刃物で斬ったように、綺麗に真っ二つに割れたリンゴを見て、中年の男性教師は満足そうに微笑んだ。
「コントロールが格段に上達しているね。さすが、優秀な子だ」
「この、鬱陶しいのを早く外したいからね」
ベルトルドは手首に巻いていた装飾品を、嫌そうにつまみあげた。今は、学校なので教師に外してもらっている。
「ハワドウレ皇国の
ませた調子で肩をすくめると、ベルトルドは装飾品を机の上に置く。
今日は念力のコントロールを訓練していた。
ベルトルドのようにOverランクの
「よし、次は…」
「ベル、ベル! 大変なの、早くきてちょうだい!!」
突然教室にリュリュが飛び込んできて、ベルトルドの服にしがみついてまくしたてる。
「どうしたリュー?」
「とにかく大変なのよ! アルが」
「アルカネットが?」
眉間をしかめ、ベルトルドはリュリュの記憶を読んだ。そして舌打ちすると、教室を飛び出した。
食堂に駆けつけると、たくさんの生徒たちが群がっていて大きな騒動になっていた。
「アルカネット!」
人垣の外からアルカネットの名を叫ぶが、騒然とした生徒たちの声でかきけされる。
アーナンド島にある、ゼイルストラ・カウプンキ唯一の総合学校。基礎的な勉強と、各種
「ええい、邪魔だバカ者共!!」
かなり乱暴に、念力を使って群がっている生徒たちを払い除けた。
いきなりたくさんの生徒たちが吹っ飛ばされ、食堂は更にどよめき騒然とする。
「俺の前を塞ぐんじゃない」
ケッとした表情で言い捨てると、ベルトルドは人垣の中へ踏み込んだ。
「アルカネット!」
首を項垂れさせて、アルカネットは後ろを向いていた。その足元には、大怪我をした女生徒が5名転がっている。
「息してんのか!?」
びっくりしたベルトルドは、すぐさま女生徒たちのもとへ駆け寄り、赤毛の女生徒を揺さぶる。
「うぅ……」
揺さぶった衝撃で怪我に響いたのか、女生徒はくぐもった声で唸った。
「よかった、まだ生きてるな」
ベルトルドは人垣のほうへ振り向き、ドスをきかせた声を張り上げる。
「見てないで女生徒たちを医務室に運べ無能ども!!」
否定も拒絶も受け付けない尊大な態度で怒鳴られ、生徒たちはワラワラと慌てて駆け寄った。普通なら”無能ども”と10歳児に言われればキレてもいいところだ。しかし皆おとなしく言われるままに従っている。ベルトルドがOverランクの
「怪我してるからな、丁寧に運べよ」
男女の生徒が複数がかりで、怪我をした女生徒たちを抱え上げて医務室へと向かった。
「それから残ってるお前ら、とっとと教室戻るなり家に帰れ! 鬱陶しいわ」
視線だけで殺されそうな気迫につままれて、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように、その場からそそくさと立ち去っていく。
ドタドタとしたやかましい足音が、徐々に遠ざかる。
一気に静まり返った食堂には、ベルトルド、アルカネット、リュリュの3人だけが残った。
「何があったんだ? アルカネット」
ずっと項垂れているアルカネットに近づき、ベルトルドはそっとアルカネットの肩に手を置く。
「あいつら、あいつら…」
ゆっくり顔を上げたアルカネットは、険しい顔をベルトルドへと向ける。
「ボクのリューディアに悪いことをしようと企んでいたんだ!」
「悪いこと、だと?」
ベルトルドの眉間にシワが寄る。
「彼女を貶め、辱めようと画策していたんだ! ボクはそれを耳にしたから、だから成敗してやったんだっ」
歯を噛み締め、怒りの収まらぬ様子でアルカネットは言った。
詳細を説明させようにも、今のアルカネットではきちんとは話せないだろう。感情が昂り過ぎて、下手をするとよけい煽る結果になりそうだ。
アルカネットの記憶が、脳裏に映像として再生されていく。アルカネットの感情が記憶にかぶさり、映像は赤いフィルターがかかったようになっていた。
食堂を通りかかったアルカネットが、席の一角に座る女生徒たちの会話を、偶然耳に止めた。
「リューディアってさ、マジむかつくんだけどぉ」
「あのオンナ、前からイケスカナイよねー」
「男たちからチヤホヤされてさあ。先生にも色目使ってんじゃね」
「ちょっとくらい顔がイイからって、ナマイキなんだよ」
