを渋るんだ」


「家族連れの観光客も、いつ自分たちが殺人鬼のターゲットになるか分からないと、旧都に寄りつかなくなってしまって」


「このままでは、旧都は潰れてしまいますわ! なんとしても、殺人鬼を捕まえなくてはなりませんの! ということで、新都からの派兵を具申しにまいりましてよ!」


 なるほど心得たと俺は首を縦に振った。

 さっそく、イーヴァンを執務室に呼びつけて、ことの次第を説明する。


 旧都からほどないところに故郷の村がある銀猫は、殺人鬼の凶行にあからさまに眉をひそめ嫌悪感を露わにした。


「わかりました、アフロディーテさま。すぐに近衞兵を旧都に向かわせて、その殺人鬼の捜索に当たらせます」


「よろしくお願いいたしますわ!」


「俺の妹も、近々旧都で子供を産む予定です。なのに殺人鬼だなんて。妹を安心させるためにも、生まれてくる子供たちのためにも、治安維持に全力を尽くさせていただく」


「頼もしいよ! 銀髪のお兄さん!」


「イーヴァンさんの妹さんのためにも、どうか頑張りましょう!」


 イーヴァンと燕鴎四姉妹は一致団結した。


 しかしそうか、アンネ(イーヴァンの妹)は妊娠していたのか。


 親友の妹だ。

 もちろん知らぬ仲ではない。


 とはいえ、ここのところは政務に忙しく全然気が回らなかった。

 ララと仲がよかったので、彼女伝手に話をしてくれてもよかったのに……。


 今度、出産祝いになにか贈ってやろう。


「ふむ。イーヴァンがそう言って気がついたが、俺も他人事ではないんだな。生まれ育った故郷の近くで、凶悪な殺人事件が起きているというのは、居心地が悪い」


「そういうことだ。まぁ、ケビンは今は国の経営に忙しいからな。故郷のことにまで心が回らぬのは仕方ない。ただ、俺たちの大事な村はなんとしてでも守るぞ」


「そうだな。生まれてくるお前の甥っ子か姪っ子のために」


 そう言ってやると、柄にもなくイーヴァンは照れくさそうに頬を掻く。

 モロルドきってのプレイボーイが珍しいこともあるものだ。


 これは、彼の子供が生まれる時は、もっと面白い表情が見られそうだ。

 そろそろ歳なのだし、いい人をみつければいいのに……。


「ぐわっ! ぐわっ! コケッコーッ!」


「ぴぃ! ただいまなのぉ! あれ? なんでおねえちゃんたちがいるのぉ?」


 ちょうどいいタイミングでステラが帰ってくる。

 執務室に居並んだ姉に駆け寄ると、彼女は久しぶりの姉妹との再会を悦んだ。


 ついでに、新しくできた友人を嬉々として紹介する。

 まずは胸に抱いていた――透明なスライム。


「ぴ♪」


「このこはピーちゃんなの! あのね、スライムをね、いっぱいつくることができる、すごいこなんだよ! あとこうやって、ちいさくなったりおおきくなったりできるの!」


 ステラの手の中でぽよぽよと跳ねる手のひらスライムは、ピーちゃんことスライム娘が産んだもの――ではなく、彼女本人である。

 本体はステラの後宮にあり、そこからコア――精海竜王の角――だけを取り出し、小さくなることができるのだ。


 もちろん普通のスライムではできない。

 精海竜王の角がもたらした権能だ。


 ますます化け物じみていくピーちゃんに、ちょっと領主として危機を感じるが――まぁ、ステラの友達なので大丈夫だろう。


 ハーピーの末姫の小さな手の上で人型に戻ったスライムは、きょとんとした目で友人の姉を見つめる。物珍しい透明な小人に、ステラの姉妹は嬉々とした声をあげた。

 さて、次に紹介するのは……。


「ぴぃ! こっちはとりすとらむなの! なんかねー、うみのむこーの、えらーいえらーいしょうぐんさまなんだけど、いまはニワトリさんなんだよ!」


「ぐわっ! ぐわっ!」


 トサカを振り上げ、尾を振って、なんだか尊大に振る舞うトリストラムどの。

 しかし、どんなに見栄を張ってみせても、鶏は鶏でしかない。そんな姿になっても気位を忘れないというのが、なんともいじらしかった。


「まぁまぁ、立派な鶏さんですこと。雄なのが残念ですわね」


「ステラ。雄鶏は卵を産まないから、さっさと食べちゃわないと。無駄飯ぐらいだよ」


「姉さんたち、私たちが言うと洒落にならないですよ……?」


「こけぇっ⁉」


 なんか食べられる方向で話が進んでいる。

 こんな姿だけど、中身は大提督だというのに。


 というか、燕鴎四姉妹はトリストラム提督の言葉が分からないんだな……。


「なんだ、てっきりセイレーンには、鳥類の言葉は分かるのかと思っていた」


「それができるのはステラだけですわ。彼女はまぁ……特別ですから」


「そうそう! 心優しいステラだからこそ、動物の心が分かるってこと!」


「鳥類だけじゃなく、いろんな動物とも心で会話できるんですよ。私たちの自慢の妹なんです、ステラは……!」


 姉たちからのべた褒めにえへへとステラがはにかむ。

 旧都を襲った凶事の話をしていたはずなのに、すっかり家族の団らんだ。


 よし、ステラのためにも殺人鬼を捕らえなくては……!


「コケッ! コケコケコケッ! コケコッコー!」


「なんかトリストラムがやる気を出してるの! おねえちゃんたちみたいな、きれいなじょせいをおびえさせるなんてゆるせない! じぶんがかならずつかまえてみせる……って、いきまいるの!」


「はいはい。頼りにしておりますわよ、トリさん」


「殺人鬼に焼き鳥にされないようにな、トリさん」


「えっと、心意気だけいただいておきますね、トリさん」


「…………コケェ」


 そして、息巻いた割りには雑に扱われるトリストラム提督なのだった。


 手違いで鶏になってからこっち、ほんと残念な方だなぁ。

 はやくエムリスさま、来てくれないだろうか。

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