強烈な炸裂音により耳が一瞬聞こえなくなる。
同時に身体に自由が戻った。
どうやらハーピーの魔歌と同じで、街娼の声には精神に感応する力があるみたいだ。
そして、そんな力を使って男を操ろうとしたということは――。
「やはりお前が、旧都を騒がしている殺人鬼か!」
「いややなぁ。そんな風に言われると、悲しいやないのぉ。わっちはただ、冷えた身体を温めあいたいだけやのに……!」
「いいから、離れてケビン! こいつは危険よ!」
ララに言われるまま殺人鬼から離れる。
彼女は白い着物の袖を振り回し、何かをこちらに向かって打ち出してきたが――それを隠弓神の放った鉛の錘が弾いて砕いた。
キラキラと闇の中に散る殺人鬼の放った凶器。
どうも武器の類いではない。
なんらかの術で編み出したもののようだ。
人を操り、謎の術で武器を生み出す。
明らかに人間ではない。
魔物あるいは妖魔の類いに間違いなかろう。
「じゃませんといておくれやす。お兄さんは、わっちの大切なお客さまですのん。しっかりおもてなしして、伊達男にしてお返しますのんや……!」
「伊達男っていうのは、惨殺死体のこと? だったら、いい趣味をしてるわね!」
ララが俺の前に立ち塞がる。
石弩を完全に捨て、服の中に仕込んだ投擲武器での応戦に彼女は切り替えた。
次々にこちらに押し寄せる殺人鬼の攻撃を、神妙かつ正確な一撃で相殺し続け、彼女は殺人鬼を圧倒する。
とはいえ、仕込んだ武器には限りがある。
一方、相手は何もない空間から、武器を取り出せる。
「ふふっ、その戦い方やと、すぐじり貧になってまいはるんちゃう」
「えぇ、そうでしょうね! けど、本命は私じゃないから――」
「おおきにララはん。旦那はんを守ってくだはって」
闇の中にもくゆって見えるほどの強烈な殺意。
それは――彼女の天敵である精海竜王の娘が操る轟雷のように、天から殺人鬼に向かって勢いよく降り注いだ。かと思えば、そのかざした手をひと息に断ち切った。
光る白刃は仙宝より引き剥がした刃。
モロルドが誇る名槍『胴田貫 虎政』。
「それと、殺人鬼の気ぃを逸らしてくれたんも。おかげでやりやすかったわ……」
「ルーシー!」
殺人鬼を空から強襲したのはルーシー。
彼女は蜘蛛の下半身を使って器用に路地裏の壁を這うと、殺人鬼の死角から致命の一撃を繰り出した。
重たい音と共に地面に落ちた殺人鬼の腕。
すぐに八つの脚で蹴り飛ばすと、ルーシーは冷ややかな眼差しを殺人鬼へと向けた。
冷徹な絡新婦の女王は、静かな怒りを身体にまとって槍を振るう。
「ウチの大事な大事な旦那はんになにしてくれはんのん。人のもんつまみ食いするやなんて、ほんまにいけずな娘やなぁ。なますにおろして、食うてまおか……!」
さらに追撃。
振り下ろした槍の穂先が返ったかと思えば、勢いよく殺人鬼の顔を切り上げた。
頭から被っていた白いほっかむりが裂ける。
露わになる黒髪。
はらりとおちたガラス細工の花飾り。
そして、月のような黄色い瞳。
ルーシーの槍によって、鼻先を切り裂かれた殺人鬼。
しかし、その傷痕から血が滴ることはなかった。
どころか――。
「あらあら、血の気の多いのがまざっとりますえ。それに……なんですのん、その品のない言葉遣い。教養がちょっと足りてないんとちゃいますやろか」
「なっ! 効いていないだと!」
「見てケビン! ルーシーさんが切った傷が、みるみると塞がって!」
殺人鬼はけろりとした様子でそう言い放つと、たちまちのうちに傷を回復した。
回復魔法ではない。
神に祈った素振りはなかった。
と、その時、落ちて砕けたはずの髪飾りが彼女の黒い髪に咲く。
続いて、訳も分からず立ち尽くす俺たちに――凍えるような冷風が吹きかかった。
凍え死ぬ。
そう思った瞬間、ララが再び火薬をサイドポーチから抜いた。
殺人鬼に向かって投げつければ、それは一瞬にして火柱となり殺人鬼に襲いかかる。
「きゃあっ!!!!」
「……効いている?」
つんざくような殺人鬼の悲鳴。
再び、ルーシーが剛槍をしならせると、火柱もろとも殺人鬼の身体を横に薙いだ。
胴を境に上半身と下半身が泣き別れる。
これは間違いなく、人間だったら致命の一撃だ。
しかし――。
「いきなり激しいやない。これは、ほんのちょっぴり驚きましたえ。せやけど、そっちの花魁もどきが、考えなしに槍を振るってくれたおかげで、助かりんした」
「嘘だろ……! まだ、生きているっていうのか……!」
二つに断たれた殺人鬼の身体。
その上半身がにわかに動いたかと思うと、さきほど顔の傷を再生したように、下半身を再生しはじめた。
まるでもなにもその光景は――。
「ピーちゃんと同じ? もしかして、あれもスライムなのか?」
俺たちがよく知る第二夫人の侍女。
彼女とよく似ていた。