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第4話

 滑り落ちたフード、その下に隠されていた肩まであるアプリコットのふわふわした髪を、一度頭を軽く振ることで整え、少女はその髪を同色のロップイヤーを見せるように耳にかけた。

「えっ……」

「あれ、ソレイユさんじゃない?」

「フードを脱がないから変だと思ってたけど、亜人だったのか……」

 人々がどよめく。それらから目を逸らさず、うさぎの亜人、ソレイユは口を開いた。

「はい、ソレイユです。此度は皆さまにあの日起きたことをお話したく、馳せ参じました次第です」

 以前会ったときのような、怯えた様子は一切なかった。その様子に、勇は目を丸くする。あんなに小さくなって、申し訳なさそうに震えていた少女が、堂々と民衆の前に立ち、張りのある声で宣言したのだ。


 時は数週前に遡る。

 フィニスホルンを出発してすぐ、魔王はマルタンたちに問うた。

 ――貴殿らの旅にて、ユウタの悪行を知る者には出会っておらぬか、と。

 それから、マルタンは各地の友人に向けて何枚も手紙を書いた。

 訪れたことがある場所には、伝書生物を飛ばすことができる。自分たちがアロガンツィアに到着する見込みの日を書き記し、もしも話せそうならばこの日目掛けてアロガンツィアへ足を運んでほしい、と。

 その手紙を読んだソレイユはすぐに旅支度をして、アロガンツィアへと赴いてくれたのだ。それが自分にできる唯一の罪滅ぼし、マルタンたち魔族の学校を焼き払って野へ放り出したことを贖うには小さすぎることだが、何もしないではいられなかった。知ることをすべて話す。そう、決めて。


 ユウタは、突如現れたソレイユを見て目を剥いた。

「お前、どうして、ここに……」

「私が、一時的にあなたに隷属させられていた旨も、明かそうと思いまして」

「な、何を言ってるんだ? お前は勇者の仲間になれることを喜んで、協力してくれた魔導士……」

「いいえ、私はあなたと共にありたいと思ったことなどただの一度もありません」

 きっぱりと言い切ったソレイユに、人々はどよいめいた。


「どういうこと!?」

「身寄りのない魔導士の少女を勇者様が救って、パーティに入れてあげたって……」

「嘘だったのか」

「それより、あの子亜人よ!? 亜人をパーティーに加入させていたなんて……」


 亜人はアロガンツィアでは侮蔑の対象だ。獣の血が入った人間は下等とされる。魔族や獣人、亜人側からすれば、同じ命に優劣をつけるなんて馬鹿げたことでしかないのだが、アロガンツィアの方針からすると、『ヒト』という種族以外を下に見るというのは千年以上に及ぶ常識であった。そんな亜人を仲間にして連れ歩いているというのは、民衆にとっては衝撃的なことだっただろう。

「待ってくれ、僕は身寄りのないかわいそうなソレイユを拾って仲間にしたんだ」

 批判的なことを囁いている民衆に向けて、ユウタはそう嘯く。

 ソレイユは言葉尻に被るように「いいえ」と言った。

「もう嘘を重ねるのはやめてください。私は、あなたに脅されて同行させられました。あの日、『僕についてこないとお前の里がどうなるかわかっているな』と言われて、仕方なく」

 さらに民衆はざわつく。ユウタは怒りを露わに、ソレイユに詰め寄ろうとした。

「う、嘘を言っているのはお前だろう!!」

 ソレイユは、自分のふんわりした髪を軽く左手で避けて、垂れさがっている柔らかな耳を見せる。

「あなたにつかまれて、引っ張られたときにできた傷です。まだ完治していません」

 耳の根元には、引きつれたような痕があった。マルタンは傷を見て辛そうに顔を歪めると、それからメリアを見る。勇の横にいたメリアは、マルタンが言わんとしたことを理解し、頷いた。