「ねえねえ、街のゴロツキたちに、あのオンナくれてやらない?」
「ああ、それいいアイデアね!」
「めちゃくちゃにしてもらおうよっ!」
「表にでらんないようにしてやるわ」
ベルトルドは胸糞の悪い思いに、頭を横にゆるゆると振ってため息をこぼした。あの女生徒たちが何を企んでいたのか、子供でもおおよその察しはつく。
あんな会話を耳にして、アルカネットが黙っているわけがない。
アルカネットは魔法
学校の建物は、魔法や
怒りに身体を震わせるアルカネットを、ベルトルドは抱き寄せてギュッと抱きしめた。
「よく阻止してくれたな。ありがとう、アルカネット」
「ベルトルド……」
アルカネットの身体の震えが止まり、力が抜けたように、ベルトルドに身体を預けた。
「いずれ、恋人になるんだろ。ひどいことにならず水際で食い止めることができて、良かったじゃないか」
「うん」
「まあ、だけど……ちょっと、やり過ぎだな」
ベルトルドは苦笑すると、アルカネットを優しく見やった。
「うん、ごめん……」
アルカネットは素直に謝る。
本当のアルカネットは優しい子だと、ベルトルドはよく知っている。
「アル、もう大丈夫?」
2人からちょっと距離を置いて、リュリュがもじもじしながら声をかけた。
「大丈夫だよ」
ベルトルドが安心させるように言うと、アルカネットはリュリュに向けて「ごめん」と謝った。
リュリュが安心したように肩の力を抜いたとき、食堂に教師たちが入ってきた。
アルカネットの父イスモと母レンミッキが学校に呼ばれ、ベルトルドが証拠として自らの
女生徒たちの悪巧みは実行されていないため未遂だが、実行されていたら目も当てられなく。また、冗談の域を超えている悪意を含んだ感情が、露骨に見え隠れしていた。
生徒同士の喧嘩――ほぼ一方的な制裁ともとれたが――とし、事情も事情なので、アルカネットは1週間の謹慎処分、ということで一応の決着をつけた。
アルカネットの家のクルーザーでみんな一緒に帰ることになり、アルカネット、リュリュ、レンミッキは、先にクルーザーに乗り込んだ。
「ベルくん」
「はい」
「今日はありがとう。あの子の暴走を止めてくれて」
「いえ、リュリュがすぐ知らせに来てくれたから。それに、俺が現場へ駆けつけた時は、あれ以上女生徒たちを傷つける意思はなかったよ、アルカネットは」
「そうか……」
イスモは息子と同じ色をした髪の毛をかきあげると、とても落ち込んだようにため息をついた。
「ベルくんも知ってるように、あの子はちょっと、感情の起伏が激しいところがある。カッとなったりキレたりするとね。――まだあの子の魔法コントロールが未熟なおかげで、殺すには至らなかったのもあるだろう。なまじOverランクなんてとてつもない力だから、あんなふうにあの子の神経を逆なでするようなことが、またあったらもう……」
イスモは建築
また暴走するようなことがあれば、両親は止めることが難しいし、否、できないだろう。
「おじさん、大丈夫だよ」
ベルトルドはイスモにガッツポーズを作ってみせる。
「俺がずっと、アルカネットを見守っていくから」
「ベルくん…」
「大人になるまで俺がずっと一緒にいて、あいつを守っていくから。だから、安心してよ!」
幼い頃から、こうしてずっと、ベルトルドはアルカネットを守っている。
イスモはそのことを、よく知っていた。
1ヶ月しか年の差がないくせに、いつだって兄貴気取りで。
そのことで、イスモは何度助けられただろう。
アルカネットが魔法
「アルカネットは優しいから、だから大丈夫だよ、おじさん」
ベルトルドは無邪気な笑みをイスモに向けた。
「俺がついてるんだからな!」
イスモは救われたような気持ちで、ベルトルドに信頼を込めて頷いた。
クルーザーに着くと、アルカネットとリュリュは、レンミッキからおやつのクッキーをもらってはしゃいでいた。
「あ、俺も食べたい!」
「ベルトルドちゃんの分もあるわよ」
レンミッキが優しく微笑みながら、手にしていた包み紙を手渡す。
「ありがとう、おばさん」
甲板ではしゃぐアルカネットとリュリュの輪の中に混ざって、ベルトルドも包み紙を開いてクッキーを口に放り込んだ。
「さあ、シャシカラ島へ帰ろう」