「ということがあってな、高貴なる私がなんの因果か、旧都の地下に生きる闇の住人になってしまったのだ。これもそれも、あれもどれも、すべて……あの憎き兄、ケビンの!」
「あら、あら、そんならお嬢はんが、闇の盟主――吸血鬼でありんす?」
「いかにも! 妾こそ夜の王にして魔物たちの王! 魔を統べる者――魔王カミラ!」
「聞けぇッ!!!! 私の話をッ!!!!」
モロルドの首都の地下を流れる大きな暗渠。
その奥の奥――かつて王族の墓場があったという地下礼拝堂。
私とカミラがひっそりと生活するそこに、暗渠に迷い込んできた胡乱な女を招き入れたのは他でもない。
彼女が私たちと同じ人外の者だからだ。
白い着物に雪のような肌。
氷のような瞳に吐息に混じる冷気。
そして、こちらを射殺さんばかりの敵意。
見るからに人類に仇をなす怪異。
私が領主ならば、一二もなく都から追い出すだろう。
だが、悲しいかな、今は私もそちら側の存在。
そしてなにより、血を分け与えられた主の命に逆らうことができなかった。
おそらく先祖が眠る棺。
その蓋の上に足を載せて、魔王――を名乗る金髪の幼女は、その二つの長い房を揺らしながら、胸の前で腕を組む。
「お主も魔に連なる者ならば感じるであろう! 妾の魔王としての威厳を! 威光を! そして気品を! うむ、ここで会ったのもなにかの縁というものよ! そなたを、我が眷属として迎え入れようではないか! ちょうど第一使徒が、思った以上に役立たずで困っていたところだったのじゃ……!」
「おい、誰が役立たずだ! どちらかと言えば、お前の方が役立たずだろうが! この自称魔王! 恥知らずにも私にたかりやがって!」
「なっ⁉ 妾に逆らうのか、我が使徒よ⁉ くうっ、やはり魔に連なる者ではなく、人間なぞを使徒にしたのが間違っておった⁉ 魔力もなければ、力もない! 知恵もなければ、品もない……最悪の男を使徒にしてしまったのじゃ!」
「貴様ァッ! よくも私を愚弄したな! もう許さん、そこに直れッ!」
金髪の少女の放言に、温厚な私も流石に堪忍袋の緒が切れた。
市場でちょろま――拝借したナイフを抜くと、俺は主に襲いかかった。
そして――。
「わっ! わっ! ちょっと、待つのじゃ! やめるのじゃ!」
「うるさい黙れ! いったい誰のせいで、俺がこんな目に遭っていると……しびびびびびびびびびびッ!」
突如として、身体を走った紫電に痺れて倒れ伏した。
胸に浮かぶは紫色の紋章。
そう、これは紛れもなく、私が目の前の魔王――を自称する、女の眷属である証しだ。
彼女に反旗を翻そうとすれば、たちまちこの紋章が浮かび上がり、身体を戒めるのだ。
電撃、激痛、耳鳴り、嘔吐。
陰険なことに、その種類は無駄に多い。
そして私が少女への憎悪を喪失するまで、それは続く――。
おのれ、どうしてこんなことに!!!!
いったい私が何をしたというのだ!!!!
私はこのモロルド島の真の領主なのだぞ!!!!
自称魔王なぞに、いいようにされていい存在ではないのに!!!!
「だ、大丈夫かえ、カイン! だから待つのじゃと言ったのじゃ! 魔王である妾に、その僕である使徒のお主が逆らえるはずなかろうて!」
「うっ、うぅっ、おまけにこんな女に情けをかけられるだなんて……終わった! 私の人生はもう終わったのだ! 殺せ! もういっそ殺してくれ!」
「吸血鬼じゃからのう、死ぬのは難しいのじゃ。曲がりなりにも第一使徒で、真祖である妾の影響も大きいからのう。そう易々とは死ぬことはできぬ……すまぬのう」
「うっ、うっ……うあっ! うあああああんッ!」
「泣いてしもうた」
「ええ大人がみっともないわぁ。お嬢はんの言いなさった通り、こんなんが使徒の筆頭やなんて、キマリが悪いったらあらせんどすえ」
私だって、好きで使徒になったわけじゃない!
騙し討ちもいい話じゃないか!
誰がこんなへちゃむくれが、吸血鬼で魔王だなんて信じるのか!
言うにこと欠いて魔王だぞ!
このご時世に!
もはや失意で立ち上がれない私は、湿った地下礼拝堂の土の床を叩いた。
叩いた拍子に頭上から落ちて来た岩が頭蓋を穿ち、今度は視界に火花が散った。
「とまぁ、こんな調子じゃろう? もそっと頼りになる眷属を、妾は探しておったのじゃ。お主、どうやら腕は立つようだし……どうじゃろうか? 今なら第二席が空いておるぞ?」
「はっ! 誰がそんなのになるって言うんだよ! 自称魔王さまよぉ! こんなかび臭い地下礼拝堂に住んで、日に一度もまともな食事にありつけないのに!」
「わかりましたえ」
「…………へ?」
喚き叫ぶ私の視線の先で、しずしずと白い衣服の女が頭を垂れる。
その睫の多い瞳を閉じた彼女は、冷たい色味の黒髪を揺らして、私の主――自称魔王の金髪の少女に傅いた。
「この溢れ出る魔力は間違いありしまへん。間違いなく我ら、魔の道に生きる者の王。魔王さまのご威光でありんす。そんな使徒に選ばれるやなんて、恐悦至極」
「…………おいおいおい、本気でいっているのか? こんなへちゃむくれだぞ?」
「お黙りんさい」
岩に続けて氷塊が落ちてくる。
口を塞いで、たしかにそれは私を黙らせた。
もうなにがなんだが――。
「この雪女の氷雨。魔王はん――いいえ、我が主のために、身を尽くしてお仕えいたします。よろしゅうおくんなまし」
「おぉっ! なってくれるか、我が眷属に! 助かるぞ、氷雨!」
「やれやれ、また厄介な女が増えるのか……」
それだけ呟き、私は考えるのをやめた。
このままこの地下礼拝堂に転がる石になれたらいいのに。
どうやら運命の坂道を、私は猛スピードで転げ落ちているようだ。
おのれ……ケビン! やはり許さん!