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第94話 仙宝娘、東方の仙窟へと誘う

 明朝(サンライズ)。


 俺とヴィクトリア、そしてステラの三人は、モロルド本島から東にあるちょっと広めの無人島に向かった。ヴィクトリア曰く、ここが東方不敗修士亜細亜老君の庵だという。


 木もなければ草もない瓦礫ばかりの不毛の地。

 土地は広大だが緑地化する労力を考えれば採算が悪く、今まで放置してきた島だった。


「神仙が住んでいた庵も、時の流れには勝てないか……」


 モロルドの周囲にある小島の多くは、かつて神仙の空飛ぶ庵だった。

 そして庵の持ち主たちは、功夫の果てに誰かに破れ、この世を去った。


 庵は海へと沈み島と化し、今もその姿をかろうじて留めている。


 かつて栄華を極めた神仙たちの夢の跡。

 ついつい感傷的な気分になってしまうのは、俺も神仙と因縁浅からぬ身だからか。

 懐に入れた石兵玄武盤に振れながら、俺は妙にしんみりとした気分になった。


「こちらですマスター! ステラさま!」


「ぴぃいぃ……またけっかいなの。こわいこわいなの」


「大丈夫ですステラさん。亜細亜老君が残した結界は、ほぼ力を失っています。今は、その中に眠っている、ナターシャを保全するために、かろうじて動いているだけです」


「危険はない……と考えていいんだな、ヴィクトリア?」


 こくこくと頷く仙宝娘。


 本当に信じて大丈夫なんだろうか?

 かつてヴィクトリアを信じて煮え湯――黒天元帥――を飲まされている俺は不安に思いながらも、最終的に彼女を信じた。


 島の端。

 崖に切り立ってできた洞窟。

 きっと満潮時には海に沈むであろうそこを、俺たちは奥へと進んだ。


「ぴぃ! おくのほうになんだかおおきなとびらがあるの!」


「それが老君が残した結界への入り口です」


「入るなり、いきなり襲われるとかないよな……? 大丈夫だよな、ヴィクトリア?」


「大丈夫です。安心してください、マスター」


 洞窟の奥、ヴィクトリアの瞳が光ったかと思うと朱塗りの扉が眼前に現れる。

 海中にありながら色あせないそれは、明らかに仙気を帯びている。


 神仙の微かな残り香を感じながら、俺はおそるおそるとその扉を開いた。

 はたして東方不敗修士老君が残した陣は――。


「ぴぃ? どうくつにはいるまえの、しまとかわらないの?」


「いや、海がない。どこまでも続く荒野だ……!」


 どこか荒涼としてもの悲しい世界だった。


 吹きすさぶ風に不毛の大地を転がる回転草。

 墓標のように大地に横たわる大岩。

 そして、燦々と降り注ぐ太陽。


 ステラが言った通り、上陸した島の光景とそう変わらない場所だ。


 猿叫大師・黒天元帥の残した陣と比べるとあまりに殺風景。

 いったいどういう気持ちで、老君はこの陣を構築したのだろうか。


 いや――。


「自らの術を極め果てた末に編み出したのが神仙の陣。なら、この風景にもなにかしらの意味があるはず。気をつけろステラ、油断したらやられるぞ」


「ぴぃッ! おにーちゃん! わかったの! ステラ、ゆだんしないの!」


「さあ、どこからでも出てこい――『勇気凜々ダイ・ナターシャ』! 俺もまた、不本意ながら黒天元帥の弟子! 神仙の世界に片方くらい脚を突っ込んでいる者だ! このくらいのことで臆すると思ったらおおまちが……」


「あ、マスター! 足下注意です!」


 そうヴィクトリアが言ったがはやいか俺の足下の土が盛り上がった。


 一瞬、石兵玄武盤を誤動作させてしまったのかと思った。

 しかし、仙宝に仙力をこめるどころか触れてさえいない。


 この隆起する大地が、陣に眠る何者かが起こしたものだ!


 そうこうするうちに――。


『呼ばれて! 飛び出て! ナタタタターン!』


 不毛の大地が割れたかと思うと、そこから巨大な巨大な彫像が現れた。


 白塗りの巨体に、人間を彷彿とさせるシルエット。

 輝く緑色の瞳と、謎に頭部に施されたVの字の意匠。

 そして野太い手足。


 まさかこれが東方不敗修士亜細亜老君が残した仙宝!


『勇気凜々ダイ・ナターシャ! 約一万年と二千年の眠りから復活!』


「こ、これがダイ・ナターシャ!!!!」


 モロルドにあるどんな塔よりも高い。

 伝説に歌われるロードス島の巨人像もかくやという土の巨人(ゴーレム)の登場に、俺は肝を抜かれて尻餅をつくのだった。まさしくその巨人の手の中で。


 ぴぃぴぃと眼下からステラのさえずりが聞こえる中――。


『私を呼んだの貴方か! ムゥッ! なんという仙気! 我が造物主、東方不敗修士亜細亜老君も霞むほどの、ムンムンとした色気に……ナターシャ凜々!』


「凜々⁉ いったいどういう意味だ⁉」


『勇気と凜々は心で感じるものよ! 仙気ムンムンなのに、神仙としての心構えはまだまだのようね! けど、そういうのもお姉さんはいける口よ!』


「どうしようヴィクトリア! この土の巨人(ゴーレム)、なんだか怖いんだが!」


『さあ坊や! 私の操縦席(コクピツト)に乗りなさい! 話しはそれからよ!』


「ヴィクトリア⁉ 大丈夫なんだよな、ヴィクトリア⁉ 返事をしてくれ、ヴィクトリア⁉」


『さあ、勇気を出して合体よ! 合体は……だいたい全てを解決してくれるわ!』


「ヴィクトリアァアアアッ!!!!」


 俺はナターシャに襟首を掴まれると、そのまま足から丸呑みにされた。


 合体とはなんなのか?

 躍り食いの間違いではないのか?

 勇気を出す暇もありゃしないんだが?。


 いろんなツッコミが追いつかず――ただただ、俺はナターシャと合体した。


「ぴぃっ! おにーちゃん、たべられちゃったの!」


「男と見るやすぐ合体しようとする。ナターシャ、変わっていませんね……!」

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