村人から害獣の相談を受けた翌日。
俺はさっそく畑から少し離れた荒れ地に出て、石兵玄武盤を懐から抜いた。
やることなど決まっている。
村の畑を警備・巡回する仕組みの構築だ。
大地を自在に操る仙宝を持つ俺なら、この村に堀を巡らすことなど造作もない。獣たちが隠れ住む森の地形を変えて、彼らを追い出すこともできる。
だが、それは根本的な解決にはならない。
今のモロルドに必要なのは、臨機応変に畑を守ってくれる守護神(ガーディアン)だ。
それも、自立して動き、戦い、壊れても問題ない。
となれば……!
「土の巨人(ゴーレム)を造るしかないよな!」
ということになるだろう。
そう、俺はゴーレムを造るためにやってきた。
けして先日出会ったナターシャに感化されたからではない。
あわよくば、彼女みたいな巨大なゴーレムを造りたいとかではない。
男の子の血が騒いだわけではないのだ!
すべては領民を思えばこそ!
「さて、東方土の巨人(ゴーレム)は石兵玄武盤を使えば造れるだろう。問題は西方土の巨人(ゴーレム)で言うところの核をどうやって造るかだな……」
「ぴぃ♪ おにーちゃん、なにやってるのぉー♪」
「くわっ! くわくわっ、ぐわっくわっ! こけけぇっ!」
荒野に佇む俺に、ふいと空を飛んでステラがやって来る。
胸にはいつものようにトリストラム将軍。
それと、小さなスライム――プーちゃん。
この三人はここのところ、どこに行くのも一緒だな。
俺の前に降り立ったステラが不思議そうに首を傾げる。
石兵玄武盤に力を籠めるのをいったん止め、俺は彼女の前にしゃがみ込んだ。
さて、どう説明したものか?
「村の畑が狸や狐に荒らされていてな。それをなんとかしようとしているんだ」
「ぴぃ! わるいたぬきときつねさんなの! ゆるせないの! ひとがつくったたべものをぬすんだりしちゃ、めーなんだよ!」
「くぐわ! ぐわわッ! ぴぇええッ!」
「ぷ♪」
ステラが頬を膨らませて地団駄を踏む。
同じく、トリストラムとプーちゃんも、一緒になって彼女と跳ね回った。
かと思えば、ぴたりとステラが足を止め不安な顔を見せる。
「ぴぃ? けど、いったいどうするつもりなの、おにーちゃん? たぬきさんときつねさん、やっつけちゃうの? それは……ちょっとだけかわいそうなの」
「まあそこは生態系があるからな。追い返すだけにしてやろうと思う」
「うん! それがいいの! やっぱりおにーちゃんはりっぱなりょうしゅさまなの!」
どうやら、心優しいセイレーンの末姫は、害獣にまで情けをかけるようだ。
彼女の金色をした髪を撫でれば、むず痒そうに乙女は目を閉じた。
「ぐわっ! くわっわっわ! ぐわっわっ!」
「甘いことを言うなと訴えているのか、トリストラム提督? しかしな……狐狸が減れば虫が増え、今度は他の作物にまで影響が出る。生態系のバランスを考えると、下手なことはできないんだ」
ステラと違い、トリストラム提督は好戦的なようだ。
あるいは――狐狸に食われると思っているのかもしれない。
心なしかさっきから首を左右に振って、辺りを警戒しているようにも見える。
「ぴぃっ! だめなのトリストラム! たぬきさんもきつねさんもいきてるの! ぜんぶやいてたべてしまえなんて、いっちゃだめ!」
「やっぱり、怯えていたのか……」
くちばしの先に指を押しつけられ、青い鶏が間延びした鳴き声を上げてうなだれる。
へたって地面を擦るトリストラム提督の尾を撫でると、俺は「安心してくれ」と彼を元気づけるのだった。
「心配しなくても、村民と禽獣を守護も考えてある。無闇な殺生をするつもりもないが、みすみす害獣たちのいいようにさせるつもりもないさ」
「……くわぁ?」
「ということで……ちょっとそこで見ていてくれ、ステラ、トリストラムどの。それと、プーちゃん」
ステラたちを後ろに下がらせると、俺は改めて石兵玄武盤を手に取る。
思い描くは土でできたからくりの姿。
東方土の巨人(ゴーレム)よりも小さく、西方の土の巨人(ゴーレム)よりも機械的に。
かかしのように目立ち、猟犬のように俊敏で、なおかつ人々に親しまれやすい。
ここのようなうら寂れた農村を守護する土の衛兵。
「ぴぃいぃっ⁉ じめんがもりもりって⁉ おっきくなってるの⁉」
「くわっ! くわくわっくわぁっ! こけっけっけーッ!」
「ぷぅ!」
土の中から姿を現す人影に、ステラたちが驚いてあわてふためく。
そんな中、仙力によって宙を舞う石兵玄武盤から俺は手を離すと――。
「さあ、俺が生み出した土の巨人(ゴーレム)よ、我がモロルドのために働くのだ……!」
声高らかに自らが生み出した土の巨人(ゴーレム)へと命じたのだった。