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52話:おっさんたちのランチミーティング

* * *


 千年に渡る種族統一国家の名のもとに、抑圧し支配し続けてきたハワドウレ皇国から、自由を取り戻すために旗を掲げる。

『自由奪還軍』と高らかにハワドウレ皇国に宣戦布告を出したものの、当のハワドウレ皇国からなんの音沙汰もないまま、連合を組んだ3人の王達は無為な時を過ごしていた。

 モナルダ大陸にあるボルクンド王国、エクダル国、ベルマン公国の王たちが、ソレル王国ヴェイセル王の甘言に唆され、安易に『自由奪還軍』に加担した。

 その王たちは、ボルクンド王国領内エレギア地方にある、エルアーラ遺跡と呼ばれる遺跡の中に陣取っていた。

 味気ない部屋に豪奢な調度品を運び込ませ、高級な酒を酌み交わしながら、自らの置かれた立場に愚痴が飛び交う。


「世界中に向けて布告を発信してみたものの、彼の国から何も応答がないのではないか?」


 ボルクンド王国バーリエル王は、ワイングラスを傾けながら怪訝そうにぼやく。


「こちらから攻め込まないものだから、ハッタリだと思われておるのじゃろう」


 ベルマン公国ヘッグルンド公王は両手を組んで、肩を聳やかす。


「過日、ソレル王国にハワドウレの正規軍が攻め入って、首都を抑えられたそうだが。ヴェイセル殿はあっさりと首都を手放したそうではないか。今回の蜂起は大丈夫なのか心配だな」


 エクダル国首相アッペルトフトは皮肉を交え、脚を組み直した。


「戦力を送り込もうにも、エグザイル・システムは抑えられておるじゃろうし、船で移動となると日数もかかる。地続きじゃない上に、惑星の反対側じゃ」


 ヘッグルンド公王の指摘に、アッペルトフト首相は「然り」と声を出す。


「距離がありすぎるから反応が鈍い、と考えていいのかもしれぬが。しかしあの国には厄介な小僧がおるじゃろ」

「女好きで有名な、ベルトルドとか抜かす小僧でしたな」


 アッペルトフト首相は侮蔑も顕に、不快げに眉を寄せた。


「『白銀の薔薇』などとあだ名されておるそうじゃが、貴婦人たちのドレスの裾をまくりあげるしか能がないのではないかえ」


 ひっひっひっ、とヘッグルンド公王が茶化す。アルカネットとリュリュが聞いたら「その通り」と口を揃えただろう。


「概ねそうなのかもしれないが、きゃつの超能力サイはOverランクだそうだ。3年前のコッコラ王国反逆の時も、鎮圧のためにきゃつが出張ったせいで負けたと聞くぞ。そこだけは侮れぬ」

「アルカネットという魔法使いもおったじゃろ、あやつもOverランクとか」


 第10まである正規軍全てを投入されても、それを上回る戦力を誇るベルトルドとアルカネット2人の存在の方が恐怖である。

 他国のみならず、トゥーリ族にもアイオン族にも、2人の名は轟いているのだ。


「ハッタリではないのかえ?」


 ちびちびと酒を舐めていたバーリエル王は、訝しみながら首をかしげた。それについては、アッペルトフト首相が首を横に振って否定する。


「コッコラ王国側に吾の部下が紛れ込んでいて、その凄まじい戦闘を目の当たりにして報告を送ってきた。部下の見立てだと、あの勢いで本気ではなかったそうだから、本気を出した時が恐ろしいと言っておった」

