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第6話

 見放されていく感覚にユウタは焦り、なんとか次の言葉を探す。苦し紛れにやっと絞り出した言葉がこれだった。

「そ、そもそも! なんでアロガンツィアへ戻ってきた!? 戦いに敗れ、僕の足を引っ張ったお前がのうのうと戻ってくるなんておかしいじゃないか!」

 耳を疑うような発言に、人々は目を丸くする。

 足を引っ張った? 慈悲深く、民を救う存在たる勇者が、戦いの中で殉死しかけた男にそんな言葉をかけるのか。

 ついにこらえきれなくなり、グラナードは喉の奥で笑った。

「グラナード、殿……?」

「ああ、失礼」

 制止するように手のひらをユウタの方へ向けると、グラナードは小さな声で「ユキモ」と名前を呼んだ。ユウタの懐から真っ白なユキモモンガが飛び出して、グラナードの方へ滑空していく。白い手袋をはめたグラナードの手に、はしっとしがみつくと、ユキモモンガはもそもそとグラナードの腕を伝って彼の肩へ移動した。

「ご苦労様、ユキモ。ユキチへの伝達、よくやったね」

 綿毛のようにふんわりとしたユキモモンガの頭を人差し指で撫でる。ユウタは何が起きたのかよくわかっておらず、それよりもこんな時に笑い出したグラナードへの不信感を募らせていた。

「教えてあげましょう、アイザックにここへ来るよう依頼したのは、私です」

「……は?」

「生きている、と彼から連絡があり、おかしいなあ……と。ひょっとするとユウタ殿の報告に虚偽があったのではないかと思いましてね」

「あなたまで僕を騙していたのか!」

 ユウタの声に半ば被るようにグラナードは笑った。

「騙す? どちらが。今まで私や国民を欺いてきたのはあなたでしょう」

 討伐していないものを討伐したと報告したり、足がつきにくい辺境の村で、ありもしなかった魔物の襲撃をでっちあげ、それから村を守ったことを功績とする。慈悲深く清廉潔白な勇者様を演じてきたユウタに、グラナードは諦めとも怒りともつかない冷たい視線を向けている。

「一体どういうつもりで『勇者』の肩書を背負ってきたのか……。すべてがハリボテだ。私が何も気づいていなかったと思ったら大間違いですよ」

 ねえ、――アロガンツィア王。

 少し声を張り、グラナードは王城の中へも確実に届くように王の名を呼んだ。広場がしんと静まり返る。その声に応えて、グレイが書類を抱え、グラナードのもとへ杖をついて歩み寄ってきた。

「ユウタ殿と王の行動に不信感を抱いたのは最近の事ではありません。様々な点から探らせてもらいましたよ」

 グレイから受け取った羊皮紙を繰るグラナードに、グレイと魔王以外の誰もが息を飲んだ。まるで時が止まってしまったかのように、民衆は固まっている。信じてきたもの、ユウタだけではなく、この国を守り導く存在である王が、国民に対して不正を働いている。その可能性をグラナードは、いきなり突きつけたのだ。マルタンは書類から視線を上げたグラナードの瞳と視線がかち合うと、彼がうっすらと微笑んだのに気づいた。すべて揃っている、勝算がある、という顔だ。彼を信じ、マルタンはグラナードをしっかりと見つめた。

「さて、まずは……エニレヨのリザードゾンビの件についてだ。オズウィン殿も証言された通り、あの村を救ったのはマルタン、あなただね」

「……救ったかどうかはわかりませんが、バイパーとリザードゾンビの討伐に協力しました。ユウタさん……いえ、ユウタさんの仲間であるフレイアさん、ソレイユさん、ネージュさんも戦闘に参加していました」

「ユウタ殿は?」

 その問いに、マルタンは心を鬼にして答える。

「後ろで指示を出していたと思います」

 グラナードは、じとりとユウタを睨んだ。

「この魔物の言うことを信じるのか!? みんな、よく考えてもみてくれ! このネズミは魔物だ! 僕たちに自分は無害な魔物と信じ込ませて最終的には皆殺しにする計画かもしれないだろう!?」

 必死に民衆を説得しようとするユウタ。また魅了のスキルが働いたようで、ユウタの声を聞いた者、特に女性は少し不安げに視線をさ迷わせて頷いた。


「そう、かもしれない……」

「そうよね、私たちったら何を……あれは魔物だもの、嘘をついているんだわ」


 このままではいけない、と勇は思い立った。悪意のある魔法を吸収する力、それを応用すれば、或いは……。舞台に上がり、マルタンの横に並ぶ。

「イサミさん?」

「マルタン、手を」

 勇には覚悟があると悟ったマルタンは、何も聞かずにその右手を勇の左手とつなぐ。勇は軽く目を閉じると、願った。

 ――人々を洗脳する、ユウタの魅了の技を解いてください。この、右手に――

 勇は、手のひらを上に向けてユウタの方へ差し出す。すると、ユウタからあふれていた金色のオーラが見る間に勇の手のひらに吸い込まれていった。

(成功だ)

 瞳を開け、勇は確信する。次の瞬間、民衆は眉を顰めた。


「……さっきから、なんだか勇者様言い訳がましいわね」

「挙動不審だよな」

「いつも怪我をして帰ってくるのはアイザックやフレイアだったもんな、ユウタ殿は戦ってなかったってことなら、説明がつくよな」

 口々にユウタを否定するような言葉を吐く民衆に、ユウタは苛立ちを覚える。

(どうして……)

 きょろきょろと視線をさ迷わせて、勇の手のひらが淡く光っているのに気づいた。

(――こいつの……!)

