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欲望と策謀(8)



 シルヴィアをのぞく全員が、たちまち憤怒の形相になり、どういうワケか、怪我が癒えて痛みがなくなったはずの侵入者アルファザルトまでが、眉間に皺を寄せて、さらにムスッとなった。



 かつてないほどに空気は悪かったが、アルファザルトの背後に立つエルマーに、ひとまず口枷を外すように云うと、



「正直なところ、シルヴィアお嬢様の部屋に侵入を企てた不届者の阿呆に、情けは無用かと思います。このまま極刑を命じても良いくらいです。お嬢様の睡眠時間を削ってまで、尋問する必要がありますか?」



 頑として動こうとしない。



 そして、その言葉に「そうだ、そうだ、極刑だ」と大いに同調するエルディオンと、「さすが、エルマー隊長、いいこと云いますね」と拍手するグレイブ。



 このままでは、まったく話が進みそうになかった。



 そこでボソリと、シルヴィアは呟いた。



「だれも云うことを聞いてくれないから尋問ができないわ。時間ばかり過ぎていくし……仕方がないわね。こうなったら領主代行として『侵入者と二人きりして』と命じようかしら……」



 直後、スッと横を通り過ぎたエルディオンは、アルファザルトの首が左右に激しく振られるのもお構いなしに、乱暴に口枷の布をはぎ取った。



「シア、待たせたな。今、コイツの口枷を解いたから」



仏頂面のアルファザルトから2メートルほど距離置き、用意された肘掛け椅子に腰掛けたシルヴィアは、その顔をマジマジと観察した。



 ──七星大陸セント・セブンスの黒幕は、こんな顔をしていたのね。



 これより10年後、滅亡したプロキリア王国の混迷に乗じて、アルファザルトのギルド『赤口』は、闇組織として急成長を遂げる。



 30年後には、その勢力は大陸全土に広がり、闇ギルド『赤口』の帝王として君臨するのだ。



 さらに数百年後、時代が変わって七星大陸セント・セブンスが世界地図から消えてもなお、『赤口』は歴史に悪名を刻みつづけた。



 祖先シルヴィアの『自叙伝』にも、度々、登場する【榛色と灰色のロクデナシ】は、バイロン家とは何かと接点があり、良い意味で『持ちつ、持たれつ』、悪い意味で『腐れ縁』的なものがあった。とっても分かりやすい『光と影』の構図といった方がいいかもしれない。



 悠久の歴史のなか、表舞台で繁栄してきたバイロン家と、地下深くで巨大な帝国を築いた闇組織『赤口』は、いわば血の交わらない親戚のようなものだと、歴史学者だった頃のシンシアは理解していた。



 その闇帝国の創設者であり、礎を築いたアルファザルト・ブロイアを目の前にしているというのは、なんとも不思議だけれど、元歴史学者にとっては、研究対象として、これ以上ないほど興味関心がある人物だ。



 感慨深げにシルヴィアは云った。



「あなた、そんな顔して『悪いこと』いっぱいしてきたのね」



「────あ゛ぁ゛?!」



 凄んだ巻き毛の美少年の頭上に、容赦なくエルディオンの拳が落とされた。



 容赦ない一撃に涙目になったアルファザルトは、見た目だけなら正真正銘の天使だった。



 灰色の巻毛は、角度によっては銀色の光を帯びていたし、潤んだはしばみの瞳は美しい一対の琥珀を見ているようだ。右目の下にある泣き黒子ぼくろも悪くない。



 身体の線の細さは、少年から青年になりかけの危うさを秘めていて、老若男女問わず魅かれてしまう造形美に溢れていた。



 この特異な美しさに、側妃ヘレネも何度も手を伸ばしたのだと、祖先シルヴィアは『自叙伝』に赤裸々に綴っていたので、実物はどんなものかと思っていたけれど……なるほど、これなら頷ける。



 必要な情報を得るためにアルファザルト・ブロイアが、天使の顔と肢体を最大限利用していたならば、ほぼ無双状態に違いない。



 いまから30年後に、『闇の帝王』に君臨したのも道理な話しだ。



 それにしても……不貞腐れた顔でこちらを威嚇してくる姿は──



「なんだか、人慣れしていない野良猫みたい」



 シルヴィアの感想に、エルディオンが異を唱えた。



「コイツは、犬だ。だれにでも尻尾を振る」



「犬にしては、警戒心が強すぎるのでは? だれにでも尻尾を振るなら、ここで尻尾を振っても良さそうなのに」



「いいや、犬だ。シア、気をつけろ。こいつは密偵部隊で『狂犬のアルザ』と呼ばれていた男だ。俺から見たら、ただの駄犬だがな!」



「そうなんですか。犬かあ……見れば見るほど灰猫っぽいのに」



 そこでついに、



「猫でも犬でも、どっちでもいいじゃねえか。くだらねえ!」



 狂犬あるいは駄犬が吠えた。







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