何進は屋根の最も高いところ、棟木の上に立ち上がると、北に向かって衣服を掲げた。
そして、「宏よ、帰れ!」と霊帝の実名を大声で、三度空に向かって呼びかけた。
この儀式を「復」と呼ぶ。天に向かって昇天する魂に呼びかけ、体に戻り、蘇生することを願う儀式である。
何進は呼びかけが終わると、南に向かって、衣服を投げ捨てた。この投げ捨てた衣服は下にいる官吏が受け止める。そして、その衣服を霊帝の体にかけ、魂が体に戻ることを祈るのである。
「しかし、私は蹇碩との争いのために、半日ほど放置してしまった⋯⋯。
もはや、陛下の魂は残っておらんだろうな。無駄なことだ⋯⋯」
何進は棟上で独り言をぼやいた。すぐにこの儀式をやっていれば霊帝は生き返ったのだろうか。そんな答えの出ないことを考えながら、彼は屋根より降りた。
何皇后は「復」を儀式を見届け、霊帝の死を確認した。彼女は司徒の丁宮、司空の劉弘の二人に声かけた。
「どうやら、「復」の儀式は失敗に終わったようです。
陛下はお隠れ遊ばされました」
その言葉を聞き、二人は改めて悲痛な声を上げる。既に覚悟を決めていたこととは言え、皇帝の早すぎる死の衝撃は大きかった。
「なんと! お労しや!」
「あまりの突然のことに、我らは宗廟で祈ることさえ叶いませなんだ。
せめて、御葬儀はしっかりと勤めさせていだだきます」
二人はそう言って、何皇后に頭を下げた。
何皇后はその姿に満足し、二人に命令を出した。
「では、これより皇后権限で詔を下します。
速やかに陛下の大喪に取りかかりなさい」
皇帝が崩御すると、皇后が三公に詔書を出し、葬儀を取り仕切らせるのが決まりであった。
丁宮と劉弘はははーっと言ってこれに応じた。
何皇后は嘉徳殿の西隣にある崇徳殿の奥へと引っ込む。そこで彼女は着ていた曲裾を脱いだ。そして、女官に用意させた白装束と白い幘(帽子)へと着替えた。
この白い服装が当時の喪服である。
何皇后が崇徳殿より出て嘉徳殿に戻ると、既に皇子・劉弁を除く何進以下、全ての者が同じように白い喪服へと着替えていた。
さらに太常以下、葬儀に関わる官吏が皇后からの詔書を受け取ると、続々と寝所へとやってきていた。
さらに洛陽の城門や宮門は全て閉じられ、中黄門・虎賁郎・羽林郎・郎中は武器を携え、各持ち場について警戒に入る。
そして、北軍の五校尉(長水・歩兵・射声・屯騎・越騎)は宮殿の守衛を行う。
その仕事を黄門令・尚書・御史・謁者はその仕事がちゃんと行われているか、昼夜を問わず監視する。
皇后の葬儀の詔が下されると、宮殿全体が厳戒体制に入るのである。
話を嘉徳殿の寝所前に戻す。
「それでは失礼致します」
そう言うと、司徒の丁宮、司空の劉弘は霊帝が眠る寝所へと入っていった。
二人を霊帝の服を脱がし、その遺体に傷が無いことを確認する。
二人は遺体の確認を終えると、若い宦官たちを呼び寄せた。彼ら宦官たちは二人の指揮の下、霊帝の眠る寝台の四方を囲んだ。
「ほら、尹逸、お前は一番若いんだからしっかり持て!」
「は、はい!」
彼ら宦官たちは霊帝の遺体ごと寝台を持ち上げると、寝台を南側に移動させ、霊帝の頭が南へと向くようにした。
移動が終わると、「それでは失礼させていただきます」と言って一人の男が前に進み出てきた。
次に現れたのは、身長八尺(約百八十四センチ)にガッシリとした体格。立派な顎髭を生やした男性であった。
彼は先の太尉を務めていた馬日磾である。太尉罷免後の現在は太常を務めていた。
太常は九卿(九つの大臣)の一つ。礼儀と祭司を司る役職で、葬儀では中心的な役割を果たす。
まず、太常がやる仕事。それは霊帝の遺体に死に化粧を施すことである。
太常には専門知識を持った部下が多くついている。だが、馬日磾自身も学者である。彼は自身の豊富な知識を生かし、的確に支持を出していく。
