北島軍はギユウ城に2万の兵を集め終えた後、そのうちの8割にあたる1万6千の兵を野戦用に出立させる。ゴンドール将軍が率いる7千の兵を駆逐するためにだ。ゴンドール将軍は浅い川々を挟み、北島軍1万6千と真正面から対峙する。各々の軍で太鼓が打ち鳴らされ、今か今かと突撃の合図を待つことになる。
ギユウ城を中心として、この地は特にドネル川流域と呼ばれている。ドネル川の1本1本は浅い川が多いのだが、流域面積がホバート王国随一である。このため、両軍は否応なくその浅い川で分断されており、どちらも広く大きく布陣を行っていた。
ゴンドール将軍は7千の兵を2千を2つ、1千を3つにして軍団を展開させていた。それに対して、北島軍は1万6の兵を4千単位で4つに分割して展開させていた。北島軍は盤石の構えでゴンドール将軍旗下の軍団を迎え撃とうとしていた。
このゴンドール将軍と北島軍による真正面からの戦いは後の世に『朱いドネル川の戦い』と呼ばれるようになる。どちらも自分の勝利を疑わずに真正面からぶつかりあうことで、互いの血でドネル川を真っ赤に染め上げたからだ。
まず動いたのは北島軍の西端に位置していた4千であった。ドネル川の上流部を抑えることで、ゴンドール将軍の軍全体を包囲しようと画策する。ゴンドール将軍はそうはさせじと、こちらも西端に配置した1千の兵を向かわせる。西端の4千と1千が激しくぶつかり合う中、東端の4千を東から南に回り込むように動かしたのが北島軍であった。
北島軍は言わば、鶴翼の陣と呼ばれる陣形をとる。両端の4千づつを大きく左右に展開し、あわよくば包囲してしまおうとしたのだ。それに対して、ゴンドール将軍は南へと回り込んでいく4千を無視する形をとる。自分から見て東の1千の軍、ふたつをまとめて北東側の北島軍の4千にぶつけさせたのだ。
これに慌てたのは北側から西に大回りしようとしていた4千の北島軍であった。
ここでわかりやすく名称付けをしよう。北島軍の北からA~D、ゴンドール将軍の軍を同じく北からA~とEとすると、今、北島軍A(4千)とゴンドール軍A(1千)が川上の地を激しく取り合っている。さらに本隊である北島軍BをゴンドールC(1千)とD(1千)が挟撃を行っている形となっていた。
ゴンドール将軍が直接指揮しているのがゴンドール軍B(2千)である。そして、ゴンドール軍C(1千)とD(1千)、E(2千)の内、Eに当たるのがエーリカたち
だが、北島軍も間抜けでは無い。北島軍C(4千)を抜けられる前に、東に大きく回った北島軍D(4千)が北島軍Cの救援に戻ってきたのだ。どちらも相手を出し抜こうと画策した結果がこういう状況を創り出していた。
ゴンドール将軍は右手の親指の爪をギリギリと噛みながら、
そして、ゴンドール将軍が
「チュッチュッチュ。1の矢が折れれば、2の矢を放つでッチュウ。それでもダメなら3の矢を放つでッチュウ」
「それはどういう意味でごわすか!? まさかと思うが、本隊以外を犠牲にしろという、ケプラー殿の御判断か!?」
「少し違うでッチュウけど、
クロウリーは自分の御使いとして、ゴンドール将軍の近くにコッシロー・ネヅを置いてきていた。クロウリーとコッシローはエーリカが悲しむ姿を見たいとは思っていなかった。それゆえに、エーリカを犠牲にして、ゴンドール将軍がおっ立てた死亡フラグをへし折ろうとしていた。
だが、ゴンドール将軍は、エーリカ殿を捨ておくことは出来ぬと、コッシローが示した策を却下しようとする。コッシローはそんなゴンドール将軍の目を覚ますべく、彼の大きな鼻をネズミ歯で思いっ切り噛むのであった。
「ゴンドール将軍。お前は優しすぎるのでッチュウ。そして、それと同時にエーリカちゃんを舐めているのでッチュウ! 大局を見つつ、それと同時に部下を信じてやれぬ者が、どうしてホバート王国随一の将軍になれると思っているのでッチュウかっ!!」
「コッシロー殿……。おいどんは目が覚めましたでごわす! 伝令を飛ばせ! 東端は
ゴンドール将軍は意を決する。ただでさえ、こちらの総数が北島軍のそれよりも少ないというのに、相手の展開に合わせるような形で軍を展開させる愚かさに気づいた。そして、エーリカたちを始めとする各軍団が粘ってくれることを信じた。ゴンドール将軍は西端の北島軍A(4千)を抑えこんでもらおうとしていたゴンドール軍A、C、D(合わせて3千)のところをB、Cには戻ってきてもらい、Aの1千のみで北島軍A(4千)抑えてもらうことにした。
そうしてC、Dと合流し本体4千をもってして、半分となっている北島軍本隊Bに突撃すると決めた。東端に展開している北島軍Bの半分とCとD(合わせて1万)を
手筈通りゴンドール軍C(1千)とD(1千)を下がらせ、Bの本隊(2千)と合流させる。これで合わせて4千だ。ゴンドール将軍は4千の兵を渡河させて、一気に決着をつけるべく、北島軍の本隊B(2千)にぶつけさせたのだ。
「やるじゃないのっ! さあ、ここからが正念場よっ! ブルースとアベルに伝達してっ! こちらは削られまくってもはや1千余り。それでも相手の1万全てを屠るわよっ!」
ゴンドール軍CとDが担当場所から撤退していくことで、普通なら絶望に襲われるはずの
エーリカは光る左手を天に向かって高々と振り上げる。まるで勝利の女神は自分よっ! と言いたげな光であった。エーリカがそのような所作を取ると同時に、エーリカ率いる皆の身体の奥底からほとばしる熱が身体の外へと溢れ出した。