「ああ……。おしまいだぁぁぁ」
「眼の前で展開している軍のさらに向こう側にめらめらと燃え上がる大量のかがり火が見えるだぁぁぁ……」
「おら、こんなところで死にたくねえだ……。ビーダ様、もう勝敗は決まっただ。白旗をあげてほしいだぁぁぁ」
旧王都:キャマクラを護る兵士たちは千人隊長であるビーダ・グレイマンに懇願した。キャマクラをぐるっと囲む小高い山のどこもかしこからかがり火の火が見えたのだ。自分たちはすでに完全に包囲されていると錯覚させれていた。
ビーダ隊長はギリギリと歯ぎしりをし、血が出そうなほどに両手を握りしめる。上役たちが残っていれば、徹底抗戦を唱えていたに違いない。だが、自分はたかだか千人隊長のひとりに過ぎないのだ。皆に死んでくれというほどの権威も実績も持っていない。
(どうしてこうなったのだ。自分たちは何を間違えたのだ!?)
ビーダ隊長は自問自答し続けた。その答えを自分の中で見つける時間など、彼には残されていないというのにだ。山向こうの彼方へと消えていく夕陽に照らされるように、後詰めのさらに後詰めであろう5千の軍団が旧王都:キャマクラへと迫ってきていた。あの5千が先の5千と合流し、旧王都:キャマクラの関所を突き破り、旧王都:キャマクラになだれ込むのも時間の問題だとわかっていた。
旧王都:キャマクラを護るのは3千。かがり火の量から考えれば敵は合わせて2万以上。さらにキャマクラ内部は戦う以前の防衛力の低さという問題を持っていた。ビーダ隊長は旧王都:キャマクラに残された3千の兵に白旗をあげ、さらには自分を縄で捕縛しろと命じる。ビーダ隊長は兵士たちに自分がこの旧王都:キャマクラを預かる総責任者だと口を揃えて言うようにと厳命した。ビーダ隊長は旧王都:キャマクラを落とされた罪の全てを一身に背負う覚悟をしたのである。
そんな千人隊長に過ぎぬビーダの心意気に感銘を受けた兵士たちはすすり泣く。そして、申し訳ないと思いつつ、縄でビーダを捕縛する。その後、白旗を旧王都:キャマクラのそこらかしこで掲げる。さらにはキャマクラの中心部にある城門を開け放つ。数人の兵士がビーダを伴い、白旗をあげながら、城門をくぐり敵兵の到着をただ黙って待つ。キャマクラ内部に入り込み、さらにキャマクラ城の眼の前に展開して始めている約5千の軍団の前に、ビーダ隊長をお供えする。
「この旧王都:キャマクラをタモン王から預かるビーダ・グレイマンです。自分の
縄で捕縛されたままのビーダが両膝をつき、さらには額を草地の地面にこすりつけ、助命を申し出る。旧王都:キャマクラ攻略の大将であるゴンドール将軍は騎乗したままで、助命懇願を承るのであった。
「あい、わかったでごわす。いたずらに反攻してこなかった其方たちの命、このゴンドール将軍が預かるでごわす。それに見たところ、おぬしはせいぜい千人隊長の身分であろう? 責任の全てを其方のみに被せるのは……な」
「いえ。れっきとした5千を従える一介の将です。この度の不手際、全て自分の器の無さが原因。戦う意志を挫かれた仲間をなお死地に誘うのにためらった愚将です」
旧王都:キャマクラはあまりにも防衛戦に不向きであった。それは交通の要所でもあることにも起因した。弟王にとって元は王都であったこの地を手放すのは痛すぎる。本来ならわずかな手勢となった今でも、徹底抗戦せねばならない。一介の将であれば、最後の一兵となっても戦い続けろと配下の者たちに言うはずだ。逆説的に言えば、主だった将が旧王都:キャマクラに残されていなかった証拠でもあったのだ。
(げに恐ろしきは名無しのケプラー殿でごわす。本来、この旧王都:キャマクラを落とす予定であったファルス将軍と彼が率いる5千の兵すらも利用してみせたのだ。ならば、おいどんはファルス将軍とは違う道を選択せねばなるまい……)