「我ら4国の兵力すべてをもってしても、あやつらには敵わぬのではないか…?」


 今更ながら、ハワドウレ皇国の反応よりも、ベルトルドとアルカネット2人のほうが、3人の王たちの心に寒風を吹き込んでいた。



* * *



 このところ総帥本部で執務をとっていたベルトルドは、久しぶりに宰相府に戻っていた。


「そろそろアルとエロメガネが来る頃ね。ランチにしましょ」

「おう」


 最後の書類にサインをしてリュリュに手渡し、ベルトルドは大きく伸びをした。


「式典も近いし、政務と軍務の二足のわらじ状態は疲れるなあ」

「役員会はどうにかなるけど、その二つは疎かにできないしねえ」


 リュリュは書類をトントンッと整え直し、自分のデスクの上に置いた。そこへ衛兵がアルカネットとシ・アティウスの来訪を告げた。

 応接ソファセットの更に奥に置かれた丸いテーブルに、アルカネットとシ・アティウスがつく。


「宰相府のランチは久しぶりですね。とても美味しいので好きなんですよ、ここの食事は」


 アルカネットにしては珍しく、ウキウキ感を漂わせている。


「ほほう。俺は初めてかもしれない」


 メガネをクイッと上に押し上げ、シ・アティウスは好奇心を口元にはいた。


「宰相府付きの料理人は、ダブルSランクだからな。ウチの料理人の飯も好きだが、ここのも悪くない」


 ベルトルドはアルカネットの隣に座り、白い手袋を脱いだ。


「だが総帥本部の料理は不味い。あそこの料理人は入れ替えが必要だなあ。俺が総帥になったことだし、人事に口を挟んでおくか」

「アタシはそこまで不味いとは思わないけど、あーたたちが日頃から贅沢してる証拠だわね」

「美味しい料理は正義だからな」

「その点は同感です」


 ベルトルドとアルカネットに、リュリュは、


「庶民の味覚でごめんあそばせ」


 と、ツンっとそっぽを向いた。

 そこに下官たちが美味しい匂いと料理を運んできて、手早く皿を置いていく。


「今日はビーフシチューね」

「おお…肉の塊が、大きいな…」


 シ・アティウスが感慨深げに呟くと、リュリュは垂れ目を細めて「そう…」とだけ言った。

 下官たちが退室すると、じっとビーフシチューを見ていたベルトルドは、おもむろにスプーンを掴んで、ズボッと音がしそうな仕草で皿の中に入れる。


「こら、ベル!」


 それを見ていたリュリュが、素っ頓狂な声を上げた。

 ベルトルドは子供のようにヒュッと首をすくめ、拗ねた顔をリュリュに向ける。イタズラがバレた顔のようだ。


「だって、ニンジン入ってるんだもん…」


 シチューの中に入っていたニンジンを、アルカネットの皿の中に入れたのだ。


「好き嫌いしないで食べなきゃダメでしょ!」

「俺はニンジン嫌いなんだ! 火が通ると甘くなるし臭いが苦手だ。でもピーマンと玉ねぎは食べられるぞ」


『泣く子も黙らせる副宰相』と物騒な通り名を持つベルトルドは、得意げな顔になり何故か誇らしげに威張っている。


「アルもなんか言ってやんなさいよ!」


 アルカネットは複雑な表情をして、ベルトルドが入れてきたニンジンをスプーンで掬う。


「……私はニンジン大好きなんです」


 そう言って、ちょっと嬉しそうな顔になり、パクッと食べてしまった。


「あーたたち…」


 盛大な呆れ顔になり、リュリュは疲れたように肩を落とした。


(これが、41歳のオッサンたちのランチ光景…)


 興味深そうに黙って見ていたシ・アティウスは、無言で肩を震わせていたが、堪えきれずに「ブフッ」と吹き出してしまった。




 ランチも終わり、下官たちが食器を下げ、アッサムティーを注いだ白磁のカップをそれぞれの前に置いていく。


「ミルクくれ」


 ベルトルドが手を差し出すと、下官の一人が慌ててミルクポットを手渡す。


「回してください」


 アルカネットが手を差し出し、ぐるりと一周して、ベルトルドはもう一杯おかわりをもらってミルクを注いだ。

 上品で澄んだ香気に、ミルクの甘い香りが溶け込む。室内は安らぐような良い匂いに満たされていた。

 4人はそれぞれ食後のお茶を堪能すると、集った目的を開始するために、茶器を下げさせた。

 下官たちは急いで片付けると、速やかに退室していった。


「さて」


 ベルトルドはテーブルに両肘をついて、顎の下で両手を組む。


「………なんだっけ?」


 自分のデスクから筆記用具を持ってきたリュリュは、椅子に座る前にズッコケた。


「今ここですぐケツの穴にぶち込まれたいのかしら!?」

「絶対ヤダ!!」


 リュリュに胸ぐらを掴まれたベルトルドは、ベソ顔で全力拒否する。


「モナルダ大陸に行ったあとの、隠密行動についての打ち合わせですよ…」


 呆れ顔のまま、アルカネットはベルトルドの耳をグイっと引っ張った。


「イデデ」

「仕事はいくらでも詰まってるから、とっとと始めるわよ」

「はい…」


 アルカネットとシ・アティウスは、持ってきていた書類ケースから、打ち合わせの内容に必要な書類を出してテーブルに置く。


「シ・アティウスと確認してきた例のものは、間違いなくエルアーラの起動装置のようです。シ・アティウスのほうでも確証を得ています。あちらに渡ったらベルトルド様と私で装置を取ってきて、遺跡まで運び込みます」

「召喚士の少女は連れて行かないのですか?」

「ダメ」


 ベルトルドとアルカネットが口を揃えて言う。シ・アティウスは不思議そうな表情かおをした。


「傷の具合はだいぶ良くなってきていますが、心に受けた傷はけっして癒されてはいないでしょう。再びナルバ山に連れて行って、記憶が蘇ったらどうするのです」


 アルカネットは自分のことのように辛そうな顔で、振り絞るようにして声を出す。


「リッキーがいたら運ぶのはラクだろうがな、怖い思いを再び味わわせるのは避けたい。最近では明るい笑顔を見せる方が多くなってきたんだ。夜もちゃんと寝られるようになってきたし。運搬は俺たちだけでじゅうぶんだ」