「まあ……いつでしたか、腕にあざができたと治療を頼まれたことがありましたけれど、あれも……」

 ネージュがユウタへ視線をやっと向ける。ユウタは言い訳を探した。

「あれは転んだのだと!」

「あら? 魔物にやられたとあのときは聞きましたけれど」

 ぐ、と押し黙る。あの時についた嘘と同じ嘘をつけなかったのは、不利だ。

 それよりなにより、あのネージュがユウタに異を唱えている。そのことに、民衆は驚きを露わにして、シンとしてしまった。

 ユウタはハッとして叫ぶ。

「そ、それより、みんな聞いてくれ! ネージュは……この人はネージュではない! 性別も、何もかもが偽りだったんだ!!」

 再度民衆がざわざわとざわつく。

 ネージュは悲し気に眉を寄せて、そして答えた。

「まあ、何を仰っているんですの……? ユウタ様、長旅と魔王のオーラに圧されて、おかしくなってしまいましたの……?」

 わたくしは、いつものわたくしですわ。魔王は怖いですけれど……と続けると、ネージュはいつものように柔らかく、甘く微笑んで見せた。一瞬ユウタは固まってしまう。もうあの時に死んだはずのネージュが、ここにいる。これが本来の姿ではないのだとわかっていながら、目を奪われてしまう。彼に魅了のスキルはないはずなのに、ユウタなんかよりさらに強い魅了の力を持っているのではないかと思うほどだ。民衆も、その微笑みに視線を奪われていた。


「そうよ、ユウタ様は何を仰っているのかしら」

「いつものネージュさんだよな? 安心する穏やかな微笑みだ」

「性別が偽りってどういうこと? 嘘よね」

 人々は口々に囁き合うが、そのどれもがネージュを信じるというニュアンスの言葉だった。ネージュは、心の中で「容易い」とほくそ笑む。

 その様子に、魔王もさすがに苦笑いを浮かべるしかなかった。

 ロベリアはというと、無関心と言った顔で自分の爪を見ている。

 自分の魅了の力を上回るほどのネージュの詐欺の才能に嫉妬しながら、ユウタは俯いた。

 人々の声が少しおさまったころ、人の合間を縫うようにして老人が前へやってきた。

「おうい」

「……あ!」

 マルタンは耳をぴこんと立てる。その老人は、エニレヨの村長、オズウィンであった。久々の再会に、少しだけ嬉しい気持ちになった。が、彼は村人が怖がるから、とマルタンたちをエニレヨから追い出した過去がある。やはり怖がられてしまっているだろうか、と少し自信なさげに視線をさ迷わせたマルタンの手を、オズウィンは優しく両の手で握り、頭を下げた。

 その様子に、やはり人々は困惑の目を向ける。


「何をしてるんだ!?」

「あのじいさん、魔物の手なんて握って……!」


 オズウィンはマルタンの目をしっかりと見つめると、あの時は不義理なことをして申し訳なかったね、と謝罪した。マルタンはふるふると首を横に振る。魔族を怖がっている人たちがいる中で自分たちを村に置いておくことは、どちらのためにもならないことだ。あの時のオズウィンの判断は誤っていなかった、と。けれど、もう魔族の事は怖くないのだろうか。マルタンはそちらの方が気にかかり、オズウィンに問うた。

「怖くないさ。君は村のこどもを救ってくれた英雄だ。あの後、村の者たちとも話をしてね、長年の陋習を払しょくするのは無理だったが、理解してくれる者たちも多く出てきたんだよ」

 勇は嬉しそうにマルタンの顔を見つめる。その横で、アドラもしかと頷いた。

 信じてもらえなくてもいい、怖がられたっていい、それでも、手の届く範囲のものを救いたいとそう思って行動したマルタンの真心は、きちんと実を結んでいた。互いに必要以上に恐れて、警戒し合って精神をすり減らしていくことが減るのならば、それ以上のことは無い。

 オズウィンの言葉を聞いて、ユウタはまずい、と思った。もう民衆は何かひそひそ囁き合っている。

 ――村のこどもを助けたのは勇者様と聞いたけど?

 そう、ユウタはエニレヨでの件の報告の際に、魔族がマッチポンプを仕掛けたという嘘を流し、討ち漏らしのバイパーからこどもを救ったのは自分だということにしていたのだ。

 オズウィンはきょとんとして、人々を見つめる。

「なんだ、聞いておらんかったのか……リザードゾンビの襲撃の際、エニレヨの村で最前で戦ってくれたのは、真っ先に対応してくれたのはこの子たちだ。この、エビルシルキーマウスの子と、青年と、ああ、そこのお嬢さんはハルピュイアだったんだね、彼女も勇敢に戦ってくれたんだ。あとは背の高い眼鏡の青年もいたよ」

「村長!!」

 それ以上話すな、とユウタはオズウィンを止めようとする。

 その態度もおかしいと、人々は眉を顰めた。

 ロベリアは、ようやっとユウタに視線をうつす。じとりとした目で、睨みつけていた。

 彼女がユウタのパーティに加入したのは、エニレヨでの件など、輝かしく勇敢な働きについてを聞いていたからだ。その過去が嘘だと露呈した今、彼女がユウタを見る目は、汚物でも見るかのようになっていた。

 慌ててユウタは続ける。


「みんな、忘れたのか!? アイザックの事を……! アイザックを殺したのは、そのネズミだぞ!!」


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