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125話:奪われしもの・1

「ベル~、アル~、リュリュ~、お昼ご飯の時間だよー」


 聴き慣れた声が自分たちを呼んでいることに気づいて、少女は立ち上がって声の方角へ手を振った。


「おねえちゃん、アタシたち、こっちよ~」


 それは、まだ変声期を迎える前の、男女の区別がつかないような声をしていたが、言葉を発した少女の顔は、明らかに少年の顔をしている。

 ひょろりと細い少年は、女の子用の淡い桃色のワンピースを纏い、サンダルもまた、女の子用のものだ。

 日よけのためのつば広の麦わら帽子を、目深にかぶっていた少女のなりをした少年は、もう一度声の方へ手を振る。


「おい、リュー、立ち上がってあんまり飛び上がるな。イヤでもお前の花柄パンツが丸見えなんだが……」


 地面の方からうんざりした声がして、リュリュは心外そうに唇を尖らせた。


「見ないでよ、エッチ」

「………」


 リュリュはワンピースの裾を足に押し付けるようにして、広がらないように遮断する。そして、ベーッと舌を出した。


「ディアが迎えにきたから、砂をどけてくれ、アルカネット、リュー」


「お得意の超能力サイで脱出を試みればいいと思うよ」


 傍らにしゃがんでいたアルカネットが、愛らしい顔を嫌味たっぷりに歪めて素っ気なく言い放つ。


「10歳児のあどけない少年に向かって、そういう非人道的なことを言うな!」


 その場にデスクでもあれば、拳で叩いていそうな映像が浮かぶほど、首から下を砂の中に埋めたベルトルドが居丈高に喚いた。


「埋まってるくせに、どこからそんな偉そうな態度が出てくるのかしらね~。芽が生えてきたら、真っ直ぐには伸びずに、四方八方枝を広げていきそうだわ」


 ベルトルドの前に立った少女は、腕を組んでベルトルドを見おろした。


「素直に、掘り出してください、ってお願いをすればいいのよ?」

「……ぷいっ」


 素直じゃない反応に、少女は目を眇め、持っていたスケッチブックでベルトルドの頭をソフトタッチにつついた。


「相変わらず素直じゃないんだから、このお・マ・セ」

「俺はいつだって正直で素直者だ!」

「もお、あんたって子は、ああ言えばこう言うんだからほんとにっ!」


 ゴツンとゲンコツを食らって、ベルトルドは唸った。


「さあ、アル、リュリュ、ベルを掘り出してあげて。今日はウチでお昼ご飯よ」

「しょうがないね、判ったよリューディア」

「はーい、おねえちゃん」


 アルカネットとリュリュは再びしゃがみこむと、ベルトルドの周りの砂を掘りにかかった。

 3人はずっとビーチでゲームをしていた。砂を山のように積み上げて固め、下の方から掻き出して、崩した人が負け、というものだ。

 シンプルだが、なかなかに集中力と力加減と緊張感を楽しめて、こうしてよく3人で遊んでいる。そして、負けた人はビーチに首から下を埋められて、カニのハサミで鼻をつままれる。

 まさにそのカニの刑を執行される直前に、リューディアが迎えに来たのだった。

 この砂山崩しのゲームの敗者は、ベルトルドがなる確率が高い。ビーチに埋まるベルトルドを、リューディアは幾度となく目撃していた。

 ようやく砂の中から掘り出されたベルトルドは、首から下がすっかり砂まみれだ。


「払い落とすのも面倒だ!」


 そう言うなり、勢いよく浜を走り、ザブンと海に飛び込んだ。

 ザバーンッと水飛沫と音を盛大にあげて、ベルトルドは海面に顔を出す。


「ほら、一瞬で落ちたぞ!」


 立ち上がったベルトルドは、両手を腰に当ててふんぞり返った。


 その様子を離れてみていた3人は、しばし間を置いて、露骨に溜息を吐いた。


「全く……シャワー浴びさせないと」


 リューディアはスケッチブックをアルカネットに預けると、ベルトルドのところまで歩いて行って、ベルトルドの頭を思いっきりゲンコツで叩いた。


「………」

「さあ、帰るわよ。2人共行くよ」


 襟首をガッシリ掴まれ、ベルトルドは反論する暇もなく、ズルズルと引きずられていった。




 3種族の惑星には、それぞれ自由都市というものが、いくつも存在している。

 種族統一国家を嫌う人々が集まり、小さな町を興し、そこから都市規模まで発展したものを、自由都市と総称している。

 かつては種族統一国家の弾圧を受けていたが、長い交渉と小競り合いを経て、不可侵条約が結ばれた。それは3種族共通の取り決めとして、現在に至っている。

 その代償として、何が起きても救助も救援も求めることができず、支援を受けることもできない。一切の干渉をしないとされた。そして、エグザイル・システムを所有しないことも条件のひとつとなっている。不可侵条約という背景上、犯罪者の逃亡先の温床となることを、なるべく防ぐためとも言われていた。