 気づいたところで為せることは無いし、魅了を封じられてはもう民衆を騙し続けることも難しい。ユウタは奥歯を強く噛みしめた。

 そこに追い打ちをかけるように、グラナードは口を開く。

「さて、討伐についての真実は明らかになりましたね。次はリザードゾンビについてです。あの魔物は皆さんもご存じの通りエニレヨ付近に見られることなんてほとんどないし、前日までに目撃情報もなかった。それが唐突に村に現れた……奇妙だとは思いませんか」

 ぎゅ、とマルタンは自分の小さな桃色の手を握った。

 あのリザードゾンビは、王国に殺された学校関係者のリザードマンのなれの果てだ。鼻をつく腐敗臭、崩れ落ちる肉、露出した骨。生前の姿がわからないほどに変わり果てたリザードマンは、どうやって作られたのか。

「エニレヨへの支援物資を運んでいた部隊が帰ってきていない、ということは報道されませんでしたね」

 民衆の中から赤子を抱いた女が声を上げた。

「そうよ! 私の夫が帰ってこない……もう、ひと月も!」

「うちの息子はどこ行ったんじゃァ……」

 女に続いて、老人も。胸は痛むが、事実は伝えねばならない。

「死亡が確認されました」

 グラナードは、はっきりとそう告げる。二人は言葉を失い、へなへなとその場にへたり込んでしまった。他にもこの都や近隣の村に遺族が存在すると思われるが、今この広場にいる遺族はどうやらこの二人だけらしい。利用するようで心苦しくはあったが、告発は進めねばならない。

「どう、して」

 震えている女性、それでも、グラナードは真実を語るのをやめない。

「皆さんは魔物が『元から人を襲う危険なもの』と認識していると思いますが、それはごく一部の気性が荒いものに限られます。無差別に動くものを襲う魔物は、簡単に言えば『何者かにより殺された魔族』です」

 どういうことだ、と人々がどよめいた。無理もない。今までの常識をひっくり返されそうになっているのだ。今ならば、聞いてくれるかもしれない。マルタンはグラナードから目で合図を送られ、頷く。

「わたしたち魔族は、基本的に平穏に生きることを望んでいます。自分のテリトリーから出て他者のテリトリーを侵すつもりなんてない。だけど、誤解が生じていることにより皆さんに怖がられて、討伐されてしまう。そこで命を落とした後、弔われなかった場合、その体は生者を呪い、動くものを襲うけだものになり果てます」

 そうして負のスパイラルが続けば、人はもっと魔族を恐ろしいもの、害のあるものだと思い込んでしまう。それを利用しているのが――アロガンツィアの政策なのだ、と。

「もう千年以上も、そういうことを繰り返してきたわけですね、アロガンツィア王」

 あなた自身が、覇権を握るために。

 そう言って、グラナードはテラスを見上げた。そこに王の姿はない。


「ねえ、どういうことなの、なんで夫は戻らないの、どうして死んでしまったなんて……」

 乳飲み子を抱えた婦人は取り乱している。当然のことだ。幼い子がいるから戦闘要員ではなく輸送隊に所属していたのに、もう夫はこの世にはおらず、あげく死の真相を隠蔽されかけたのだ。

「輸送隊が運んでいた荷物から、魔法の術式が見つかりました」

「なに、それ……」

「エニレヨ付近に着いたら、木箱を封じていた術が解除されるように設定されていたようで……その箱の中にリザードマンの死体が入っていたとみて間違いなさそうです」

「嘘、そんな……」

 仮に本当だったとして誰がそんなことを、と嘆く女に、グラナードは木箱の破片を取り出して見せた。

「とある方に術式の解読と、付与者を特定してもらいました。先日突然軍を辞めた者がいたでしょう。犯人は、その人ですよ」

 情報を話してくれたから、亡命させてあげました、と微笑むグラナードはそれ以上語らなかった。王国と軍の内情について、特に隠蔽していた情報を話したとなれば王に消されるに違いない、それならば逃げろと温情をかけたグラナードだが、口を割るまでの間に何をしたのかは知れない。恐らく口を割らせるためにしたのだろう、人々は空恐ろしくなり口を噤む。

「意図的にリザードゾンビを生み出し、エニレヨに放つために輸送隊に運ばせた。――ユウタ殿の威光のためにね。これが王国軍が仕組んだマッチポンプの全容です」

 グラナードがさらりと真相を明かすと、絶句していた婦人の腕の中で火がついたように赤子が泣き出した。婦人自身は泣くことも出来ず、焦点の合わない目で何かぶつぶつ言っている。老婆が婦人の背を擦ってやった。

 ――次の瞬間だった。


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