目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第54話:勲功第1位

(ゴンドール将軍が何を考えているのか、今の時点でははっきりとはわからぬが、私にきっちり恩を売っておきたいというところなのだろう。ドメニク・ボーラン大将軍への口添えと、あの時売った恩を返してくれといったところかな?)


 色々と考えるところはあるが、せっかく握った主導権をこちらに譲ってくれると言ってくれているのだ。それを跳ねのける気が現時点では起きなかったファルス将軍であった。ファルス将軍は承知したとゴンドール将軍に言う。


「旧王都:キャマクラに残された敵兵に関しては煮るなり焼くなり、ゴンドール将軍の好きにしたら良い。だが、それによって起きる面倒事はゴンドール将軍の責任ぞ」


「それはわかっているでごわす。では、おいどんたちは明日には旧王都:キャマクラがまだ無事だと勘違いしている北島軍へと向かうでごわす。キャマクラが落ちたと知れば、そちらは意固地になって抵抗するはず。エーリカ殿を先鋒にしそこの兵士たちをいわしてくるでごわす」


「くははは……、これはエーリカ殿にしてやられたりというのが真相か。エーリカ殿。助かったぞ。仲間同士で斬り合いに発展しなくて本当に良かったと思う」


 ファルス将軍は騎乗したまま、エーリカと巫女に頭を下げる。その後、後ろを振り向き、自分が率いてきた5千の兵に、この地でのいくさは終わったので、旧王都:キャマクラにて、今日はゆっくりと休めと命じるのであった。事情を察したファルス将軍の旗下にある5千の兵はようやく勝鬨かちどきをあげることになる。


 上の方でいざこざがあったようだが、ファルス将軍旗下の兵たちはこの旧王都:キャマクラに到達するまで、ゴンドール将軍が放置したいくつかの砦を落としに落としてきたのだ。そして、ご褒美とばかりに休息を与えられた兵士たちが喜ばないわけがない。勝鬨かちどきをあげる兵士たちに向かって、ニッコリと微笑むファルス将軍であった。


 ファルス将軍率いる5千の兵は旧王都:キャマクラ内にて野営地を構築する。対して、ゴンドール将軍旗下の5千の兵はキャマクラで降伏した兵3千を連れて、旧王都:キャマクラの支城のひとつの周囲に野営地を築く。そして、3日も経たずにゴンドール将軍の軍団は旧王都:キャマクラ周辺から完全に姿を消すのであった。


「あのまま行かせて良かったのでしょうか?」


 ファルス将軍の補佐のひとりが、ファルス将軍にそう質問する。ファルス将軍はキャマクラから去っていくゴンドール将軍の軍団を目を細めながら見送っていた。


「ん~~~、まあ、気にする必要はあるまい。ゴンドール将軍は身の程をわきまえている男だ。それよりも1か月も予定が前倒しになってしまったのだ。そちらに関して、どうするかを真の意味で本州軍本隊率いるドメニク大将軍と相談せねばなるまい」


 本州軍の総指揮官であるドメニク大将軍の計算では、ファルス将軍たちが出立してからかなめの地である旧王都:キャマクラを落とすまでには、早くとも1か月少々かかると思っていた。しかし、実際にはファルス将軍が本拠地である新王都:シンプから出立した日から数えて1週間余りで旧王都:キャマクラが陥落してしまうことになる。


 嬉しい誤算ではあるが、ミノワ城で滞在していた本州軍本隊では敵が様子見ばかりしていることからもあって、他の戦場とは明らかに弛緩した雰囲気が漂っており、それを一気に引き締めなければならない事態になる。そもそもとして、半年から1年という余裕をもった期間で、北島軍の全てを本州東北部から追い出すつもりであったのだ、イザーク将軍を始め、ほとんどの将軍は。


