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第74話:この先の未来

 次にドメニク大将軍が眼を覚ました時、彼は甲冑を脱がされ、さらには全身をくまなく包帯で巻かれていた。ドメニク大将軍は指先ひとつ動かせぬほどの痛みに襲われる中、自分の顔を覗き込んでくる諸将たちの涙ぐむ顔を見ることになる。


「よくぞ、ご無事で。いや、無事というと語弊がありますが」


「うむ。さすがはドメニク大将軍。殺しても死なぬと言われているだけはある」


 ベッドの上で横たわるドメニク大将軍を取り囲む諸将たちの中に、ファルス将軍とオーガス将軍が居た。ドメニク大将軍は軋む身体を押して、上半身を起こそうとする。だが、全身の骨にくまなくヒビが入っているためか、まともに指一本動かせない。そんなドメニク大将軍に対して、ゆっくりと身体を癒してくださいと言う諸将たちであった。


「安心してくださいとは言えないですが、ホバート王国を南北に分けた大戦おおいくさの原因となった人物はこの世からいなくなりました」


 ファルス将軍はドメニク大将軍が北都の城内から運び出された後の経過を説明する。ファルス将軍は見慣れぬ天井を見つめながら、黙ってドメニク大将軍の説明を聞くのであった。なんでも、自分が城外へと運ばれるのと対照的に、城内へと走り込む少女たちが居たとのことであった。


 その者たちは一様に若い人物ばかりであり、まるで魔の領域テリトリー内で暴れまわるのが本職とでも言いたげであったと。元は魔物狩人モンスターハンターを生業にしていたのかもしれないと言うファルス将軍である。そして、少女に付き従うその一団の名前は【血濡れの女王ブラッディ・エーリカ】であった。


「なんともはや、勇ましき女性ですよ、エーリカ殿は。もし、誰かお淑やかな妻であったならば、私は放っておかないんですけどね」


「おぬし、まだそんなことを言っておるのかっ! 散々に裁判を起こされかけておきながら、火遊びをやめれぬのか!?」


 オーガス将軍はファルス将軍の性癖を諫める。しかしながら、諫めたところで治りようが無いのが性癖である。オーガス将軍はやれやれ……と嘆息する他無かった。ファルス将軍に代わり、今度はオーガス将軍がことの経過を説明しだす。


 魔の領域テリトリーに飛び込んだ血濡れの女王ブラッディ・エーリカの首魁と隊長格たちが、その領域テリトリーをどうにかして閉じた。百々目鬼ドドメキと呼ばれる怪物が消えた後にこの世に残された星見の巫女と弟王:タモン・ホバート様の亡骸を城外へと運びだしてきたと。


 実弟の亡骸を前に兄王であるイソロク・ホバート様が泣き崩れてしまった。だが、哀しみが明けぬ前にイソロク王は立ち上がり、この大戦おおいくさにおける各将たちに勝利宣言を出した。ドメニク大将軍はその話を聞いて、目の端からうっすらと涙を一筋流すのであった。


(我が王よ。タモン様を斬るのは我が役目であったはずなのに、それを成し遂げられず、申し訳ございませぬ……)


 ドメニク大将軍は心の中で、イソロク王に詫びるのであった。そうした後、またもや意識が現世から遠のいていき、ドメニク大将軍は深い眠りにつくことになる。その深い眠りの中で、ドメニク大将軍は温かなぬくもりを感じていた。自分の使命を半ばまでではあるが成し遂げたという満足感がそうさせたのかもしれない。


 とにもかくにも、ホバート王国内で起きていた内戦はこれから先、収束に向かっていくことは確かであった。旗頭を失った北島部の北島軍は大きな抵抗を見せずに本州側に降伏していく。本州軍は北島部のほとんどを占拠した。北島部での残党狩りを徹底せずとも良いというイソロク王の言葉を受けて、本州軍は徐々にではあるが、本州へと帰っていく。北島部には王位継承権第1位の第1子:ナガト・ホバートを統治者として配置する。


 ナガト・ホバートにはこの機に統治とはなんたるかを学ばせようとした父王:イソロク・ホバートであった。さらにイソロク王は周囲を驚かせる発表を王宮でおこなう。第1子のナガト王子の補佐として、普通ならファルス将軍の名があがるはずであったのに、ファルス将軍だけでなく、ゴンドール将軍を充てたのである。この件に関して、諸将たちは、ゴンドール将軍は未来のホバート王国を代表する将軍になられたのだと口にする。


 この大戦おおいくさで一番、割りを喰らったのは次代のホバート王国をファルス将軍と共に担ぐだろうと言われていたオーガス将軍であった。ゴンドール将軍が自分を抜くわけがないとタカを括っていた部分もあるが、オーガス将軍は地団駄踏むことになる。ゴンドール将軍は二階級特進どころか、四階級特進となり、正統な子爵位も王から承ることになる。


 オーガス将軍は自分の運の無さを悔やむ。もし、南回りでは無く、ファルス将軍のように上手くゴンドール将軍を追うように軍を進めていたならばと思えばと口惜しむばかりであった。そんなオーガス将軍であったが、ついには目立った反抗の意志を示すことは無かった。


 これからホバート王国は統一に向かっていくことは間違いない。ここでいたずらに反目すれば、自分は将軍の地位を失うだけでは済まないことはわかっていた。そして、ゴンドール将軍如きが平和時に何が出来ようかという自負を持ち合わせていた。これからは少なからずも政治も出来る将軍が出世していく世の中に変わっていくのだ。


 ゴンドール将軍が王宮政治の中で生き残っていくことが出来るかどうかは、彼自身の問題である。そして、オーガス将軍自身は、長らくホバート王国の王宮に関わってきた家系の出である。例え子爵を与えられたゴンドール将軍といえども、これから先の政争で巻き返しなぞ、いくらでも出来るはずだと考えていた。


 そういった王宮政治や出世話とはまた別で、暇を持て余していた人物が居た。それは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の首魁であるエーリカ・スミス本人であった。エーリカはそもそもとして、自分の国を興すのが夢であり、彼女の野望であった。ホバート国内で確かな地位を手に入れるのは、その野望を成し遂げるための過程のひとつに過ぎないのだ。


 だからこそ、自分の野望を縛る土地や爵位は欲しなかった。ゴンドール将軍にエーリカ殿も次代の王のために働かないか? と北島部行きに誘われた。だが、それを辞退したのがエーリカである。ゴンドール将軍と共にあれば、エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は、ホバート王国内で確かな地位と名誉と自分の土地を与えられるのは確実であった。


 しかし、再三にわたって言うが、エーリカが欲しているのはそれではない。エーリカは王都:シンプに留まり、自分の野望が前進するための機会をじっと待ったのだ。エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の活躍を耳に入れている諸将たち、並びに大臣たちはエーリカに唾をつけようと、連日のようにエーリカたちが住処にしている屋敷に訪問してくるのであった。


「皆があたしをもてはやしてくれること自体は嬉しいのよ。でも、違うの。あたしは一刻も早く、テクロ大陸本土にカチコミをかけたいのっ!」


「チュッチュッチュ。エーリカちゃんは猛々しいこと、この上無く頼もしい限りでッチュウ。ボクも早くエーリカちゃんがテクロ大陸本土で大暴れしてくれる姿を見たいのでッチュウ」


「エーリカさんとコッシローさんは、大戦おおいくさが終わったばかりだというのに、勇ましいことですわ。わたくし、少しはゆっくりしたいのですわ……」


「ははは。エーリカ殿とは違って、セツラ殿は随分、お疲れのご様子。ここは慰安旅行を計画してもよろしいのでは?」

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