(ようやくオーガス将軍の視線があたしから外れたわね。う~~~ん、ダメね。あたしは嫌でも注目を集めるから、この機にタケル殿のようなあしらわれ方を身につけなさいとクロウリーに言われてたのに)
エーリカの軍師であるクロウリー・ムーンライトはエーリカにとあるひとつの注文を出していた。人々の注目を一手に集める方法がある。しかしながら、それはインパクトを一瞬のうちにどれだけ与えられたかで、注目度というのはまるで違ってくるのだと。奇抜さだけを売りにするのではなく、皆を納得させるだけの説得力も必要なのだと。
だが、その前に必要な工程がある。ひとから受ける評価の上限値をある一定値以下にしつつ、下限値をある一定値以上で保っておかなければならないと。ヒトというのは罪作りな存在だ。最初から期待している人物に対しては『それが出来て当たり前だ』というとんでもない評価をつける。
そして、最初から期待していな人物に対しては『今のはただのまぐれだ』という評価ならまだしも、『でしゃばりおって!』という恨みすら抱くことがある。だからこそ、ちょうど良い塩梅の評価を受けておくことが大事なのだ。この大事な軍議において、そのちょうど良い塩梅を身に着けておけという課題をクロウリーはエーリカに出したのである。
しかしながら、実際にこの軍議に出席してみれば、エーリカは蚊帳の外にでもいるような扱いを受けていた。それゆえに色々とけだるい所作をとってみたりと色々と工夫をしてみせた。自分が何かしらの所作を取ってみると、ピクッ! と反応してみせる諸将たちがいた。それを見て、エーリカは完全に存在を無視されているわけではないとは感じていた。
だが、それ以上に厄介だったのは疑念の視線を飛ばしまくってくるオーガス将軍の存在であった。まるで裸にひん剥いて、股を強引に開かせ、その内股にあるしげみをかき分け、さらにその奥の奥までじっくりと暴いてやろうとでも言いたげな視線である。エーリカはそんなオーガス将軍の疑念を逸らすために7日間も費やすことになる。
(タケルお兄ちゃんなら、もっと上手くやるんだろうけど、タケルお兄ちゃんはタケルお兄ちゃんだしなぁ。ナメクジレベルに舐められるのはクロウリーが違うでしょ? って言うだろうし)
エーリカにとって、タケルお兄ちゃんは『ナメクジ』であった。しかしながら、エーリカから言わせれば、まだまだ評価が高いのである。本気でどうでも良い相手ならば『路傍の石』と同じという評価を与える。タケルはまだ生き物であるだけ、エーリカの中では評価が高いのだ。
「うむ。だいぶ軍議も煮詰まってきたようだ。忌憚のない発言、ありがたく思うぞ」
イソロク王は軍議に集まる諸将たちに礼を述べる。諸将たちは一様に頭を下げ、イソロク王からの感謝を受け取る。イソロク王は頭を下げる諸将たちに向かい、さらに言葉を繋げる。
「明後日、北島軍との決着をつけるべく、こちらも舟に乗る。北島軍の舟を駆逐できたならば、そのまま北島部へと上陸し、我が弟であるタモンを捕らえよ!」
イソロク王は決意を固めきっていた。事ここに至り、弟王の蛮行を許すまじと諸将たちに告げる。そして、弟王を捕らえた者には褒美は思いのままとまで言い切るのであった。心優しき王がここまで言ってみせたのだ。軍議に集まる諸将たちは嫌が応にも昂りを見せる。イソロク王をホバート王国の真の王にと! と声高に主張する諸将たちであった。
そんな彼らを微笑みながら見るイソロク王であった。そして、軍議の場から外へと先に退出したイソロク王の後を追うようにドメニク将軍がその場から退出する。ドメニク将軍は咳き込むイソロク王を見つけ、イソロク王に駆け寄る。イソロク王は左手でドメニク将軍を静止させる。
「ハハハ……。随分、自分に無茶を聞かせているようだ。心ではわかっているが、身体が拒否反応を示しておる」
イソロク王の右手は真っ赤に染まっていた。胃液がせり上がってきたのかと思えば、それは胃液ではなく血液であった。イソロク王は過大なストレスを身体に受け、そのストレスの一部が胃壁にダメージを与えたのだ。イソロク王はひどい胃潰瘍になっていた。だが、そんな状態でありながらも、弱った姿を諸将たちには決して見せなかった。軍議の場でしっかりと諸将たちを見据え、真摯な表情で諸将たちの進言を耳に入れていた。
「我が王。ご無理をなされるな。明後日からの陣頭指揮はわたくしめが」
「いいや。御輿を準備せよ。馬では落馬するかもしれぬが、御輿であれば、それもごまかせよう」
あくまでも最前線に立つというイソロク王に対して、これ以上、言う言葉が見つからないドメニク将軍であった。言われるがままに御輿を準備し、その上でイソロク王に陣頭指揮を執ってもらうことにする。しかしながら、そのような状態に陥っているイソロク王に対して、北島軍は無慈悲な蛮行に打って出る。
「なんということを……。創造主:Y.O.N.N様は、それほどまでに
北島軍はとある舟の甲板にひとりの男を立たせていた。その男のボロボロな姿を見て、本州軍全体に大きな動揺が走ることになる。北島軍が南東部に進軍した折に、ゼクロス・マークス大将軍と共に奮戦した若者が居た。それはイソロク・ホバート王の第2子のアカツキ・ホバートであった。ゼクロス将軍と同行していたアカツキ王子の行方はついに掴めなかった。だが、アカツキ王子が縄で縛られ、さらには惨めすぎる姿で舟の甲板の上で立たされていたのである。
「兄よっ! どちらがホバート王国の守護神である海皇様に愛されているか、試そうではないかっ!!」
ボロ雑巾のようなアカツキ王子の隣に立つ気品に満ちた甲冑に身を包む男がそう叫ぶ。その男の名はタモン・ホバートであった。本州に大きな混乱をもたらした元凶がそこに居たのだ。かの王はゼクロス将軍の頭の上に日の丸が描かれた金色の扇を飾る。そうしたうえで兄王がホバート王国の守護神である海皇様に愛でられているならば、この金色の扇を射落とせるだろうと言ってみせる。
イソロク王のストレスはついに彼の胃壁に大きな穴を空ける。イソロク王は御輿の上で大量の血反吐をまき散らすことになる。わなわなと振るえるイソロク王はうつろな目で実弟と実子を交互に見ることになる。だが、その視界の端にとあるひとりの少女の背中が映り込むことになる。
「イソロク王。あなたの命はあたしが預かっているわ。あたしに全て任せてください。一矢であの扇を射落としてみせるわっ!!」
イソロク王だけでなく諸将並びに本州軍の兵士全てが、ひとりの少女の背中を見ることになる。その少女は本州軍全員の視線を背中に受けながらも、決して怯みはしなかった。自分の背丈ほどもある大弓を左手に持っていた。そして、その大弓と1本の矢を両手で構える。
その時であった。彼女の左手に浮かぶ痣から光り輝く