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第67話信長、仲間に告げる

 信長の告白に一同は何も言えなくなってしまった。

 居心地の悪い沈黙が広がる――


「……ノブさん、死んじゃうんですか」


 最初に口を開いたのは沖田だった。

 京にいた時分に他人の死を受け入れてきた彼だったが、自身にとって大きすぎる存在である信長が死ぬとなると、流石に動揺してしまったようだ。だからこそ、事実を受け入れたくないという気持ちで呟くしかなかった。


「ふひひひ、はっきりと申すでない」


 沖田の心情を知ってか、信長は馬鹿に明るい声で言う。

 それでますます、信長以外の四人は口を噤んでしまう。


「人間五十年。儂はそれを超えて長生きをした。必定、死ぬのは当たり前だな」

「……信長さん。私は信じたくありません」


 意外にも口を開いたのは井上だった。

 普段は他人を慮り、他人の意見を優先するところがあるのだが、このときばかりは我を通していた。


「本能寺で死ななかったあなたが、京の争乱で死ななかったあなたが、病などに殺されるなんて、信じたくありません」

「なんじゃ。儂を悪鬼か羅刹だと思っているのか?」

「第六天魔王でしょう? 私は、私は……信長さんが死ぬのは嫌です」


 涙をこらえているのは口調で分かった。

 すると左之助が井上の肩に手を置いて「分かるぜ、その気持ち」と同意した。


「なんだよまったく。病なんぞに殺されやがって。織田信長の名が泣くぜ」

「うつけが。まだ殺されておらんわい」

「まだ北海道でやることたくさんあんだろうが」


 左之助の指摘に信長は頬を掻いた。

 そこを言及されると困るという顔だった。


「それに関しては汗顔の至りだが……しかし儂の人生はそういうものだった」

「あん? どういうことだよ?」

「戦国乱世では天下を統一できなかった。それがこの現で最後までやり遂げるなど……虫が良すぎるわい」


 寂しげに笑う信長に今度は斉藤が「……それは違う」と否定した。


「あんたは最後までやり遂げるべきだ。そうじゃなきゃ、最後まで病と闘うべきだ」

「ほう。医者から治る見込みがないと言われてもか?」

「診た医者がやぶ医者だったかもしれない。もしかしたら、名医に診てもらえれば治るかもしれない」


 普段は無口な斉藤がここまで語るのは珍しい。

 しかしもっと珍しいのは希望を語っていることだ。

 新選組の中で土方の次に現実を見据えていた斉藤が、理想に近いことを語るのは、長年一緒にいる仲間でも聞いたことがない。

 そのぐらい、信長を諦められないのだ。

 あるいは信長を励ましている。


「ふひひひ。おぬしにそう言われたら、頑張ってみようという気力が生まれるが……手遅れなのだ」

「…………」

「方々、手を尽くした。永倉たちの力も借りた。その上で儂にできることは何もない」


 もう信長に残された時間は限られている。

 そう突きつけられた面々は悲しみと無力感に襲われていた。

 すると沖田は「ノブさんがやりたいことは戦を止めることですか?」と問う。


「他にやりたいことはないんですか?」

「ある。むしろありすぎて困るほどだ」

「それなのに、どうしてわざわざ京へ行くんですか?」

「……ケジメを付けるため。そして北海道を豊かにするためだ」


 残り少ない寿命の中、信長が思い立ったことはその二つだった。

 沖田は「北海道を豊かにするのは分かりますが、ケジメってなんですか?」と首を傾げる。


「今の世を作ったケジメだ。戦になるとすればあの日、西郷と大久保を生かしてしまった儂に責任がある」

「考えすぎですよ。私はあの方法が最善だと今では思います」

「だとしてもだ。いくら頭の中で練っても、どこかでしくじりが起きてしまう。そういうのはこりごりなんだ」

「……つまり、信長さんは明治の世を作った責任を取るんだな」


 斉藤が的を射たことを言うと「そうとらえても構わない」と信長は頷いた。


「新しい世になっても、軋轢は生まれる。いや、新しい世になったからこそ、軋轢が生まれると言えるだろうな」

「小難しい話は、どうでもいいです」


 沖田が何か覚悟を決めた目を信長に向けた。


「ノブさんは病のことを話して、私たちに何をしてほしいんですか?」

「してほしいこと? ……考えていなかったな」

「ノブさんらしくないですね。自分の遺志を継いでほしいとかないんですか?」


 信長は姿勢を正した。

 一同もまた、同じく正す。


「儂がおぬしらに託すことは何もない。思うがまま生きるがいい」

「おいおい。そいつは気楽だけどよ。なんか寂しいじゃねえか」


 左之助の言うとおりだと沖田以外は頷いた。

 信長は「儂の問題は儂が解決する」と宣言した。


「一先ずは日の本を割った大戦を回避することだ。それは織田信長にしかできぬことで、織田信長だからこそできることなのだ」

「……分かりましたよ、ノブさん」


 沖田に皆が注目する。


「私はノブさんと出逢えて良かった。そりゃあつらいこともありました。それでも、出逢えて良かったと心から思えます。だから安心して死んでください」

「沖田……」

「後のことは気にしないでください。私たち新選組が後始末しておきます。土方さんの力を借りるかもしれませんけどね」


 信長は改めて仲間たちの顔を見る。

 井上は涙を我慢している。

 左之助は底抜けの明るさで笑っている。

 斉藤は黙って頷いた。

 そして沖田は――いつもの笑顔だった。


「ふひひひ。やはり、おぬしたちに話しておいて良かったわい」

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