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134話:「フリングホルニ、発進!」

 レディトゥス・システムの横に立っていたシ・アティウスは、ベルトルドに一礼した。


「終わりましたか」


 感情の伺えない声で淡々と訊いて、ベルトルドの腕に抱かれているキュッリッキに目を向けた。

 何もかもを諦め切った表情かおをする少女を、シ・アティウスにしては珍しく、痛ましい表情で見つめた。


「うん、準備は整った」

「熱心にはげんでいましたからね」


 半畳を入れるアルカネットに、ベルトルドはムスッと目を向ける。


「名残惜しんでいたんだ、俺は」

「必要以上に愉しまれていたんですか。こんな時に余裕ですね」

「お前まであのな……」


 シ・アティウスにもツッコまれ、ベルトルドは顔をしかめた。


「始めるぞ」


 レディトゥス・システムの台座の上にふわりと飛び乗ると、ベルトルドは腕に抱えていたキュッリッキを超能力サイを使って、抱いたままの姿勢で宙に浮かせる。

 縦に立っている透明な柩のようなケースは、白く淡い光を放ち、表面に波のような模様浮かび上がらせた。

 手にした立体パネルを操作し、シ・アティウスがメガネのブリッジを押し上げる。


「キュッリッキ嬢を中に入れてください」

「判った」


 横たえるように宙に浮いていたキュッリッキを直立姿勢に変えて、ベルトルドはキュッリッキと目線を同じにした。


「リッキー、こんなことになってしまって、本当に済まない。俺を、怨むがいい。そして憎め。……もう二度と会うことはないだろう。愛している、永遠に。それだけは偽りない真実だ」


 しかしキュッリッキは何も言わなかった。何ものにも反応せず、虚ろに開く目も、もう何も見ていなかった。

 キュッリッキからなにか言葉が発せられないか暫く見守っていたが、やがてベルトルドは諦めたように小さく首を振った。そして、キュッリッキの胸元に手をかざす。

 やがて、ゆっくりとした動きでキュッリッキの身体がケースに吸い込まれていく。まるで溶け込むようにケースの中に身体が消えていくと、ケースは一度強く光を放ち、もとの透明なケースに戻った。


「システムの亜空間へキュッリッキ嬢が収まりました。船の全システムと接続開始、レディトゥス・システムの本起動パスワードを」


 シ・アティウスから立体パネルを差し出され、ベルトルドは片手をかざして音声パスワードを入力する。


「”マーニの操に不浄の鍵を、今突き立てんとす”」


《パスワード承認、レディトゥス・システム、起動》


 システムの音声ガイドが告げると、レディトゥス・システムを収めたこの動力部が、瞬時に真っ白な光に包まれる。


「これで、あなたの発進合図でフリングホルニは飛び立ちます」


 パネルを操作しながら淡々と言うと、警告合図が画面の下部で点滅して、シ・アティウスは首をかしげる。


「どうした?」

「リュリュから餞別が送られてきたようですね。船内のエグザイル・システムに多数の侵入者です」

「ほほう」


 ベルトルドは口の端をつり上げて、不敵に微笑んだ。


「リューのやつ、最後まで邪魔をする気だな。全く、あいつが一番粘る」


 協力するフリをして、これまで幾度も邪魔してきていることをベルトルドは判っている。それに、リュリュ自身がそれを隠そうとはしていなかった。

 31年前からこれまでずっと、2人に復讐を辞めるように説得を続けてきたのだ。

 もともと、ライオン傭兵団の後ろ盾になるよう勧めてきたのはリュリュだ。そしてダエヴァを組織して支配下に置くよう便宜を取り計らって、動かしてきたのもリュリュだった。表立ってはいないが、実質、裏のボスといえばリュリュのことである。

 表面だってはベルトルド名義のものも、実際はリュリュがというものが多い。

 それら全てはベルトルドとアルカネットの野望を阻止するか、それによって引き起こされる事態に備える意味合いでもある。

 少しも歩みを止めようとしない2人をなんとかしようと、リュリュなりに奮闘していた結果なのだ。


「送られてきたのはライオンの連中だろう。俺が軽く送り返してくる」

「私が行きます」


 それまでずっと黙っていたアルカネットが、端整な顔に優美な笑みを浮かべた。


「アルケラの巫女を不浄の鍵に出来ましたが、穢は多いほうがいいでしょう。アルケラの門に捧げてやりますよ」


 アルカネットの魔力が昂りだしているのを感じ、ベルトルドは頷いた。


「お前に任せる」


 いっそう優美な笑みを深め、アルカネットは踵を返した。

 去りゆくアルカネットの後ろ姿を見送りながら、シ・アティウスは「大丈夫なんですか?」と呟いた。

 腕を組んだベルトルドは、急に真顔になって小さく頷いた。


「俺たちがこんなに出鱈目に強いのもな、生まれつきそれだけの力を持っていたことに加えて、リューディアのあんな死に様を目にしたからなんだ。あの瞬間から、力が飛躍的に上がったようだ。しばらくはコントロールが難しかったよ」


 抜群のコントロール力を有していたベルトルドですら、己の力の大きさを自在にコントロールすることに苦労を強いられてきた。


「俺もアルカネットも雷を操るのが得意だろ、それもさ。全ては31年前のあの日に狂った。お前も含め巻き込んだ連中には悪いと思うが、もう俺たちは止まらない。壊れると思っていたアルカネットも、別人格ペルソナを被ることでなんとか凌いできたが、もういいだろう。あいつの魔力は甚大だ。もうすぐ神の元へ行けると思って、より昂ぶっている。少し抜かないと、己の魔力に飲み込まれてしまうから」


 だから、とベルトルドは意地の悪い笑みを浮かべた。


「あいつらにはアルカネットの子守をしてもらうさ。航行に支障がない程度にな」

「いくらなんでも、瞬殺されるんじゃないんですか…」

「なあに、リュリュが目をつけた連中だ。1時間くらいは頑張れるだろう。あれでも”オレサマ最強”を自負する連中だからな」

「1時間だけですか……」


 それを長いととるか、短いかいととるかは、アルケラに到達する時間が不明なため何とも言い難い。

 ライオン傭兵団のことを思い悩んでも仕方がない。もう、事態は進んでいるのだ。


「地上はオールグリーン、とは言えませんが、大陸が3分の1は崩壊します。それによって、周辺の海域も、地続きの国にも、多大な影響や損害災害被害が襲いかかるでしょうね」

「それについては、ブルーベル将軍にお願いして押し付けてある。出来る限りのことはしてくれるだろう」


 モナルダ大陸にとっては、最悪な事態が今まさに訪れんとしている。


「では、発進合図をこれに」


 シ・アティウスは手にしていたパネルをベルトルドへ向けた。


(もう、後戻りはできない)


 ベルトルドは腕を組んだままパネルに顔を向けると、いつもの不敵な声音で叫んだ。


「フリングホルニ、発進!」

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