ダイ・ナターシャに雪女の弱点を聞いた俺は、再び旧都に帰還した。
おそらく雪女にはその身体を動かす核がある。
それを破壊すれば、彼女を倒すことができそうだ。
俺の報告にアフロディーテたち燕鴎四姉妹は安堵し、イーヴァンは肩の荷が下りたような顔をした。トリストラム提督とステラは石畳の上で飛び回り、ようやくはりつめた空気に僅かばかりの余裕が生まれた。
とはいえ、まだ油断はできない。
「イーヴァン。俺が留守にしている間に、雪女はまた事件を起こしたか?」
「いや。我々と遭遇してから、奴の犯行と思われる殺人は起こっていない。おそらく、顔を覚えられたことで警戒しているのだろう」
それもある。
だが、新都から王と近衛隊が捜索に来ているのも大きいだろう。
雪女は慎重かつ狡猾だ。
俺たちが旧都に留まる限り、彼女は警戒することだろう。
膝を叩いてその場に立ち上がる。
すぐさま妻たち――ステラ、ルーシー、ヴィクトリア、ララが、俺に視線を向けた。
「しばらく俺は近衛隊と共に旧都に逗留する。俺たちがいることで、雪女が犯行を躊躇するならば、それに越したことはない。なにより、雪女の捜索に全力を注ぎたい。いいな、イーヴァン! それと、ルーシー!」
「我が君の仰せのままに」
「旦那はん、わかりましたわ。けど、無茶したらあきまへんえ?」
かくして、俺は旧都逗留を決めた。
新都の運営をセリンに任せ、補佐役にヴィクトリアとララを向かわせた。
ステラとルーシーは、引き続き旧都で雪女捜索に当たる。
次の殺人が起こる前に、なんとしても捕まえてみせる。
決意と正義心を胸に、俺は新都へと戻る妻たちを見送った――。
のだが。
「旦那はん……♥ 殺人鬼やなんて、ウチ怖いわぁ……♥ 今日は一緒に寝ましょ……♥♥」
「ぴぃぴぃ! おにーちゃん、みんなでいっしょにねるのー!」
「いや、二人とも⁉ けっこうな緊急事態なんだが⁉」
旧都への駐留を決めたその夜。
一緒に残った妻二人が、俺の寝所に押しかけてきたのだ。
しかもどこで手に入れたのか、やけに薄手の寝間着に着替えて。
薄い絹でできたキャミソールは、身体のラインが布越しに透けて見える。
黒くラバーな皮膚に覆われており色気が薄いルーシーが、この衣装を身につけることで、いやに扇情的に見える。
ステラについては――相変わらずの幼児体型で安心だが。
「ほら、旦那はん♥♥ 口うるさい、田舎娘もおらんことやし♥♥ 今日はウチと、雪女も溶けてまうような、熱い夜をすごしましょ……♥♥」
「いやいや、明日も捜索があるし。ステラもいるしな」
「ぴぃー! あつあつの、あちあちなの! あ、ちがう……えちえちなの!」
「こらっ! ステラ! いったいどこでそんな言葉を覚えてきたの!」
絡新婦とセイレーンにベッドに押し倒される。
夫婦の夜の営みなのに、まるで捕食されている気分だ。
どうしてこうなると苦悩したその時、視界の先――天井の穴から、こちらを見つめている、三つの視線に気がついた。
「頑張りますのよステラ! 貴方が第一王子を産んだら、この新都も旧都も実質的にセイレーンが支配することになりますのよ! けっぱれですわ!」
「アフロディーテ姉さん、ステラの奴、絶対にアレ分かってないよ? やっぱり、ステラに色仕掛けさせるなんて、無理があったんだよ……」
「あれ? というか、さっきから領主さまがこちらを見いるような……?」
ステラに入れ知恵した、悪い鳥たちが群がっているようだ。
「お前たちの差し金か!!!! アフロディーテ!!!! マーキュリー!!!! ダイアナ!!!!」
「「「ぴぃっ!!!!」」」
怒鳴り散らせば気配を消すセイレーンたち。
妹とその旦那の寝所をのぞき見るとは、なんて義姉たちだろう。
ステラがまだ子供だからそういうことにはならないが、もしもこれが大人のセイレーンで、そういう雰囲気になっていたら――気まずいどころの話ではないぞ?
「まったく、とんだ義姉たちだ。ステラもたいへんだな……」
「ぴぃ? アフロディーテおねえちゃんたちがどうかしたの?」
「いいかステラ? お姉ちゃんたちになんか言われても、真に受けなくてもいいからな。そんなことしなくっても、ステラは俺の大切な妻に変わりないんだから」
「ぴぴぴぃ? よくわかんないけど……おにーちゃんやみんなとおねんねするの、たのしいからステラはだいじょうぶだよ! ぴぃぴぃっ!」
なにも知らない無邪気なセイレーンの末姫。
これは駄目だと俺は頭を抱え、ルーシーがクスクスと笑いを堪えた。
なんにせよ、こんないたいけのない少女と、男と女の夜を過ごすわけにもいかず――俺たちはいたって健全な夜を過ごすことになるのだった。
これは、ステラが大人にならない限り、お世継ぎは難しそうだな。
大人になったステラも、ちょっと想像できないが。
「くわっ! くわくわ、こけっこーっ!」
「トリストラムもいっしょにねるのー」
「いや、流石に鳥と一緒に寝るのはなぁ……」
「クワぁああッ!?」