信長の告白に一同は何も言えなくなってしまった。
居心地の悪い沈黙が広がる――
「……ノブさん、死んじゃうんですか」
最初に口を開いたのは沖田だった。
京にいた時分に他人の死を受け入れてきた彼だったが、自身にとって大きすぎる存在である信長が死ぬとなると、流石に動揺してしまったようだ。だからこそ、事実を受け入れたくないという気持ちで呟くしかなかった。
「ふひひひ、はっきりと申すでない」
沖田の心情を知ってか、信長は馬鹿に明るい声で言う。
それでますます、信長以外の四人は口を噤んでしまう。
「人間五十年。儂はそれを超えて長生きをした。必定、死ぬのは当たり前だな」
「……信長さん。私は信じたくありません」
意外にも口を開いたのは井上だった。
普段は他人を慮り、他人の意見を優先するところがあるのだが、このときばかりは我を通していた。
「本能寺で死ななかったあなたが、京の争乱で死ななかったあなたが、病などに殺されるなんて、信じたくありません」
「なんじゃ。儂を悪鬼か羅刹だと思っているのか?」
「第六天魔王でしょう? 私は、私は……信長さんが死ぬのは嫌です」
涙をこらえているのは口調で分かった。
すると左之助が井上の肩に手を置いて「分かるぜ、その気持ち」と同意した。
「なんだよまったく。病なんぞに殺されやがって。織田信長の名が泣くぜ」
「うつけが。まだ殺されておらんわい」
「まだ北海道でやることたくさんあんだろうが」
左之助の指摘に信長は頬を掻いた。
そこを言及されると困るという顔だった。
「それに関しては汗顔の至りだが……しかし儂の人生はそういうものだった」
「あん? どういうことだよ?」
「戦国乱世では天下を統一できなかった。それがこの現で最後までやり遂げるなど……虫が良すぎるわい」
寂しげに笑う信長に今度は斉藤が「……それは違う」と否定した。
「あんたは最後までやり遂げるべきだ。そうじゃなきゃ、最後まで病と闘うべきだ」
「ほう。医者から治る見込みがないと言われてもか?」
「診た医者がやぶ医者だったかもしれない。もしかしたら、名医に診てもらえれば治るかもしれない」
普段は無口な斉藤がここまで語るのは珍しい。
しかしもっと珍しいのは希望を語っていることだ。
新選組の中で土方の次に現実を見据えていた斉藤が、理想に近いことを語るのは、長年一緒にいる仲間でも聞いたことがない。
そのぐらい、信長を諦められないのだ。
あるいは信長を励ましている。
「ふひひひ。おぬしにそう言われたら、頑張ってみようという気力が生まれるが……手遅れなのだ」
「…………」
「方々、手を尽くした。永倉たちの力も借りた。その上で儂にできることは何もない」
もう信長に残された時間は限られている。
そう突きつけられた面々は悲しみと無力感に襲われていた。
すると沖田は「ノブさんがやりたいことは戦を止めることですか?」と問う。
「他にやりたいことはないんですか?」
「ある。むしろありすぎて困るほどだ」
「それなのに、どうしてわざわざ京へ行くんですか?」
「……ケジメを付けるため。そして北海道を豊かにするためだ」
残り少ない寿命の中、信長が思い立ったことはその二つだった。
沖田は「北海道を豊かにするのは分かりますが、ケジメってなんですか?」と首を傾げる。
「今の世を作ったケジメだ。戦になるとすればあの日、西郷と大久保を生かしてしまった儂に責任がある」
「考えすぎですよ。私はあの方法が最善だと今では思います」
「だとしてもだ。いくら頭の中で練っても、どこかでしくじりが起きてしまう。そういうのはこりごりなんだ」
「……つまり、信長さんは明治の世を作った責任を取るんだな」
斉藤が的を射たことを言うと「そうとらえても構わない」と信長は頷いた。
「新しい世になっても、軋轢は生まれる。いや、新しい世になったからこそ、軋轢が生まれると言えるだろうな」
「小難しい話は、どうでもいいです」
沖田が何か覚悟を決めた目を信長に向けた。
「ノブさんは病のことを話して、私たちに何をしてほしいんですか?」
「してほしいこと? ……考えていなかったな」
「ノブさんらしくないですね。自分の遺志を継いでほしいとかないんですか?」
信長は姿勢を正した。
一同もまた、同じく正す。
「儂がおぬしらに託すことは何もない。思うがまま生きるがいい」
「おいおい。そいつは気楽だけどよ。なんか寂しいじゃねえか」
左之助の言うとおりだと沖田以外は頷いた。
信長は「儂の問題は儂が解決する」と宣言した。
「一先ずは日の本を割った大戦を回避することだ。それは織田信長にしかできぬことで、織田信長だからこそできることなのだ」
「……分かりましたよ、ノブさん」
沖田に皆が注目する。
「私はノブさんと出逢えて良かった。そりゃあつらいこともありました。それでも、出逢えて良かったと心から思えます。だから安心して死んでください」
「沖田……」
「後のことは気にしないでください。私たち新選組が後始末しておきます。土方さんの力を借りるかもしれませんけどね」
信長は改めて仲間たちの顔を見る。
井上は涙を我慢している。
左之助は底抜けの明るさで笑っている。
斉藤は黙って頷いた。
そして沖田は――いつもの笑顔だった。
「ふひひひ。やはり、おぬしたちに話しておいて良かったわい」