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第十四章 愚者アロガンツィア

第1話

 雪深い山道を、二頭立ての馬車が二台駆け抜けていく。宵闇にその体の色を溶かすように、黒い馬は音もなくアロガンツィアへの道を行った。御者もいないのに正確にルートを選んで走り続けるのは、馬車の中にいる大物のおかげだろう。

「たまには馬車の旅もいいなあ」

 二台のうち、一台にはマルタン一行が、もう一台には捕縛されたユウタ、ロベリア、ネージュ、そして――魔王フィニスが乗り込んでいた。

「魔王様はいつも何で移動しておられるので?」

 ネージュが問う。

「基本的には瞬間転移魔法だが、あれは我でも結構疲れる。飛ぶのも疲れる」

 馬車の外へちら、と視線をやり、何も見えないはずの真っ暗な森を見つめて魔王は笑った。

「今は四頭のバイコーンに指示を出すくらいだから大した魔力も消費せんで済むからな、のんびりできていい」

 のんびりと旅を楽しんでいる様子の魔王と対照的に、どんよりと暗い表情をしているのはユウタとロベリアだった。

「王都へ帰れるのだぞ、そんなに落ち込むな」

 魔王は二人の表情の理由を知っていてあろうことかそんな言葉をかける。ネージュはふ、と吹き出してしまった。

「帰れる!? 僕を王都へ連れて行って貴様どうする気かわかったものじゃない!」

 ユウタは、ネージュに殴られた部位や負傷したところはすべてネージュの回復魔法で何事もなかったかのように完治していたが、精神に負った傷まではどうにもできなかった。へし折られたプライドやらなにやらはずっと彼を苛み続けている。魔王に掴みかからんという勢いのユウタだったが、そう言って立ち上がろうとした瞬間に異常なまでの重力が彼の両肩にのしかかった。

「やめんか、馬車が揺れる。馬が可哀想だ」

「ぐっ……」

 逆に言えば、この瞬間までユウタの身体は自由だったという事。捕縛と言っても、縄で縛りもしなければ、魔法で身動きを奪うようなこともしなかった。

 命を狙えるものならば狙ってみろ、という愚弄にも近いこの優しさに、さすがのユウタであっても屈辱を覚えているようだ。

「僕を、どうするつもりだ……」

 魔王は鼻歌でも歌いそうなほど軽やかに答える。

「まあ、悪いようにはせんさ」

 その横顔を見て、ネージュは背もたれへ背をつけると満足そうに瞳を閉じた。


 もう一台の方では、マルタンが耳をへたりと寝かせたまま俯いていた。

「マル、浮かない顔してどうした」

 アドラがマルタンの顔をのぞき込む。怪我したところが痛む、とかそういうわけではなさそうだ。これは、完全にマルタンの気質によるものだろう。すぐにそう思いなおし、眉尻を下げる。

「……ユウタさん、どうなっちゃうんだろうって思って」

「どうって?」

「このままアロガンツィアに連れていくって魔王様は仰ってたけど、連れてってどうするんだろう……」

 その言葉に、勇も確かに、と思った。憎き勇者をあの場で葬り去ってもよかったはずだ。命を奪うようなことはしないで、あえてアロガンツィアへ送る。それは、ユウタを人質にアロガンツィア王に交渉を持ち掛けるということではないか。そうも考えられたが、どうにもそれだとつじつまが合わないような気がした。

 人質など取らずとも、魔王は十分に力がある。何か引き換えにするような対象があるのだろうか。その真意を聞く間もないまま、一行は馬車へと乗り込んでしまったのだ。

「私たちでは考えも及ばないことかもしれないわね」

 メリアは静かにそう言った。マルタンは、考えも及ばないこと、と復唱してわずかに顔を上げる。ひげがしゅん、と萎れていた。

「でもさ、命を奪うとかそういうことは……」

「基本的には、しないだろうけど」

 アドラは苦々しい顔で視線を逸らした。

 魔族史の、本当に遥か昔の事らしい。戦が長引いて激化した際に、一度だけ町一つを滅ぼすような戦い方をしたことがあったという。その出来事は、もちろん現魔王の治世の事ではないようだが、魔族の歴史として決して忘れないようにと義務教育の時点でしっかりと教えられる。己の一族がしてしまった過ちは、二度と繰り返してはいけないこととして学び、理解するようにというのが魔族の掟なのである。その戦の話を聞いた勇は少し腑に落ちないというような顔をした。

「戦が長引いたのは人間側のせいなんじゃないか、って俺は思うんだけど、それでも魔族の責任として考えてるの?」

「まあ、軍を引くように言ったのに魔族を潰すために領土侵犯を繰り返した人間側に問題があるって、正直あたしも思うよ。それでも、前線基地になっていた街一つを焼いてしまったのはやって良いことではなかった、無辜の民を死に至らしめる結果になった、ってその当時の魔王様は書き残していたんだ」

 勇はなるほど、と頷いたが、それきり考え込んでしまった。

 エルディーテでも、クラーヴァは出来る限りの殺生を避けるという旨を話していた。それは、戦が戦を呼ぶからだ。復讐者は新たな復讐者を生み、誰かの恨みが積もっていけばそれは大きな山になり、また新たな弔い合戦を起こす。そうしないためにも、どちらかが戦う手を止めなければならない。その、「やめるほう」を魔族が担えるのならばそれでいいと、そういう考えなのだろう。

 けれど、その、かつての魔王がいう「大虐殺」の過去は、魔族が退いても人間側が一切攻撃をやめず、魔族が住む土地にまで多大な影響を与え続けた大きな戦いでの出来事だった。そのため、魔族としてももう看過できなくなり、最終手段としての前線基地の殲滅だったのだ。それでも、その出来事を過去の自分たちの過ちと捉えて教訓とする。魔族は、次代に自分たちの歴史を重く受け止めさせて、凄惨な過去を再現することがないよう教育しているのだ。

(……みんながこうなら、争いは減るのかな)

 勇がここへ来る前にいた世界でも、争いは絶えることは無かった。どうすれば、本当の平和が訪れるのか。それは、人類の永遠のテーマでもあったかもしれない。

 利権、宗教、プライド、歴史、様々な要素が絡み合い、人はいがみ合い、殺し合う。平和という優しい言葉を口にしながら、その手には皆凶器を持っている。それが常だった。国単位でも、個人単位でも。一斉に武器を捨てようという考えも、受け入れられるものではなかった。せーので手放すなんて、土台無理な話だ。互いが互いを疑っている世界でそんなことをすれば、出し抜かれて丸腰になった者から死んでいく。

 何より、きっと心からの平和なんて誰も望んでいなかった。

 なぜなら、平和なんてものは概念でしかなく、それは人により定義が異なる。

 根本的に、どれだけ追い求めても手に入らない夢なのだ。

 だから、みんな諦めていた。


 二台の馬車は、静かに轍を残しながら進んでいく。

 あれだけの積雪の中を、軋む音一つさせず、滑るように前へ駆けていくバイコーンは、凍てつく風の中白い息を吐く。

 月明かりに濡れた双眸が四つ。嘶きもなく、呼吸の声もない。それが、彼らを魔物然とさせていた。

 残ったはずの足跡も、しんしんと降り続く雪により次々と埋もれていく。


 アロガンツィアの地、その城壁が見えるのは、それから数日後の事であった。


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