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第97話 絶倫領主、土の巨人より知啓を授かる

「安心してケビンちゃん。たしかに、土の巨人と雪女はまったく別ものよ。けれども雪女がどういうものか、東方不敗修士亜細亜老君が私に授けてくれた知識があるわ……」


「じゃあ、最初からそっちを話してくれよ! なんでこんなまだるっこしいやり取りをするんだよ!」


「大人の話というのは、まだるっこしいものなのさ。建前と本音に縛られてしまうからね……」


「なんで急に格好よくなるの! あと、さっきまでの女口調はどこ行ったんだ!」


 ナターシャはなんでも知っている。

 彼女は雪女についての知啓も、俺に惜しみなく教えてくれた。


「雪女は西洋でいうところの、ニンフやシルフに近いわ。さっきも言ったように妖精ね。自然現象に魂が宿った存在――という認識で間違いないわ」


「ゴーレムとは違い、自然にというのが違いなんだよな?」


「そう。彼らは自然発生的に生命を得た。東方にも付喪神というものいてね。長い年月を経たモノには生命が宿り、それはやがて人の形に変化するの」


「長い年月を経たモノに生命が宿る……」


 山岳信仰に近いものかもしれない。

 西洋でも山河などの自然に神を見出して、あがめるという考え方はある。


 身近なものや制御不能なものや理に人間は神聖を見出す。

 それは東洋でも西洋でも、実は変わらないのかもしれない――。


「待てよ? もしかして、こちらのニンフやシルフも、東方の付喪神と同じ原理で発生したということか?」


 頭の中に思い浮かんだ推論を、俺は反射的に口にしていた。


 西洋においては「精霊」という言葉で片づけられる事象。

 その根底にある原理、あるいは神秘と魔法使いが呼ぶものを、俺はナターシャとの会話の中に見た。


 魔術も仙術もろくに極めていない俺の浅知恵だ。

 思いつき、勘違いも甚だしい話だと笑われてもしかたない。


 けれども造物主である神仙から、数々の知啓を授けられたナターシャが、わざわざそのような話をしたのだ。

 そこにはなにかしらの意図がある。


 はたして俺の予想を肯定するように、東方土の巨人は頷いた。


「神の理を人が論じることはおろかだわ。けれども、限りなくそれに近づこうと、神仙たちは術を練っていたわ。私たちゴーレムや、ヴィクトリアのような機械人形も、そんな秘術の延長線上に存在する」


「土の巨人は精霊を模倣したもの。つまり、精霊を研究した成果ということか?」


「えぇ。その成果から言わせてもらうならば、私たち――本来無機物である土や岩の身体を動かすための人格、それを搭載している核というものが、東方土の巨人には少なからず存在するわ」


 そこから先は言われずともわかる。

 雪女にもおそらく、核が存在しているのだ。


 それを捕らえる・あるいは破壊することで、不死身と思われた雪女に対してダメージを与えることができる。

 彼女を相手に戦える。


 ようやく見えた雪女の弱点。

 不毛に思われたナターシャとの問答の終着点に待っていた、たしかな希望に俺は心からの感謝を覚えた。それを言葉にしようとしたとき、ふと俺の視界が闇に包まれる。


 そして気がつけば、俺は巨大なナターシャの足下に立っていた。


「ナターシャ!」


「さあ、これでお話はおしまい。欲しい知識は手に入ったかしら。東方のすべての叡智を収集した、我が造物主が編み出した電脳図書館。そこにあなたの欲する情報はあったかしら」


「あぁ……この恩、このケビン・モロルドはけっして忘れぬ!」


「ふふっ、ならよかったわ。それじゃヴィクトリア、あとはよろしくね……」


 再び大地が揺れる。

 巨人の脚を左右に割るように、大地に裂け目ができたかと思うと、その中へとナターシャは沈んでいく。よく動く口の端を釣り上げて、彼女は笑うと俺たちの前から姿を消した。


 いつの間にか俺の隣に立っていたヴィクトリアが、俺の肩に手をかけた。


「マスター。もうお気づきかもしれませんが、この陣そのものが、ナターシャという巨大な土の巨人なのです。さきほど、マスターの前に現れたのは、彼女と意思疎通するためのインターフェイスにすぎません」


「なんとも規格外の話だな。東方不敗修士亜細亜老君。なんとも壮大な術を練った神仙だ。生きていれば、直に話しをしてみたかった」


 神仙がその生涯をかけて編んだ術の集大成。

 そんな前触れに違わぬ壮絶な体験を経て、俺はまたひとつ東方の神秘を思い知ることになるのだった。


 おそるべし『勇気凛々ダイ・ナターシャ』よ。

 まぎれもなく、彼女は叡智の巨人であった。

 そして、たしかにあれだけ大きければ、耕作も捗るだろう。


 ふと、懐にしまった仙宝『石兵玄武盤』に触れる。

 黒天元帥が残した、神にも迫る神秘を起こす道具。


 もし、この道具の力を借りれば――。


「マスター、もしや自分も土の巨人を造ろうとお考えですか? マスターには、既にこのヴィクトリアがいるではないですか?」


「そうだったなヴィクトリア。お前がいるのに、そんなものにうつつを抜かすのはよくないよな」


 と言いつつ、なぜか心が惹かれてしまう。

 土の巨人との邂逅を経て、自分の中で何か新たな価値観というか、浪漫心が生まれているのを、俺はひしひしと感じるのだった。

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