ゴンドール将軍が抜け駆けしたことを察したファルス将軍は眼の前で戦っていた8千の北島軍の指揮を自分の副官に任せ、自分はイザーク将軍と合流し5千の兵を率いて、ゴンドール将軍の後を追ったのだ。だが、ファルス将軍率いる5千の兵はゴンドール将軍の後詰の軍のように旧王都:キャマクラを守る兵の眼に映った。
ゴンドール将軍は下馬し、草地に額を擦り付けているビーダ・グレイマンの身体を自身の手で起こす。そして、旧王都:キャマクラに残された兵士には決して手をかけないと約束する。その途端、ビーダは再び崩れ落ちる。涙をボロボロと流し、温情をありがたく受け取るのであった。
ゴンドール将軍は配下の者たちに決して敵兵をいたずらに傷つけぬようにと厳命する。そして、ゴンドール将軍は自分たちの後方から迫っているファルス将軍率いる5千の兵の前にひとり進み出る。
「ゴンドール将軍!? これはいったいぜんたいどういうことだっ! 貴殿は各地で神出鬼没を繰り返し、北島軍をかき乱すはずだったのではないのか!?」
「ファルス将軍。それはそちらの勘違いでごわす。おいどんがドメニク・ボーラン大将軍将軍から命じられたのは遊撃だったかもしれないでごわす。しかしながら言わせてもらうのでごわす! この
ゴンドール将軍は一歩も退かずに、ファルス将軍とその旗下にある5千と相対した。ファルス将軍は、ゴンドール将軍の言っていることが詭弁に過ぎぬと感じていた。ひとの武功を横からかっさらっていった形になっているゴンドール将軍を決して許すわけにはいかないファルス将軍である。
しかしだ。軍功は早い者勝ちだという鉄の掟がある。後からやってきた者が声高に叫ぼうが、そこは絶対に覆らない。ファルス将軍は苦虫を千匹ほど一気に噛み砕いた表情となる。眉間とこめかみに青筋を何本も浮き立たせていた。軍規違反でゴンドール将軍を捕縛する方法は無いのか? とファルス将軍は自問自答し始める。
一触即発の雰囲気を醸し出すファルス将軍とゴンドール将軍であった。しかしながら、そんな睨み合う彼らの前に、2人の少女が割って入るのであった。
「ファルス将軍。それにゴンドール将軍。怒りを鞘に収めてください。この度のゴンドール将軍の功は覆らない。されど、ゴンドール将軍は手柄を独り占めする気もありません」
「申し訳ございません。巫女であるわたくしが受け取った神託をそのままにゴンドール将軍にお伝えしてしまったがゆえに、ゴンドール将軍は気が逸ってしまったようですわ。本来なら、ファルス将軍の御到着を待ってから、旧王都:キャマクラ攻略を共に
二人の乙女を前にして、ファルス将軍はゴンドール将軍とはここまでの手練れなのかと驚いてしまう。引っ込みがつかなくなってしまった男たちを諫めるのは、いつの世でも女の役目である。タイミングを見計らったかのように現れた2人の乙女の登場により、ファルス将軍は振り上げた拳を徐々にだが降ろしていく。それにより、頭にのぼった血も段々と身体の下の方へと流れ落ちていく。
「ゴンドール将軍、済まぬ。ついカッとなってしまったようだ」
「こちらこそ、牙を剥いたままにファルス将軍を出迎えてしまって申し訳ないでごわす。おいどんは形の上では旧王都:キャマクラを落としてしまい、さらには勝手に助命懇願を受けてしまったのでごわす」
「なるほど……。貴殿が昂っていたのは責任感ゆえなのか。怒りに身を任せたままの私たちでは、その助命懇願を蹴飛ばす可能性があったのは否めない」
「事情をわかってもらえてありがたく思うのでごわす。おいどんたちはあくまでも遊撃部隊でごわす。旧王都:キャマクラはファルス将軍に譲るでごわす」
ゴンドール将軍とはなんとも欲の無い男だと思ってしまうファルス将軍であった。自分がゴンドール将軍の立場であれば、自分を迎え入れようとせず、そのまま旧王都:キャマクラの城内に入り、味方と言えども他軍を決して近づけさせることはしなかったであろう。普通はそうであるのに、ゴンドール将軍は自分の功の象徴である旧王都:キャマクラを譲ってくれると言ってきた。