 その計画を根本から見直さなければならない事態に陥った。それほどまでに旧王都:キャマクラは簡単に落ちないと南島軍、並びに本州軍もそう思っていた。衝撃度合いから言わせてもらえば、北島軍のほうがよっぽど慌てることになる。本州をさらに侵略するための拠点のひとつであった旧王都:キャマクラが本州軍の反攻を受けてから1週間も経たずに奪還されてしまったのだ。


 本州軍並びに北島軍の両軍ともにあわただしく軍議が連日のようにおこなわれていた。その間を縫うように血濡れの女王ブラッディ・エーリカを旗下に置くゴンドール将軍の快進撃が続くことになる。


 ゴンドール将軍は遊撃部隊である。旧王都:キャマクラを落とした後、そこにいた北島軍の敗残兵をまとめると、なんと驚くことにその敗残兵を自分の旗下に置いたのだ。いくら兄王と弟王が骨肉の争いをしていたと言っても、元々、北島部と本州はふたつ合わせてホバート王国なのである。


 本当はどちらの兵も互いを傷つけあいたくなかったのだ。その心理を上手くついたのがゴンドール将軍である。他の将軍から言わせれば、ゴンドール将軍の取っている施策は愚策も良いところであった。いたずらに敵兵を吸収しても、統率など取れるわけがないと思い込んでいた。


 その思い込みこそ、罠そのものである。ゴンドール将軍が率いていた5千の兵はそもそもとして、寄せ集めなのだ。寄せ集め同士というのは意外と意気投合しやすいのだ。その他の将軍が思うこととは逆に結束力が高くなってしまう。


 もちろん、ゴンドール将軍が全て狙って、これをやったわけではない。ゴンドール将軍の本質それ自体が弱者の味方であり、それは口先だけではなかったのだ。その身から溢れ出ている雰囲気に癒される敵側の敗残兵だったのだ。他の生まれながらにして将軍職に就けると地位からスタートした才気溢れる者たちとは根本的に違っていたのである。


「勉強になるわ。ゴンドール将軍はあたしが目指す国主の在り方に似ている気がする」


「良い所に気づきましたね。ただ、ゴンドール将軍は優しすぎます。そこが彼の長所であり、欠点でもあります。でも、このホバート王国内限定で起きている大戦おおいくさにおいて、ゴンドール将軍は何ら間違っていません」


 旧王都:キャマクラを落としてから、さらに10日余りで小砦を8つ落としたところで、ゴンドール将軍は一時の休息を旗下の兵たちに与えるのであった。ゴンドール将軍が本部から出立してから、2週間前後と言ったところである。旧王都:キャマクラを攻略。さらに小砦を8つ。現段階で本州軍の勲功第1位は間違いなくゴンドール将軍であった。


 そんなゴンドール将軍の快進撃を止めるべく、今、休息をとっている小砦からちょうど東にあるギユウ城に北島軍は兵をかき集めて、守備に当たらせていた。ここを抜けられれば、北島軍が南島部侵攻の最大拠点にしているヤングパインの港町までのルートがこじ開けられてしまうことになる。


 ヤングパインの港町は今からさかのぼること180年ほど前に『ホバート王国の憂国の志士』と呼ばれた24士がその当時の将たちを口説き落とし、ホバート王国に対して一斉蜂起した。200年前からテクロ大陸本土は戦国時代に突入した。だが、ホバート王国はテクロ大陸本土から海を渡らなければならない島国である。


 それゆえに、ホバート王国はテクロ大陸本土からの救援要請をことごとく無視した。そんなことをすれば、テクロ大陸本土がどこかの勢力に統一された時に、まっさきに制裁を加えられるのはホバート王国であることは間違いなかった。それゆえに積極的にテクロ大陸本土で起きている戦火に飛び込むべしと唱えた24士が居たのだ、その当時。


 その憂国の志士が起こした戦乱は1年ほどで鎮火する。だが、当時のホバート王国は苦々しい気持ちから、この街の名前をオールドレオンからヤングパインへと改名したのである。そんな歴史を持つヤングパインの港町を今まさに占拠しているのが北島軍であることは皮肉もいいところである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?