――光帝リヴァイアサン歴130年 1月20日――
エーリカたちが王都に無理やり戻されてから、早1カ月が経とうとしていた。
この大戦の総指揮官:ドメニク大将軍は本州軍の本隊を率いてミノワ城の東にあるウツノミヤン城を落とした。しかしながら、その城を落とした後は、その城に本隊に所属する兵の半分を置く。自分自身はミノワ城へと戻り、そのミノワ城から各将軍に指示を出すだけになっていた。
ドメニク大将軍はミノワ城から一歩も前へとは出ていない。まるで、この
北島軍が本州の東北部に築いている拠点は今やヤングパイン近くの港町だけである。そこを攻め落とすこともせずに、そのヤングパイン近くの港町を徐々に包囲するように軍を展開させるだけのドメニク大将軍であった。
エーリカたちは連日のように借りている屋敷にある執務室で、ドメニク将軍をどうやってミノワ城からからヤングパイン近くの港町へ動かすかと策を練り続けた。しかしながら、どの策も実効性が薄いモノしか、皆の口からはあがってこない。
痺れを切らしたエーリカは自分の軍師である大魔導士:クロウリー・ムーンライトに、一番効果がある施策を示すようにと命じるのであった。クロウリーはふむっと息をつき、今のエーリカ殿では思いつきませんか……と、挑発にも取れる言葉をエーリカに言ってみせる。エーリカはムスッ! と不満を顔いっぱいに表現する。
「チュッチュッチュ。頭を冷やせとクロウリーは言いたいのでッチュウ。怒りはヒトを動かす原動力のひとつになるでッチュウが、怒りをぶつけられた本人は意外なことに逆に冷静になってしまうのでッチュウ」
「言いたいことがクロウリーといっしょでよくわらかないわっ! あんた、逆さまに吊るして、煙で焙って、燻製にするわよっ!?」
「エーリカ。落ち着くでござる。怒りと激昂は似ているようで違う。そう言いたいのでござるよな? コッシロー」
「そうでッチュウ。ブルースの言う通り、正当な怒りは周りをも昂らせるのでッチュウ。エーリカちゃんが怒りをぶつける相手をドメニク大将軍にしてはいけないのでッチュウ」
エーリカはムムッ……と唸りながら、自分の怒りがどこから沸いているのかを探り始める。自分の深層へと意識を落としていき、そもそも、何故、この大戦が
「クロウリー、コッシロー。それにブルース、ありがとう。あたしが本当に正当な怒りをぶつけなきゃならない相手がわかった。そして、その怒りに感化してもらう相手が」
「さすがは先生の可愛いエーリカ殿です。では、タケル殿とカズマ・マグナ殿に手伝ってもらって、エーリカの怒りに感化してもらう相手と会う算段をつけましょう」
エーリカはクロウリーに対してコクリと頷く。クロウリーは満足そうにウンウンと頷き返してみせる。クロウリーはエーリカにとっての策謀における師匠であった。だが、赤子を相手にするように1から10まで親切丁寧に教えることはなかった。エーリカに気付きを与え、そこからエーリカなりの答えを導いてほしがっていた。
クロウリーが何故、そのような方法を採るのかと言えば、エーリカの整った口から飛び出す言葉に、エーリカの魂の叫びを乗せたかったからだ。言わされている言葉と、本人が心から発したいと思っている言葉は、質自体が違うのだ。言わされている言葉では、相手を説得することは決して出来ない。自分の魂が振動を起こし、それが喉と唇を震わせる。そうやって発せられた真の魂の言葉こそが、相手の心を心底から震わせるのだ。
数日後、エーリカはとある人物に会うために王宮へと訪れる。王宮にエーリカを招いたその人物は玉座に座り、エーリカの槍働きについて、漏れが無いようにと子細に聞き出す。エーリカは全て我が王と創造主:Y.O.N.N様の御加護があってからこそですと会話の終わりに付けるのであった。
「まっこと驚かされる。ゴンドール将軍はよくもまあエーリカ殿を御しきれたものだ」
「いえ。ゴンドール将軍は素晴らしい将軍です。普段は頼りなさげな雰囲気を醸し出していますが、戦場では見惚れそうになるほどの勇ましさです」
「ほほう。
ゴンドール将軍はいくら将軍位に就いているからといって、下から数えるほうが早いほどの身分であった。この大戦の総大将であるドメニク大将軍を殿上人と崇めなければならないほどである。ゴンドール将軍では今のドメニク大将軍に異を唱えることなど出来はしない。そして、そのドメニク大将軍に意見出来る者はこの国では数えるほどしかいなかった。
そのひとりと面会するために、エーリカは王宮を訪問したのだ。そして、エーリカが口説き落とそうとしている相手はまさに今、エーリカの槍働きを聞き、喜んでいるイソロク王そのひとであった。エーリカは自分はとんでもない【悪】だという自覚を持ちながら、王を戦地へと向かわせようとしていた。
「失礼ながら、王に進言したいことがあります。許しをもらえますか?」
「なんなりと言うが良い。戦場に復帰したいとなれば、ゴンドール将軍以外の将の下に送ってやろう」
「いえ。違います。あたしがゴンドール将軍以外の旗下に入りたいとなれば、イソロク王。貴方の旗下です。北島軍はすでに虫の息。わざわざ息を吹き返す時間を与えてはいけません」
「そ、それは……。ううむ……。ドメニク大将軍は何と言うか……」
「この国の王はイソロク様です。ドメニク・ボーランは貴方の配下です。配下が
エーリカは情熱と大袈裟な手ぶり身振りをもってして、イソロク王に自分の熱を伝播させようとした。イソロク王は渋った表情になり、エーリカをどうにかして宥めようとしてくる。しかしながら、エーリカは大きく首を左右に振り、右の拳を無い胸にドンッ! と押し当てて、王に意見する。
「イソロク王の命をあたしに預けてくださいっ! ホバート王国に戦火を広げた逆賊:タモン・ホバートを討ち取る機会を与えてくださいっ!」
「ぐぬぬ……。決着はもうついているのでないのか? あとは向こうから勝手に折れるのを待つだけでは??」
「大戦が終われば、弟王はしばらくは大人しくしているでしょう。しかし、民は二君を望みませんっ! 一国に2人の
エーリカは腹奥から沸き上がる熱をそのまま口から吐き出す。何も心優しきイソロク王を騙そうとしているのではない。民のためを思えばこそ、二君を掲げてはいけないという当たり前すぎることを説いているだけなのだ。エーリカは民が笑って暮らせる世こそが真に大事なのだと言ってのける。そして、平和な世には民に優しい王が君臨することが肝心なのだと。
「どうか、あたしと共にご出陣をっ! 王が出来ぬことを代わってやり遂げるのが真の臣です! ドメニク大将軍は王を思うがゆえに戦火を鎮火しきれていません。でも、それは間違っていると断言します。改めて、もう一度言います。あたしにイソロク王の魂を預けてくださいっ!!」