エーリカの左手の痣から放たれる光が天を衝く。天を衝いた光はそれ自体が生きているかのように羽ばたいてみせる。その幻想的な光景が
『
この伝承が本当であれば、北島軍は神の意に逆らう反逆者となってしまう。恐れおののく兵士たちが多く現れるのも仕方が無かったと言えよう。そんな及び腰の敵兵に対して、ことごとくを斬り伏せろと命じるのは、これまた光り輝く一振りの刀を振り上げる少女であった。その少女は馬に跨り直すと、バッサバッサと敵兵を斬捨てていく。まるでこの戦場自体がその少女のためにあるとでも言わんばかりに、少女は髪を風に泳がせ、朱色の珠の汗をまき散らしながら、戦場を駆け抜けた。
そんな彼女の後を追うように
「何が起きておる!? 我が軍の後ろを急襲している軍はどこの軍ぞ!?」
ギユウ城から打って出た北島軍の大将軍:ドン・キ・ホーテイは怒りで顔を真っ赤に染めていた。こちらは1万6千。敵は7千。ただ単純に包囲していけば、負けるはずの無い野戦であった。しかしながら、野戦の怖いところはこういう状況に陥ることがたまにあるところに尽きると言っても良い。
必ず勝てるという算段があるからこそ、野戦に臨むのだ。そうでなければ、籠城こそが正しい戦法である。北島軍の大将軍であるドン・キ・ホーテイは、どこで間違ったのか!? と自問自答する。その間にも、本体が削られに削られていく。我が本隊の後背から迫ってきたのはたかだか300ほどの少人数である。
しかしながら、前面からやってきていた4千を必死に抑えこんでいた北島軍の本隊2千である。北島軍の本隊は本隊で、ここから南に展開する1万の兵のうち、2千でも戻ってきてほしいと思っていた。そして、南に展開していた1万もまた、対峙しているゴンドール軍2千の兵をすぐさま崩壊させてしまえると思い込んでいた。
実際に起きたのは、そのゴンドール軍2千を北島軍1万で殲滅させきることが出来ず、さらにはしぶとく生き残った300にまで数を減らしたのゴンドール軍E、すなわち
その証拠に天には未だ光り輝く
その幻想的な様子をただただ茫然と見ていることしか出来ない北島軍BとCとDの1万であった。その神の威光に恐れを為した彼らはやがて足を止めた。北島軍Bの半分にあたる本隊2千がもろに被害を喰らうことになる。北島軍の大将軍のひとりであるドン・キ・ホーテイがゴンドール将軍の手により捕縛されるまで、30分も時間を要さなかった。本隊が挟撃を受けたことで、前方から迫るゴンドール軍4千を抑えきれなくなってしまったのだ。
北島軍の本隊Bの2千が殲滅されたことで、ギユウ城の周りに展開していた残りの北島軍は蜘蛛の子を散らすかのように、我先と逃げ出してしまう。残すはギユウ城に入っている4千のみとなるが、ゴンドール将軍旗下の軍団の死傷者は軍全体の5割にのぼる事態となる。まさに肉を切らせて骨を断つを言葉そのままに
ゴンドール将軍は野戦において7千で敵兵1万6千を打ち破る大勝利を手にいれたが、ゴンドール将軍側が失った命もその大勝利に見合わないほどの数にのぼってしまった。歴史的結果だけみれば、ゴンドール将軍は『辛勝』とみなされてしまう。
ドネル川流域は北島軍、本州軍両方の血で紅く染まりあがる。この河川の朱い色はここでの
「この度の大勝利、このファルス・シュティールも脱帽です。何でも敵の大将軍のひとりを捕縛したと聞き及んでいますぞ」
「大勝利と呼ばれるだけ恥ずかしく思うでごわす。国主様から預かっている兵の5割を死傷させたのは、まさに奢りと断じられても仕方が無い損害を出してしもうたでごわす」
「そこは気になさるな、ゴンドール将軍。代わりにドン・キ・ホーテイを捕まえたのでしょう。ドン大将軍はこちらの総指揮官であるドメニク・ボーラン大将軍が最も恐れていた敵将ですぞ。何ら恥じ入る必要はないでしょう」
北島軍はまさに本州側の決戦の場として、ギユウ城の周囲で野戦を敢行したのだ。そして、その大将として選ばれたのが北島軍随一の大将軍であるドン・キ・ホーテイであった。その男を捕縛したゴンドール将軍を責める者など居るはずが無いと慰めるファルス将軍であった。
しかしながら、ゴンドール将軍はこの野戦を機に、北伐軍の最前線から外されることになる。これ以上、ゴンドール将軍のみに武功を重ねられては面白くない将軍たちが大勢居る事実と、実際、率いた7千のうち5割の死傷者を出す一大決戦を制したゴンドール将軍ならびにその旗下を休ませる必要性も本州軍にはあった。
このドネル川流域の戦いが終わった後、本州軍が起こした北伐戦は順調に進んでいく。各地で本州軍の将軍が奮戦した。反攻戦開始から3カ月、赤いドネル川の戦いと呼ばれた
北島軍は最後の本州の東北部の拠点であるヤングパインの港町に集結することになる。ここから北東には海が広がっており、この渡海拠点を失えば、北島軍は本州の東北地域に二度と手を出せなくなる。本州軍が起こした今回の反攻戦で、北島軍はそれほどまでに手痛いダメージを負ってしまったのだ。
「クロウリー。ひとつ聞かせて。あたしたちは多大なる犠牲を払ったわ。それなのに、総指揮官であるドメニク・ボーラン大将軍はヤングパインの港町を取り戻したら、そこで手打ちにするつもり?」
「いや、ドメニク大将軍の考えだと断じることは出来ませんね。これはこちらのイソロク王の思惑の方が強いと言ってよいかと」
「ならば、イソロク王の思惑をぶち抜く施策を示してちょうだい。あたしに命を預けてくれた者たちに報いることができるだけの施策を」
『朱いドネル川の戦い』で
さらに、王都:シンプに戻って負った傷を癒せと本州軍の総指揮官であるドメニク大将軍がゴンドール将軍に命じた。それにより、ゴンドール将軍旗下にあるエーリカたちも渋々、王都:シンプへと戻ることになる。
王都に戻ったエーリカがまずやったことは『朱いドネル川の戦い』によって、命を失った兵士たちの家族に会いに行くことであった。エーリカは兵士たちの家族に罵声と泣き声を散々に浴びせられることになる。だが、それでもエーリカが心に大きな傷を負わなかったのは、その家族が最後には落ち着きを取り戻し、息子は立派に戦ったのか? と聞いてきてくれたことだ。
エーリカは涙をボロボロと流し、息子さんはホバート王国の英雄として、その命を全うしましたと、残された家族に告げる……。