最初の出会いこそ最悪だったが、ナターシャは俺の質問に割と素直に答えてくれた。
ゴーレムの原理、はじまり、主な使用目的、そして東西の違い。
高位の魔法使いが秘匿する真理を、彼女は余すことなく俺に語った。
「そもそもゴーレムっていうのは魔法使いが生み出した人工生命体よ。自然発生することはないわ。それぞれ、作られた意図みたいなものが明確に存在するの」
「作られた意図」
「そう。たとえば私――『勇気凜々ダイ・ナターシャ』は、広大な東方不敗修士亜細亜老君の土地を耕作するために作られた、農業用のゴーレムなの♪」
「もっとコンパクトにできなかったんですかね?」
ゴーレムの秘密その1。
彼らは魔法使い・神仙などにより、目的を持って生み出されていること。
この世に生み出されたその瞬間に、役目を負っているのだという。
そして、それはゴーレムたちを強力に縛る。
神仙の死後も、ナターシャがこうして動いているのも。
陣の中に留まっているのも。
そうあるように命令されているからなのだという。
「思った以上に、ゴーレムというのは不自由なものなんだなぁ……」
「あら、ちょっとおセンチにしちゃったかしら? 大丈夫よ、これでけっこう気軽にやっているんだから! たしかに、造物主がいなくなっちゃったのはさみしいけれど――それはそれよ! 静かな余生を過ごさせてもらって、私は満足してるの!」
意外にも健気なところがあるナターシャ。
話す相手もいなければ、世話する動植物もいない、果たしない荒野に長らく放置されているのに、そんなことを言えるあたりに、なんだか彼女の強さを俺は感じた。
次に彼女が教えてくれたのは、東西の土の巨人(ゴーレム)の違いだ。
「西洋人は、ゴーレムをあくまで自分の従僕と考えたみたいね。命令によって自立して動く生命体――そういう風にゴーレムを定義して、進化させて行ったわ」
「東洋人は違うのか……もなにも、ナターシャを見れば一目瞭然だな」
「あらん、かわいいこというじゃない♥ けど、本当にその通り。一目瞭然よね」
ナターシャたち東方土の巨人(ゴーレム)は、基本的に造物主がその中に乗りこんで、操作することを意図した設計になっていた。俺が取り込まれた場所も、そのコントロールのために特別に作られた部屋なのだという。
知識さえあれば、俺はナターシャを自由自在、意のままに操れるのだとか。
土の巨人(ゴーレム)をひとつの生命体と考えた西洋。
対して、あくまで人の望みを叶えるための道具と考えた東洋。
基礎的な技術は同じながら、そこに思想の差が現れているとナターシャは語った。
「しかし、なんでそんなに違いが出たのだろうか?」
「それはほら。貴方の素敵な奥方さまを見ていて気がつかない?」
「…………なるほど」
生命体を造り出すという思想は、どうやら土の巨人(ゴーレム)ではなく機械人形(オートマタ)に向けられたらしい。たしかに東方の機械人形のできは、西洋のそれと比べて精巧だ。
いや、いっそ変態的と言うべきかもしれない。
あくなき技術への執着がヴィクトリアの作りからしても見てとれた。
ここで大きな分岐が起きていたんだな。
「あとはやっぱり……土の巨人(ロボツト)は男の浪漫! そうじゅうできなくちゃってね!」
「それはちょっとよく分からないな」
「石兵玄武盤を操る貴方なら、理解できると思ったんだけれども? どうやら、まだその境地には達していないようね。これからも功夫を重ねなさい。いずれその境地に、貴方ほどの男ならばたどり着くことができるわ……!」
「……しかし、操縦して乗るなら、どうしてナターシャのような人格を持たせたんだ?」
別に、全て自動で術者が操るのなら、自我も何も必要ないのではないか?
そんな素朴な疑問に、ナターシャは少し寂しい笑顔を返した。
「言ったでしょ、基礎技術は同じだって。技術的な部分で、そうする必要があったのよ」
「基礎技術……?」
「こんな巨体を人間がマニュアルでコントロールできると思う? 最低限の自立機能を持たせて制御を肩代わりさせた方が、簡単だと思わない?」
「……えっと、言葉の定義がよく分からなくて、理解が追いつかないんだが」
「つまりね? 馬に乗って走るのと、馬の張りぼてに乗って走るのと、どっちが簡単かって話しよ?」
なるほどそれはたしかに想像してみると、馬に乗る方が簡単そうだ。
多少、彼らに振り回されることにはなるが、基本は彼らが動いてくれて、俺たちは彼らのコントロールに細かい指示を与えればいい。
関節の動きなどをすべて想像して、コントロールするだなんて――考えただけで目眩がしてくる。
なるほど、つまりナターシャたちは馬たちと同じ。
人間と意思疎通するために作られた、仮想の人格ということか。
それならば、西洋ゴーレムと比べてやけに人間じみた話し方をするのも、納得だ。
そして……。
「なんだかすまない。人の都合で、君たちのような存在を作り出してしまって」
「あらやだ! ケビンちゃんが謝るようなことなんて、なにもないわよ! 仕方ないじゃないそういう背景なんだから! 東方土の巨人(ゴーレム)はこうなるべくして生まれてきたのよ!」
終始明るくふざけた調子のナターシャに、いまさらではあるが申し訳なさというか、罪悪感を俺は抱いてしまうのだった。
別に、俺が彼女に何をしたわけではないのだけれど。
彼女という悲しい存在を生み出してしまった、造り手側としての責任みたいなものを。
「ということでね、だいたいケビンちゃんも分かってくれたかしら。東方土の巨人がどういうものなのかって」
「あぁ、はっきりと分かったよ。ありがとう、こんなにいろいろと教えてくれて」
「ふふっ、そして最後だから言うけどね……」
少し溜めて、優しき土の巨人(ゴーレム)は俺たちを冷静にさせると――。
「ぶっちゃけ、雪女と土の巨人(ゴーレム)は別の生き物だから! なにも参考にならないと思うわ! というか、あっちは自然発生した精霊! こっちは人工的に作られた魔物! そういうことだから、一緒くたに考えないでちょうだい!」
「…………ですよねぇ」
ここまで熱く語っておいて、身も蓋もないオチを言い出すのだった。
それはそうだ。
身体の造りは似ているが、発生経緯がまるで違うのだ。
こんなの参考になるわけがなかった。
とほほほ……!