目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第73話:凝り固まる魔

 弟王:タモン・ホバートは起死回生の策をおこなった。ホバート王国は島国であるため、海皇様とは切っても切れない関係を持っていた。そして、海皇様が認めた者こそがホバート王国の真のあるじなのだ。海皇様を奉じる祭りは毎年、ホバート王国内の各地でおこなわれている。


 タモン王は黒川海峡のいくさを海皇様を奉る祭りと見立て、この扇を一矢で射てみよと実兄に言ってのけた。海上をゆらゆらと揺れる船のさらに甲板上にイソロク王の実子を立たせ、彼の頭の上に日の丸が描かれた金色の扇を飾ったのだ。


 本来、こういう儀式は女を模した藁人形を用いるのが常である。タモン王は海皇様を冒涜するにふさわしい行為に打って出るが、海皇様はこの余興を楽しんだ。それもそうだろう。この祭りの主役として、皆の前に進み出たのが、我が父祖である創造主:Y.O.N.Nから祝福ギフトを与えられた人物であったからだ。


 その少女は祝福ギフトの持ち主であることを証明してみせた。少女の左手の甲に浮かぶ痣は『強欲の聖痕スティグマ』であり、さらにはその神力ちからをもってして、金色の扇をたった一矢で射抜いてみせたのだ。海皇様はご満悦の表情となり、再び海底深く潜っていく。


 海皇は海上を吹く風の向き、波の高さを本州軍にとって優位に働くように作用させた。少女が的となった扇を射抜いたと同時に本州軍は舟に乗り込み、北島軍の舟を追いかける。蛮行を見せつけられた本州軍は北島軍を決して許さなかった。舟を相手の舟へとぶつけ、転覆させる。それだけでは無い。接舷させると、相手の舟に乗り込み、水夫ごと、手に持つ武器で散々に斬り捨てた。


 弟王:タモン・ホバートは腰を抜かしながらも、今乗っている舟を北島部にある港町:コメザワへと向かわせる。総大将であるタモン・ホバートが逃げ出したことで、北島軍の船団は一気に壊滅させられる。その船団が壊滅するまで2時間も要さなかった。それでもタモン・ホバートは逃げに逃げた。コメザワの港町で留まらず、北へ北へと逃げに逃げる。


 そんな王足りえない彼を追いかけるべく、本州軍は北島部へと侵攻していく。本州軍が北島部へと上陸してから2週間も経たずに北島部にある北都:スターファイブを完全包囲してしまうのであった。


 この北都:スターファイブには星見の巫女が存在していた。彼女こそが今こそタモン様がホバート王国の真のあるじとなるべき時がやってきたと告げたのだ。星見の巫女は今から約5年前、夜空に浮かぶ不気味な凶星を見た。その凶星を取り囲むように光輝く星々が煌めいていたのだ。その煌めく星のひとつがタモン王で間違いないと言ってのけたのだ。


 タモン王は北都:スターファイブに逃げ込んだ後、星見の巫女の下へと駆け寄った。しかし、星見の巫女は口から紅い色をした泡を吹き、昏倒していたのである。頼るべき星見の巫女からの助言を受け取れぬことで、タモン王は発狂してしまう。発狂したタモン王は北都にある王城へと引きこもることになる。


 しかし、そんな彼を決して許さぬとばかりに北都攻略は続くことになる。連日のように北都の城壁を大槌が打つ音が響き渡ることになる。その音は北都に住む人々を連日連夜、恐怖に陥れることになる。だが、住民たちを守るべく存在するはずのタモン王は決して王城から外に現れることは無かった。


 2週間に及ぶ本州軍による北都への攻撃が続き、残されたのは水堀に囲まれた王城のみとなる。それでもタモン王は王城から外へと姿を見せることは無かった。ドメニク大将軍は水堀に橋を架け、王城へと侵入する。そして、王城内の惨状に思わず眼を背けることになる。


「生き残っている者を捜索せよ。だが、いたずらに危害を加えるなっ! これ以上の惨状を起こさせるではないっ!!」


 北都の王城内は本州軍が足を踏み入れる前に血の海と化していた。腐った血肉の臭いが王城内に充満していた。ドメニク将軍は兵士たちを伴い、城の奥へと注意深く進んでいく。すると、城の奥で兵士たちの悲鳴が飛んできたのだ。


「ぐぅ……。時間をかけすぎたのか……。腕に覚えのある者以外は城の外へと出ろ!」


 ドメニク将軍たちが王城内で見たモノとは、異形な姿をした怪物であった。その怪物にはいくつもの顔が浮かび上がっており、その顔のひとつにタモン王のそれを見つけたのである。


 北都の王城内は魔の領域テリトリーが展開していた。これを為した人物が誰なのかは今、問うことではない。魔の領域テリトリーが城外へと出ぬように、ここで決着をつけねばならなかった。ドメニク将軍は腰に履いている長剣ロング・ソードを抜き出し、銀色の刃でいくつもの顔を持つ怪物を斬り伏せようとする。


 その怪物の名は【百々目鬼ドドメキ】。一つ目入道サイクロプスの多目類と提唱する学者が居るが、一つ目入道サイクロプスのほうがよっぽど美形と呼べるくらいに、百々目鬼ドドメキは醜悪至極な姿であった。身体中に顔が浮かび上がり、その姿を見る者に生物としての根源的な恐怖を植え付けた。


 しかしながら、イソロク王に代わって本州軍の総大将を務めたドメニク大将軍は、この百々目鬼ドドメキ相手に、一歩も退かなかった。振る銀色の刃で次々と百々目鬼ドドメキの表面に浮かぶ顔を削ぎ落していく。怨嗟の声がドメニク将軍の身体を散々に打つが、それでもドメニク将軍は動きを止めることは無かった。


 だが、ドメニク将軍は百々目鬼ドドメキの本当の怖さがわかっていなかった。根源的恐怖を克服しつつ、ドメニク将軍は百々目鬼ドドメキと対峙してきた。百々目鬼ドドメキの表面に浮かび上がる顔を散々に削ぎ落としていくが、百々目鬼ドドメキの攻撃は一向に止むことは無い。どれほどまでに体力があるのかとドメニク将軍は驚きを隠せなかった。


 自分に纏わりつこうとしてくる百々目鬼ドドメキから距離を無理やりに開けようとしたドメニク将軍であった。それが彼の命を寸でのところで、この世に繋げることになる。百々目鬼ドドメキの身体が細かに振動したかと思った瞬間、太鼓が100個同時に打ちなられたような爆音が城内全体に響き渡ることになる。その爆音は衝撃となり、王城の壁を内側から粉々に粉砕してしまったのだ。


 ドメニク将軍は致命に至る距離から少しばかり遠い位置にいた。ドメニク将軍は身体の穴という穴から血が噴き出すことになる。百々目鬼ドドメキには顔が100個あると言われている。それは同時に百々目鬼ドドメキの体内には心臓が100個あるということになるのだ。そして、その100個の心臓が同時に叩き鳴らされることにより、とんでもない爆音と衝撃波をまき散らしたのだ。


「ドメニク将軍。下がってください。ここは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が受け持ちます」


「!?」


 ドメニク将軍は視界が真っ赤に染まっていた。身体中から血が噴き出し、全身の骨にヒビが入り、王城内の石畳の上で突っ伏していた。そんな彼であったが、背中側から甲冑越しにヒトの温かみを感じたのである。しかしながら、ドメニク将軍はそのヒトの温かみを感じた次の瞬間には眼の前が暗闇で染まることになる。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?