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第89話 絡新婦と隠弓神、殺人鬼と相まみえる

 強烈な炸裂音により耳が一瞬聞こえなくなる。

 同時に身体に自由が戻った。


 どうやらハーピーの魔歌と同じで、街娼の声には精神に感応する力があるみたいだ。

 そして、そんな力を使って男を操ろうとしたということは――。


「やはりお前が、旧都を騒がしている殺人鬼か!」


「いややなぁ。そんな風に言われると、悲しいやないのぉ。わっちはただ、冷えた身体を温めあいたいだけやのに……!」


「いいから、離れてケビン! こいつは危険よ!」


 ララに言われるまま殺人鬼から離れる。

 彼女は白い着物の袖を振り回し、何かをこちらに向かって打ち出してきたが――それを隠弓神の放った鉛の錘が弾いて砕いた。


 キラキラと闇の中に散る殺人鬼の放った凶器。


 どうも武器の類いではない。

 なんらかの術で編み出したもののようだ。


 人を操り、謎の術で武器を生み出す。

 明らかに人間ではない。

 魔物あるいは妖魔の類いに間違いなかろう。


「じゃませんといておくれやす。お兄さんは、わっちの大切なお客さまですのん。しっかりおもてなしして、伊達男にしてお返しますのんや……!」


「伊達男っていうのは、惨殺死体のこと? だったら、いい趣味をしてるわね!」


 ララが俺の前に立ち塞がる。

 石弩を完全に捨て、服の中に仕込んだ投擲武器での応戦に彼女は切り替えた。

 次々にこちらに押し寄せる殺人鬼の攻撃を、神妙かつ正確な一撃で相殺し続け、彼女は殺人鬼を圧倒する。


 とはいえ、仕込んだ武器には限りがある。

 一方、相手は何もない空間から、武器を取り出せる。


「ふふっ、その戦い方やと、すぐじり貧になってまいはるんちゃう」


「えぇ、そうでしょうね! けど、本命は私じゃないから――」


「おおきにララはん。旦那はんを守ってくだはって」


 闇の中にもくゆって見えるほどの強烈な殺意。

 それは――彼女の天敵である精海竜王の娘が操る轟雷のように、天から殺人鬼に向かって勢いよく降り注いだ。かと思えば、そのかざした手をひと息に断ち切った。


 光る白刃は仙宝より引き剥がした刃。

 モロルドが誇る名槍『胴田貫 虎政』。


「それと、殺人鬼の気ぃを逸らしてくれたんも。おかげでやりやすかったわ……」


「ルーシー!」


 殺人鬼を空から強襲したのはルーシー。

 彼女は蜘蛛の下半身を使って器用に路地裏の壁を這うと、殺人鬼の死角から致命の一撃を繰り出した。


 重たい音と共に地面に落ちた殺人鬼の腕。

 すぐに八つの脚で蹴り飛ばすと、ルーシーは冷ややかな眼差しを殺人鬼へと向けた。

 冷徹な絡新婦の女王は、静かな怒りを身体にまとって槍を振るう。


「ウチの大事な大事な旦那はんになにしてくれはんのん。人のもんつまみ食いするやなんて、ほんまにいけずな娘やなぁ。なますにおろして、食うてまおか……!」


 さらに追撃。


 振り下ろした槍の穂先が返ったかと思えば、勢いよく殺人鬼の顔を切り上げた。

 頭から被っていた白いほっかむりが裂ける。


 露わになる黒髪。

 はらりとおちたガラス細工の花飾り。

 そして、月のような黄色い瞳。


 ルーシーの槍によって、鼻先を切り裂かれた殺人鬼。

 しかし、その傷痕から血が滴ることはなかった。

 どころか――。


「あらあら、血の気の多いのがまざっとりますえ。それに……なんですのん、その品のない言葉遣い。教養がちょっと足りてないんとちゃいますやろか」


「なっ! 効いていないだと!」


「見てケビン! ルーシーさんが切った傷が、みるみると塞がって!」


 殺人鬼はけろりとした様子でそう言い放つと、たちまちのうちに傷を回復した。


 回復魔法ではない。

 神に祈った素振りはなかった。


 と、その時、落ちて砕けたはずの髪飾りが彼女の黒い髪に咲く。

 続いて、訳も分からず立ち尽くす俺たちに――凍えるような冷風が吹きかかった。


 凍え死ぬ。

 そう思った瞬間、ララが再び火薬をサイドポーチから抜いた。

 殺人鬼に向かって投げつければ、それは一瞬にして火柱となり殺人鬼に襲いかかる。


「きゃあっ!!!!」


「……効いている?」


 つんざくような殺人鬼の悲鳴。

 再び、ルーシーが剛槍をしならせると、火柱もろとも殺人鬼の身体を横に薙いだ。


 胴を境に上半身と下半身が泣き別れる。

 これは間違いなく、人間だったら致命の一撃だ。

 しかし――。


「いきなり激しいやない。これは、ほんのちょっぴり驚きましたえ。せやけど、そっちの花魁もどきが、考えなしに槍を振るってくれたおかげで、助かりんした」


「嘘だろ……! まだ、生きているっていうのか……!」


 二つに断たれた殺人鬼の身体。

 その上半身がにわかに動いたかと思うと、さきほど顔の傷を再生したように、下半身を再生しはじめた。


 まるでもなにもその光景は――。


「ピーちゃんと同じ? もしかして、あれもスライムなのか?」


 俺たちがよく知る第二夫人の侍女。

 彼女とよく似ていた。

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