「くそっ! いったいどこに逃げたんだ!」
一昼夜、俺たちは雪女を捜し回った。
しかしながら、その行方はようとしてしれず、旧都は依然として殺人鬼による恐怖に包まれていた。
旧都の元宮殿。
アフロディーテの居館に俺たちは集まり、今後の対応を協議していた。
その表情は一様に暗い。
「種族としての性ですか。ならば彼女は、これからも愛した男を殺して回るのですね」
積み重なる心労からか安楽椅子に深く腰掛ける燕鴎四姉妹の長女。
物憂げに金色の髪を指の先に巻きながら、彼女は目を瞑って深いため息を吐く。
そんな彼女を慰めるように――そのお腹に乗った鶏が小さく鳴く。
「あら、鶏さん。慰めてくださるのね?」
「くぁあぁ」
「ステラのお友達だけあって優しい子ですのね……よしよし♪」
「くわっ、くわくわ、くわわ……こけぇ」
本人としては格好つけ励ましているつもりなのだろう。
しかし、鳥の姿では伝わらない。
アフロディーテにペット扱いされ、トリストラム提督がちょっと意気消沈する。
旧都の女王の膝上で丸くなる鶏の姿に、ほんの少しだけ場の空気が和んだ。
とはいえ現状は、事件はなにも解決していない。
殺人鬼は依然として逃走中。
これ以上の事件の発生を抑止する方法もない。
なにより――。
「不死身を相手に、いったいどうやって戦えばいいんだ……!」
雪女。
その特性が厄介だった。
腕を切り飛ばしても、胴を跳ね飛ばしても、再生する身体。
さらに、無限に生み出すことができる氷の武器。
そして種の本能として刻まれた異性への殺意。
こんなにも厄介な妖魔がこの世にいただなんて。
「どないしはります、旦那はん?」
不安げに尋ねたのはルーシーだ。
雪女と同じく「愛した男を殺さなくてはならない」性を背負っていた絡新婦の姫は、いつになく辛い面持ちで俺に尋ねてきた。
脚を折って石畳の床に彼女はしずしずと座る。
雪女に下される沙汰に、どこか怯える嫁に俺は務めて優しく微笑んだ。
「犯した罪はもちろん償わせる。けれど――モロルドは多くの種族に開かれた国だ。雪女が望むのなら、俺は彼女も受け入れようと思っている」
「……旦那はん!」
「男を殺さなくても済む、落とし所がどこかにきっとあるはずだ」
ルーシーが強ばった頬をゆるめてほっと息を吐く。
雪女の素性を話した時から感じていたが、どうも彼女は殺人鬼に感情移入をしているらしい。刃を交え戦った相手にさえ情けをかける、優しき絡新婦の心根を俺は尊重した。
とはいえ、雪女が素直にモロルドの法に従ってくれるだろうか。
領民になろうとやってくる者たちが、すべて善人という訳ではない。そもそも、なにかしらの問題があるからこそ、元の国を捨ててモロルドにやってくるのだ。
そういう者たちを受け入れる難しさを、俺は改めて今回の一件で思い知った。
「とにかく、一刻も早く雪女の居場所を探そう。捕まえる方法は、なんとか――」
そんな言葉を遮るように、宮殿の広間の扉が急に開いた。
「ぴぃっ♪ おにーちゃん、おねえちゃんたち、おつかれさまなの♪」
「ステラ! それにヴィクトリア!」
「マスター、すみません。ステラさんが、どうしても来たいと聞かなくて……!」
やって来たのは、新都に置いてきた二人の嫁、ステラとヴィクトリアだった。
ステラを置いてきたのは他でもない。
身内が絡んだ生々しい事件に、まだ子供の彼女を巻き込ませたくなかったからだ。
ヴィクトリアはそんな彼女のお目付役。
本来ならばここに来るのを阻止しなくてはいけないのだが――夫人たちの中で一番の仲良しで、気の合うステラに頼み込まれては断れなかったのだろう。
まあ仕方ないと、俺は二人が来訪を受け入れた。
とてとてとアフロディーテの下に向かうステラ。
彼女はトリストラム提督をのけると、彼に変わって長女の膝上に収まった。
代わりに胸に鶏を抱えて、なんだかご機嫌に肩を揺らす。
お通夜も同然だった談義の場が、ほんの少しだけ空気が和らいだ。
「あらあら、こっちの鶏さんもまだまだ甘えんぼさんね」
「ぴぃぴぃ♪ アフロディーテおねえちゃんのおひざは、ステラのとくとーせきなの♪」
「くわっくわっ! くわっ、こけっこ~ッ!」
「ぴぃ~♪ トリストラムにはかしてあげないのぉ~!」
鶏のトリストラム提督と、二人しか分からない軽口を叩くステラ。
その光景を見て思い出した。
雪女の捜索に、うってつけの能力を第二夫人が持っていることに。
「ステラ! 前に奴隷商人を探した時のように、旧都の生き物たちから情報を集めてもらうことはできないか!」
特別なセイレーンであるステラは、鳥や動物の言葉が分かる。
人間には見つけられなくても、動物になら雪女の行方を見つけられるかもしれない。相手もまさか、動物が自分の動向を探っているとは思うまい。
「ぴぃ! まかせるの! すぐにみんなにきいてみるの!」
俺たちの役に立てるのが嬉しいのか妙に意気込むステラ。
これで雪女の所在を探るのは大丈夫だろう。
だとして、残すところの問題は――。
「どうやって、雪女を捕縛するかだ。正直、身体が雪でできた妖魔なんて、どうやって捕まえればいいんだ。身近に意思疎通のできるゴーレムでもいれば話しは別だが」
「そうですね。身近に機械人形がいればいいんでしょうが」
うんうんと頷く仙宝娘。
そんな彼女に、俺は妙案を立て続けに思いつくのだった。