 独立して国として認められている小国などは、存続のために種族統一国家に税を納め、色々な制約を課せられている。そのため完全な独立国家とは言えず、その見返りとして、エグザイル・システムの所有は認められていた。

 ヴィプネン族が治める惑星ヒイシには、5つの自由都市がある。その中で海洋リゾート地として名高く、赤道沿いに近いところにある自由都市を、ゼイルストラ・カウプンキという。

 大きな島アーナンドを中心に、無数の小さな島が集まる群島で、ミーナ群島と呼ばれるところだ。

 アーナンド島は行政機関、商業施設、宿泊施設、病院や学校など、都市として必要なものが全て集い、住民の生活区域は周辺の小島などにある。

 ゼイルストラ・カウプンキへのアクセスは、ウエケラ大陸から船が出ている。およそ半日の航海で行くことができるため、バカンスを楽しむ富裕層が多く訪れていた。

 多くの島民はアーナンド島に近い小島に家屋を構えていたが、離れていても美しく静かな小島を好んだ3家族が、シャシカラ島に住んでいた。そのためアーナンド島へは船で1時間もかかる。


「ディアは乱暴だな、浴槽に勢いよく放り込まれたぞ」


 風呂に入って着替えたベルトルドは、肉や野菜を刺した串を片手に文句を言う。濡れていた髪の毛は、すぐに陽の光で乾いていた。


「おかげで綺麗になったでしょう」


 ジュースのグラスを両手で挟んで、リューディアはすました表情で、ストローでジュースをすすった。


「ベルトルドが海に飛び込むからいけないんだよ」


 リューディアの横にぴったりとくっつくように座るアルカネットが、本気で責めるように言った。


「砂を払い落とす時間を、短縮しただけだ」


 ツンっとそっぽを向くと、ベルトルドは拗ねたように唇を尖らせた。そして、右の手首にしっかりと巻きつけられた金属を、忌々しげに見つめる。


「こんなモンがあるから、色々不便なんだよ……」


 左手で金属を外そうと試みるが、ぴったりと皮膚に貼り付いたようにして離れなかった。


「コラコラ、とっちゃだめだぞー。学校の先生のお許しが出るまでは」


 焚き火台の前で汗しながら肉を焼いているベルトルドの父リクハルドが、首を横に振った。


「そうよ、あなたはまだ、力のコントロールが完璧じゃないんだから。何か事故でも起きたら大変でしょう?」


 母サーラが、息子を抱き寄せながら頭にキスをする。

 ベルトルドの〈才能〉スキル超能力サイ。レア〈才能〉スキルの一つで、ベルトルドは異常に能力値が高かった。

 〈才能〉スキルをランクで表すと、最高値はSクラスになる。しかしベルトルドの能力値はSクラスも遥かに突き抜け、異例中の異例でOverランクに付けられていた。もはや計測不能な領域という意味だ。

 そのあまりにも強すぎる超能力サイは、まだ10歳のベルトルドには扱いが難しく、コントロールが思うようにできない。特に透視の分野では、勝手に他人の思考や記憶が流れ込んできてしまうため、それで心や精神を疲弊させてしまう。

 そこで、能力を抑え込んでしまう特殊な装飾品をつけられ、普段は超能力サイが使えないようになっていた。学校に行った時にのみ、専任の教師が装飾品を外してくれる。


「俺に似て、料理〈才能〉スキルで生まれてくれば、そんな面倒な思いをせずにすんだのに。なあ」


 リクハルドは隣で一緒に肉を焼く、アルカネットの父イスモに笑いかける。


「それは私も同じ意見だねえ。私は建築〈才能〉スキルだが、アルカネットは魔法〈才能〉スキルときたもんだ。オマケにアルカネットもOverランクの判定をもらってきたばかりですよ」


 レア〈才能〉スキルの中でも超能力サイと魔法の〈才能〉スキルを授かって生まれてくると、毎年能力値検査を受けさせられる。これは自由都市でも必ず行われていた。

 一昨日その検査があり、ベルトルド同様異例中の異例として、Overランクを授けられたばかりだ。

 魔力を均等に引き出し魔法を放つために、魔具を使ってコントロールする。とくにアルカネットの場合、自らの身体そのものが魔具の役割を果たすため、魔具を必要としない。更に呪文によって魔力から魔法のための力を引き出すが、呪文すら必要がない。無詠唱魔法が可能な魔法使いだ。