この時、死に化粧の他、遺体が死後硬直で固定される前に器具を取り付ける。口が閉じないように匙を咥えさせ、後に沓を履かせるために足が曲がらないよう几(脇息)を添えて縛り付ける。
「うむ、ずいぶん体が硬くなっているな。
陛下は本当に先程お隠れになられたのか?」
馬日磾は思わず疑問が口から溢れた。
「馬太常、速やかに仕事を行いなさい」
馬日磾は、何皇后に注意され、強引に器具を取り付けた。幸いにも口が開き、足が伸びた状態であったので、取り付けることができた。
さらに馬日磾は、霊帝の右側に脯、醢、酒を供えた。
そして彼は霊帝の身体を清めるため、沐浴の準備を始める。
「子が親の裸を見るのは礼に反します。皇子らのお目に触れないようにしなければなりません。
まずは陛下の周囲を帷で囲いなさい」
霊帝の寝台の周りが帷で覆われていく。沐浴のために霊帝の服を脱がさねばならない。いくら遺体とはいえ、皇帝の裸を周囲に晒すのもよろしくない。
さらにその帷の中に、盆に満たされた大粱のとぎ汁とお湯が運び込まていく。
「崩御されたからといって、その沐浴まで特別なことをする必要はない。
生前と同じようにとぎ汁で髪を洗い、布を湯に浸して御身体を拭くのです」
馬日磾の指揮の下、女官たちによって霊帝の身体は清められていく。清め終わると、髪を束ね、顔に布をかぶせる。
「さて、私たちの役目は一段落しました。
後は守宮令、頼みましたよ」
「は、はい!
守宮令に就任早々、このような大役を務めることになるとは⋯⋯。
全力で取り組ませていただきます」
ここで仕事は太常から守宮令に引き継がれる。
守宮令は本来は皇帝の使用する紙、筆、墨。さらに尚書の使用する物品を用意するのが役目である。
しかし、皇帝が崩御すると葬儀に使われる棺や器具の製作・管理を担当する東園匠の役目も兼任し、女官を指揮して遺体の服飾を担当する。
この仕事を受け持つ守宮令は、この春に着任したばかりの新人であった。
新人の年齢は二十七歳。背はスラリと高い。気品が漂い、名家の子弟であることを窺わせる。整った顔立ちには、まだ世の荒々しさを知らぬ幼さが残り、肌の白さは書物と向き合う日々を映し出すかのようであった。細い眉の下、目は穏やかながら強い光を秘め、彼の奥底に眠る鋭い智性を覗かせていた。
青年は着任早々の思わぬ大役に、緊張を隠せないでいる。だが、彼の知識もまた豊富で、女官たちへの指揮は的確であった。その仕事ぶりは熟練の馬日磾にも引けを取らないもので、彼の姿は既に高雅な風采を湛えていた。
「陛下のお召しになられる衣裳は生前と同じように着させてください。
ただし、上衣は左前に着せてください」
女官たちの手によって霊帝には赤い衣裳が着せられた。耳には黄色い綿が詰められ、頭には冠の代わりに白絹が巻かれ、足には先程つけられた几が外され、沓が履かされた。
「死者には空腹で困らないように、口の中に穀物を含ませるのが習わしです。
ですが、皇帝の場合は、口に玉(ヒスイ)を含ませます。
そして、緹繒をかぶせてください」
霊帝の口の中から、先ほど馬日磾が入れた匙が抜き取られ、代わりに蝉の形に象られた玉(ヒスイ)が入れられた。そして、緹繒と呼ばれる赤い布で全身を覆われた。
さらに、その赤い布の上から金縷玉衣が着せられた。これは無数の玉(ヒスイ)のプレートを金の糸で縫い合わせた鎧のような服である。
「これで大凡は終わりました。
最後に氷の準備をお願いします」
人一人が十分入るような大きくて四角い盤の上に盛られた氷が運ばれてきた。これは寝台の下に入れられる。この氷を入れるのは遺体の腐敗防止のためである。冬の寒い時期でもない限りはこの氷が入れられる。
これにて葬儀初日に行われる儀式はほぼ終わりである。
「これで私の役目は終わりました。ひとまず失礼させていただきます」
青年は使い終わった器具をまとめ、捨てに行くために帷より外に出た。
《続く》