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第十四章 おしえてくれナターシャ

第92話 セイレーンの末姫、姉妹を見舞う

「くそっ! いったいどこに逃げたんだ!」


 一昼夜、俺たちは雪女を捜し回った。

 しかしながら、その行方はようとしてしれず、旧都は依然として殺人鬼による恐怖に包まれていた。


 旧都の元宮殿。

 アフロディーテの居館に俺たちは集まり、今後の対応を協議していた。

 その表情は一様に暗い。


「種族としての性ですか。ならば彼女は、これからも愛した男を殺して回るのですね」


 積み重なる心労からか安楽椅子に深く腰掛ける燕鴎四姉妹の長女。

 物憂げに金色の髪を指の先に巻きながら、彼女は目を瞑って深いため息を吐く。


 そんな彼女を慰めるように――そのお腹に乗った鶏が小さく鳴く。


「あら、鶏さん。慰めてくださるのね?」


「くぁあぁ」


「ステラのお友達だけあって優しい子ですのね……よしよし♪」


「くわっ、くわくわ、くわわ……こけぇ」


 本人としては格好つけ励ましているつもりなのだろう。

 しかし、鳥の姿では伝わらない。


アフロディーテにペット扱いされ、トリストラム提督がちょっと意気消沈する。

 旧都の女王の膝上で丸くなる鶏の姿に、ほんの少しだけ場の空気が和んだ。


 とはいえ現状は、事件はなにも解決していない。


 殺人鬼は依然として逃走中。

 これ以上の事件の発生を抑止する方法もない。

 なにより――。


「不死身を相手に、いったいどうやって戦えばいいんだ……!」


 雪女。

 その特性が厄介だった。


 腕を切り飛ばしても、胴を跳ね飛ばしても、再生する身体。

 さらに、無限に生み出すことができる氷の武器。

 そして種の本能として刻まれた異性への殺意。


 こんなにも厄介な妖魔がこの世にいただなんて。


「どないしはります、旦那はん?」


 不安げに尋ねたのはルーシーだ。

 雪女と同じく「愛した男を殺さなくてはならない」性を背負っていた絡新婦の姫は、いつになく辛い面持ちで俺に尋ねてきた。


 脚を折って石畳の床に彼女はしずしずと座る。

 雪女に下される沙汰に、どこか怯える嫁に俺は務めて優しく微笑んだ。


「犯した罪はもちろん償わせる。けれど――モロルドは多くの種族に開かれた国だ。雪女が望むのなら、俺は彼女も受け入れようと思っている」


「……旦那はん!」


「男を殺さなくても済む、落とし所がどこかにきっとあるはずだ」


 ルーシーが強ばった頬をゆるめてほっと息を吐く。

 雪女の素性を話した時から感じていたが、どうも彼女は殺人鬼に感情移入をしているらしい。刃を交え戦った相手にさえ情けをかける、優しき絡新婦の心根を俺は尊重した。


 とはいえ、雪女が素直にモロルドの法に従ってくれるだろうか。


 領民になろうとやってくる者たちが、すべて善人という訳ではない。そもそも、なにかしらの問題があるからこそ、元の国を捨ててモロルドにやってくるのだ。

 そういう者たちを受け入れる難しさを、俺は改めて今回の一件で思い知った。


「とにかく、一刻も早く雪女の居場所を探そう。捕まえる方法は、なんとか――」


 そんな言葉を遮るように、宮殿の広間の扉が急に開いた。


「ぴぃっ♪ おにーちゃん、おねえちゃんたち、おつかれさまなの♪」


「ステラ! それにヴィクトリア!」 


「マスター、すみません。ステラさんが、どうしても来たいと聞かなくて……!」


 やって来たのは、新都に置いてきた二人の嫁、ステラとヴィクトリアだった。


 ステラを置いてきたのは他でもない。

 身内が絡んだ生々しい事件に、まだ子供の彼女を巻き込ませたくなかったからだ。


 ヴィクトリアはそんな彼女のお目付役。

 本来ならばここに来るのを阻止しなくてはいけないのだが――夫人たちの中で一番の仲良しで、気の合うステラに頼み込まれては断れなかったのだろう。


 まあ仕方ないと、俺は二人が来訪を受け入れた。


 とてとてとアフロディーテの下に向かうステラ。

 彼女はトリストラム提督をのけると、彼に変わって長女の膝上に収まった。

 代わりに胸に鶏を抱えて、なんだかご機嫌に肩を揺らす。


 お通夜も同然だった談義の場が、ほんの少しだけ空気が和らいだ。


「あらあら、こっちの鶏さんもまだまだ甘えんぼさんね」


「ぴぃぴぃ♪ アフロディーテおねえちゃんのおひざは、ステラのとくとーせきなの♪」


「くわっくわっ! くわっ、こけっこ~ッ!」


「ぴぃ~♪ トリストラムにはかしてあげないのぉ~!」


 鶏のトリストラム提督と、二人しか分からない軽口を叩くステラ。


 その光景を見て思い出した。

 雪女の捜索に、うってつけの能力を第二夫人が持っていることに。


「ステラ! 前に奴隷商人を探した時のように、旧都の生き物たちから情報を集めてもらうことはできないか!」


 特別なセイレーンであるステラは、鳥や動物の言葉が分かる。

 人間には見つけられなくても、動物になら雪女の行方を見つけられるかもしれない。相手もまさか、動物が自分の動向を探っているとは思うまい。


「ぴぃ! まかせるの! すぐにみんなにきいてみるの!」


 俺たちの役に立てるのが嬉しいのか妙に意気込むステラ。

 これで雪女の所在を探るのは大丈夫だろう。


 だとして、残すところの問題は――。


「どうやって、雪女を捕縛するかだ。正直、身体が雪でできた妖魔なんて、どうやって捕まえればいいんだ。身近に意思疎通のできるゴーレムでもいれば話しは別だが」


「そうですね。身近に機械人形がいればいいんでしょうが」


 うんうんと頷く仙宝娘。

 そんな彼女に、俺は妙案を立て続けに思いつくのだった。

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