 まさに想像を絶するレベルのことで、ベルトルドと揃って、神域能力者などとゼイルストラ・カウプンキでは知れ渡っていた。

「歩く小さな危険物ですな。オレのリュリュは無難にSランクでした」

 リューディアとリュリュの父クスタヴィは、魚の入った大きなバケツを両手に下げて、笑いながらテラスに戻ってきた。危険物扱いされて、ベルトルドとアルカネットがムスッと顔を歪める。危険物という表現に、2人の両親は大笑いしていた。


「Sランクを無難とは言わない気がする……」


 クスタヴィの後ろから、妻のカーリナがため息混じりにつっこんだ。それにも笑いがおこる。

 本来これだけのレア〈才能〉スキル持ちが、一箇所に生まれてくることなど珍しい。皆ランクも計り知れなく、リュリュもSランクとはいえ、ずば抜けた能力値なのだ。しかしもっとすごいレア〈才能〉スキル持ちもいた。


「これだけのレア〈才能〉スキル持ちがいるみんなの中で、一番素敵な〈才能〉スキルを授かったのは、リューディアちゃんね」


 アルカネットの母レンミッキが、にっこりと言った。


「そうだよ。リューディアの〈才能〉スキルが一番凄いよ!」


 アルカネットも母に賛同するように、勢い込んで身を乗り出す。


「ふふっ」


 隣に座るアルカネットに、リューディアは嬉しそうに笑いかけた。


「2年後には、ハワドウレ皇国にある機械工学専門の学校に入れるの。そしたら超古代文明の遺産に触れたり、自分の発明を形にすることができるんですって」

「リューディアは設計するのが好きだもんね」

「ええ。色んなアイデアを描き貯めてるわ。このスケッチブックは、わたしの夢と希望が詰まった、魔法のスケッチブックよ」


 顔から光がこぼれ落ちそうなほど、リューディアの笑顔は素敵だった。ゼイルストラ・カウプンキでも一番の美少女と評判なほどだ。

 レア〈才能〉スキルの中で人々が求める最高のものは、機械工学〈才能〉スキルだ。

 超古代文明の遺産と呼ばれる、1万年前の世界の遺物を、発掘して修理し、再び使用可能とすることができる。

 そこから新たに発明をして、船や汽車などの開発、一般には使用されていない車なども、機械工学〈才能〉スキルを持つ者たちによって作られていた。

 機械工学〈才能〉スキルを授かって生まれてくる者も、また少ない。そうした機械工学〈才能〉スキルを授かってきた子供は、15歳になるとハワドウレ皇国にある専門学校に入学が義務付けられ、あらゆる分野の適性を磨く。それは自由都市出身者もけっして例外ではない。

 今年13歳になるリューディアも、すでに2年後の入学が決まっている。


「リューディアは学校へ行って、何を作りたいの?」


 アルカネットが覗き込むようにしてたずねると、リューディアはテラスの向こうに広がる真っ青な空を見つめた。


「空を飛ぶ乗り物よ」


 迷いのない返事が、すぐ返ってきた。


「乗り物が空を飛ぶの??」


 アルカネットが目を丸くする。


「ふふ、そうよ。空を自由に飛べる乗り物。わたし、そういうものが作りたいの」


 この世界には空を飛ぶ乗り物がない。空を飛べるのは、超能力サイと魔法の〈才能〉スキルを持つ者か、アイオン族だけである。だから、空を飛ぶ乗り物、と言われても、アルカネットにはピンとこない。


「乗り物が空を飛ぶなんて、リューディアは変わった発想をするんだね」

「あら、そう? だって、ベルもアルも自由に空を飛べるじゃない。でも、空を飛べる人間なんて限られてるし。それに」


 リューディアは真剣な顔になる。


「遠いところへ行くためにはエグザイル・システムを使うでしょ。でもわたしたちの自由都市にはエグザイル・システムがないわ。ほかの自由都市にもないし。だから移動も不便だしね。でも空を飛べたら、うんと早く行けるのよ。山も海もひとっ飛び~ってね」

「そうだね、そうなったら素敵だね」

「そうでしょう。だからわたしは、空を飛ぶ乗り物を発明するの」


 やる気満々の表情で、リューディアはきっぱりと言い放った。


「リューディアなら絶対できるよ」

「ありがとう、アル」


 にっこりと笑い合う2人を少し離れたところで見ていたベルトルドは、優しい微笑みを、そっとリューディアに向けた。

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