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第55話:エーリカの覚悟

「ギユウ城にぞくぞくと兵が集まっているのでごわす。その数、2万と言ったところでごわす」


「なかなかにきついわね。こちらは北島軍の敗残兵を吸収して、今や兵7千まで膨れ上がったけど、野戦で負けたら軍自体が崩壊してしまいかねないわ」


 小砦で兵に休息を与えている間、ゴンドール将軍、並びに彼の補佐は日夜を問わずに軍議を開いていた。その軍議にはエーリカ、名無しのケプラーはもちろんのこと、さらには血濡れの女王ブラッディ・エーリカの双璧になる予定のブルースとアベルも呼ばれるうようになっていた。


 ゴンドール将軍は北島軍の敗残兵のまとめ役を血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に任せっきりにしていた。それによって、血濡れの女王ブラッディ・エーリカはこの大戦おおいくさが始まった時の人数よりも4倍近くに膨れ上がって2千にもなっていたのである。今や血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団はゴンドール将軍直属の正規兵の数よりも多くなっていた。


「ゴンドール将軍、そしてエーリカ殿やその周りを固める方々。どうする気ですか?」


 ゴンドール将軍の補佐のひとりが軍議の場において、そのような質問を出す。ゴンドール将軍はちらりとエーリカたちの方に視線を飛ばす。ゴンドール将軍自身もわかっているのだ。うちの軍団のブレーンは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団であると。彼女らに従い、彼女らの望むように戦えば、武功は腐るほど手に入る。


 今回もエーリカたちから知恵を拝借すれば良いとばかり思っていた。だが、エーリカはう~~~ん、う~~~ん、う~~~ん!? と唸るばかりである。答えが出ぬエーリカから今度は名無しのケプラーの方に目を向けるゴンドール将軍であった。だが、ケプラーーは目を閉じ、さらには立ったままで居眠りしていたのである。


(器用でごわす……。おいどんも会議中には居眠りしてしまうが、ここまでバレないように寝るのは達人の域でごわす)


 さすがは寝てはいけない時に寝てしまう寝仲間のゴンドール将軍である。周囲の者で名無しのケプラーが居眠りの真っ最中であることを知っているのはゴンドール将軍のみである。基本的に名無しのケプラーはエーリカの軍略における師匠のような立場を取っていることに、それとなく気づいているゴンドール将軍であった。旧王都攻略を終えた後は、それが特に顕著となっていた。エーリカにまず意見を言わせ、それを補足するのが名無しのケプラーである。


 エーリカの案が的外れすぎたということは、ここまで一切無かった。それゆえか、ケプラーはあくまでもエーリカのサポート役に徹してきたのである。だが、今のエーリカは明らかに困っている。進むべきか、退くべきか、それともここで立ち止まるのかの三択がエーリカに用意されている。しかしながら、エーリカは答えを出せず仕舞いであった。


「うむ。夜もふけている。今日の軍議はここまでにしよう。エーリカ殿、おつかれさまでごわす。一晩経てば、迷いも打ち払えよう」


 この日の軍議はお開きとなる。すでに夜10時を越えており、この陣中で起きているのは、この軍議に集まっている面々のみだ。兵士たちはすっかり就寝している。ゴンドール将軍に任せておけば安心だとでも言いたげである。


 草地の上で毛布を敷き、気持ち良さそうに寝ている兵士たちの側を静かに歩くゴンドール将軍であった。彼らの様子を視察しながら、ゴンドール将軍は月夜の散歩を楽しむことになる。そして、散歩を始めてから30分が経つ。ゴンドール将軍もそろそろ寝なければ、明日に響くと考える。


 しかし、そんなゴンドール将軍の目に、ひとりの少女が映ることになる。その少女は岩の上に腰かけ、ぼんやりと月に照らされるギユウ城を遠くから眺めていた。ゴンドール将軍は思索に暮れている少女に声をかけるべきかどうか悩む。だが、ゴンドール将軍は意を決して、少女に声をかけるのであった。


「なるほどな。まともにぶつかれば、こちらもそれに見合った分の損害を受ける。それに自分が耐えれるかどうかわからないでごわすか」


「うん。あたしには覚悟が足りない。あちらが2万も集めたってのに、こちらはそれの3分の1の7千だもの。野戦をしかけてきても間違いない。そうなれば、進む退く以前の問題だし」


 北島軍が2万も兵をかき集めたということは、自分たちの存在をどれほど煙たく思っているかの証拠でもあった。そして、この地で自分たちを叩きのめして、北島軍全体の勢いを増そうとしているのはバカでもわかる話だ。


 基本的に今までが順調に行き過ぎていただけなのだ、ゴンドール将軍の快進撃は。旧王都攻略を終えた後、小砦を次々と抜いてきた。だが、それはこの国の象徴ともいうべき旧王都:キャマクラという政治的役割の強い地を落とした効果が大きかっただけに過ぎないのである。


「甘いぞ、エーリカ殿。いくさで完勝出来ると思うでないでごわす」


「うん、あたしは甘いわ。心のどこかで、皆が死なないって思いこんでる。でも、さすがに次はあたしの知っている誰かが間違いなく死ぬ。そして、それはあたしの最も近しいひとたちである可能性が高い。そうなった時にあたしが耐えれるかどうかわからないわ」


「命を預けろと豪語したのはエーリカ殿でごわす。エーリカ殿に命を預けた以上、どう使われ、どう命が散ろうが、その者自身はとっくの昔に満足感で満たされているのでごわす」


「もし、ゴンドール将軍が次に起きるであろういくさで、ゴンドール将軍自身が命を落としても、あたしを恨まない?」


 エーリカは不安そうな表情で、ゴンドール将軍を見つめてくる。ゴンドール将軍はドンッ! と勢いよく右の拳で自分の胸を叩いてみせる。そして、白い歯をニカッと見せて、エーリカに安心感を与えるのであった。


「ありがとう、ゴンドール将軍。あたし、覚悟は決まった。改めて言わせてちょうだい。ゴンドール将軍の命をあたしに預けて。きっと後悔のないように天界へ送ってあげるからっ!」


「ハーハハッ! おいどんはおいどんの魂だけでなく、夢もエーリカどのに託した身でごわす! さあ、明日の軍議では、エーリカ殿の考えを存分に発言してもらおう!」


 改めて打ち解け合う2人を遠巻きに見る人物たちがいた。その人物たちもまた、憂い顔のエーリカに声をかけようとしていたのだ。


「先生の出る幕が無くなりました。エーリカ殿の軍師は先生であるはずなのに。少しばかりゴンドール将軍に嫉妬してしまいます」


「チュッチュッチュ。クロウリーが死亡フラグをプンプンと匂わせるのは似合わないでッチュウ。ボクみたいな悪役面した可愛い精霊の役目でッチュウよ」


「まあ何にしろ、ゴンドール将軍がおっ立てた死亡フラグをへし折る仕事が出来ました。コッシローくんなら死亡フラグくらい、自分でへし折りますけど、ゴンドール将軍は優しすぎますからね……」


 クロウリーとコッシローはそう話し合うと、夜の闇に身体全体を滑りこませていく。まるでそこに元々、存在していなかったのように存在感を消し去る。その後、その場所をエーリカとゴンドール将軍は通っていく。しかしながら、エーリカは一瞬だけ足を止め、もう一度、ギユウ城の方へと視線を向ける。


(次こそが本当に勝たなきゃいけないいくさよ。あたしを信じて、命を預けてくれたひとたちに報いる戦いが始まるわっ!)

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