「ええ」

「なるほど。判りました」


 シ・アティウスは頓着なく返事をした。

 ナルバ山の遺跡で、一生懸命アルケラのことを話していた時の顔を思い出す。美しい顔立ちだが、年齢の割にはやや幼げな雰囲気をまとっていて、そこが愛らしいと感じた。そんなキュッリッキに、再び恐怖を思い出させるのはたしかに酷だろう。

 手元の重なる書類から、シ・アティウスは一枚の書類を取り上げる。


「ナルバ山にソレル王国軍がやってきて、懲りずに再奪取しているようです。警備のための傭兵を雇いましたが、倒されたようですね。そして、エルアーラ遺跡も酷い状況のようだ」


 シ・アティウスが報告書をアルカネットに渡す。報告書に目を通すと、アルカネットは不快げに眉を寄せた。


「エルアーラに詰めていたケレヴィルの職員は、全員殺されているようですね。――ん、こういってはなんですが、扱い方が判るのですか? ソレル国王は」

「メリロット一族は、元々ヤルヴィレフト王家の血を受け継いでいる。――呪われた一族の血をな」

「分家筋ですか」

「うむ。アレを作ったのは元々ヤルヴィレフト王家だからな、色々と遺物が残っているのだろう。その中に取説もあるんじゃないかな」


 ベルトルドの説明に、シ・アティウスはメガネをクイッと押し上げながら、口の端にほんの僅か皮肉な笑みを漂わせた。


「ソレル国王は実によく研究していたようですね。レディトゥス・システムのことにも、だいぶ前に気づいていたようです」

「ケレヴィルの調査を阻害しにきたくらいだ」


 フンッと忌々しそうにベルトルドは鼻を鳴らす。


「あんなところで宣戦布告をするから、こちらとしても対策が必須になって苦労を強いられている。あのジジイ、この俺が直々にぶっ殺してくれるわ」

「せっかくだから、劇的に大々的にぶっ殺されるシーンを利用してあげたら?」

「リュー、それイイ」


「ナイス!」とベルトルドは親指を立ててみせる。それに対してリュリュは肩をすくめるのみだった。


「ところで、エルアーラ遺跡の規模はどのくらいあるんだ? そろそろ全体予想がついているんだろう、エロメガネ」

「私はそんなあだ名がついてるんですか? まあ、なんでもいいですが…。規模はモナルダ大陸の3分の1くらいはありそうかと」


 アルカネットは目を見張り、リュリュは「ンまっ」と驚きの声を上げ、ベルトルドは苦笑した。


「フッ、やけにデカ過ぎるな」

「どういう作り方をすれば、そうなるのかしらね」


 リュリュは目だけで天井を仰いだ。


「遺跡の扱いが判っているのなら、レディトゥス・システムにも早急に手をつけてくるでしょう。2人が向かうのは正解ですね」

「ウン。今回はお前もソレル王国に飛んでおけ。あと、エルアーラに詳しい職員も多めに手配しておけ。取り返したらアレやコレやあるしな」

「はい。私もエルアーラ遺跡に向かっておきますか?」

「首都アルイールあたりで待機しておけばいい。俺が飛ばす」

「判りました」


 その他軽く打ち合わせ、4人は解散した。



* * *



 一人になると、ベルトルドはデスクに戻り、写真立ての一つを手にとった。

 写真には庭のバラを背景に、キュッリッキが笑顔で写っている。メイドのアリサに頼んで撮ってもらった写真だ。


「リッキー…」


 優しい表情かおで微笑み、そしてタコのように唇を突き出す。


「ンちゅう~~」


 と粘着力が強力そうなキスをした。


「もっと身体が元気になったら、色々なところに連れて行ってやりたい」


 仕事のために他国を歩くのではなく、観光として歩かせてやりたい。贅沢も我が儘も、たくさんさせてやりたかった。


「戦争が終わったら、休暇を取ってリッキーとしっぽり温泉旅もいいなあ」


 写真立てをぎゅっと胸に押し抱き、ベルトルドはうっとりと天井を見上げる。


「温泉で火照った身体をベッドに寝かせ、まずはキスをたっぷりしたあと、リッキーのアソコを優しく愛撫して愛撫して愛撫してあいぶっ」


 ゴンッ!


「はい、ストップ」


 リュリュに分厚い本のカドでぶん殴られて、ベルトルドはデスクに突っ伏した。


「妄想の中で小娘に悪さするんじゃないよ!」

「……」

「さ、仕事よっ」


 ドサドサドサッと書類の山が5つ築かれ、ベルトルドはメソメソと顔を上げてガックリと肩を落とすのだった。

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