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第四話 お嬢様に触らないでいただきますでしょうか。

 翌日。


「ごきげんよう、エリィ・パール。先日はどうもレイナ・ローグでございます」


 私は学園にてエリィ女史に声をかけました。


「なんであんたが私の名前知ってんのよ……私あんた嫌いだから話しかけないでくれる?」


 中庭のベンチから立ちあがることもなく、サンドイッチを食べる手も止めずに彼女はそう返した。


 ひ、非常識過ぎる……っ。


 常識が違いすぎて目眩めまいがしてきます……、怒りとかそういったものではなく驚きと……恐怖でしょうか。


 本当にこの方と価値観をり合わせて会話が成立するのかどうか不安で怖い。

 ご先祖様もこんな気持ちだったのでしょうか……、当時のローグ侯爵の気苦労をまさか私が体感することになるなんて……。


「……先日のお話は失礼いたしました。環境や常識の差についてやや公平性を欠いておりました。お許し頂けると幸いです」


 動揺を悟られないように、真摯しんしに先日の件を謝罪する。


「…………」


 私の謝罪を無視してエリィ女史はサンドイッチをかじる。


 ……ええ、良いでしょう。ならば私も勝手に続けましょう。


「お食事中に失礼いたしました。お食事といえば環境が違えば食の文化も違いますわよね。私のお爺様が住む地域では珍しい料理もあるようです。少し距離が離れるだけでまるで異なった文化があったりして、そういえば遠い遠い……こことは異なった場所にとても美味しいと言われる――」


 私はなるべく自然に世間話のように。


。らあめんという料理をご存知かしら?」


 それを言った。


 らあめん。

 異世界転生者保護法を作った当時のローグ侯爵が出会った異世界転生者が語った異世界の料理。


 小麦粉を伸ばした麺を茹でて、スープに絡めて具材を乗せたものらしいですが。

 これは当時スープの材料にあたるしょうゆやみその再現にいたらず凍結し、世に出回らなかったもの。


 異世界ではかなりポピュラーなものらしい。


 私には特別な何かはない。

 法関連の知識と優秀過ぎる執事、それと。


 


 それに記載のある内容の中にはローグ侯爵家の者しか閲覧できない、公開されていない異世界に関する情報。


 つまりこれに反応したのであれば、薄いですがエリィ女史が異世界転生者であるという根拠としても良いでしょう。


「……らあめん……ラーメン? それって――」


「やあ、待たせたね。エリィ」


 エリィ女史の言葉をさえぎるように男子生徒が割り込んでくる。


「すみませんね。彼女は僕との先約がありまして、それでは失礼」


 そう言ってエリィ女史の手をとって去ろうとするので。


「お待ちなさい」


 私は咄嗟とっさに引き留める。


 ええっと、どうしましょう。根本的に私は小心者なので、下級生とは言え殿方に強く出るのは単純に怖い。

 でもせっかくのエリィ女史からお話を聞く機会を……ううう、とりあえず普通に対応するしかない。


「……名乗りなさい、私は上級生ですのよ」


 私は怖がっているのに気づかれないように、扇子で口元を隠して声色もなるべく落ち着いた風に要求する。


「これは失礼。僕はランドール伯爵家のゴルト・ランドールです」


 少し笑みを浮かべながら様子でランドール家子息は名乗る。


 ランドール伯爵家……、やはり報告にあった技術革新推進派貴族の一角ですね。


「私は高等部二年、ローグ侯爵家のレイナ・ローグです」


 私は名乗り返す。


「それではレイナ先輩、僕らはこれで――」


「私はと言いました」


 去ろうとする二人をさらに立ちふさがるように引き留める。


 ああもう、とりあえず。


「私は彼女とお話をしておりました。それをさえぎるとはどういうことですか?」


 私は思ったことを素直に言うことにする。


「彼女、エリィ女史は高等部からの入学なので礼儀作法にまだうといことは容認できますし、それで問題はございません。しかし貴方は違いますでしょう」


 しっかり目を見て、真摯しんしに続ける。


「貴方は中等部までに礼儀作法を習得しているはずです。故に容認はいたしかねます。貴方と彼女を同じように容認するのは公平性に欠けるでしょう」


 と、私の主張を締めくくる。


 なにやら最近やたらと私は礼儀作法について語っているような……、本来これは語るまでもないこの学園では当然のことなのですが……。


 だからこそ私はこのゴルト・ランドールの態度を上級生として容認できないのです。


「ふっ……、いや失礼。確かにその通りですね、まあそんな古い考えでも主張をすること自体は自由ですからね。申し訳ございませんでした、さあどいてくださいよ」


 やや呆れながらゴルト・ランドールはそう言って私を押しのけるように手を伸ばした。


 その時。


「……お嬢様に触らないでいただきますでしょうか?」


 地面を焦がす勢いで突然現れた私の愛すべき執事ディーンは、ゴルト・ランドールの腕を掴んでそう言った。


 学園では貴族子息令嬢が自身の執事を同行させることがあります。

 もちろん学園で許可もされていますが、私は普段送り迎え以外ディーンと同行していません。

 ディーンもディーンで日中の時間には別の仕事があるのです。


 でも小心者の私は、無理を言って今日だけ学園に同行を頼んでいたのでした。


「……なっ、なんだ君は! 離し、痛っ、ちょ……離せ、このチビ!」


 ゴルト・ランドールは電光石火で現れたディーンに驚き、やや遅れて掴まれた手をがそうと足掻あがく。 


「貴方はお嬢様に対して無礼な態度を取られ、さらにはお身体に触れようといたしました。危険性がないと判断出来るまで拘束は解きません。ご了承下さい」


 じたばたと動くゴルト・ランドールに全く動じることもなくディーンはそう返す。


 ディーンの執事としての仕事の中には、私の警護も含まれています。

 この状況であれば、ディーンがこう動くのは当然のことです。


「わかったわかったわかったから! 謝るすまなかった! だから離して、離してください!」


 ゴルト・ランドールはまくし立てるように、謝罪をべる。


 謝罪を求めたのではなく、危険性がない旨の確認だったのですが……、痛そうですし離して差し上げないと。

 私がディーンに拘束を解くように言おうとしたのと同時。


「や、やめなさいよ!」


 声を荒げてエリィ女史はディーンを突き飛ばそうとする。


 ディーンは咄嗟とっさに手を離し、自ら後ろに飛ぶようにエリィ女史の突き飛ばしを柔らかく受ける。


 素晴らしい判断です。

 ディーンの体幹の強さでは、突き飛ばそうとしたエリィ女史を逆に怪我させてしまう可能性があります。

 女性に怪我をさせない紳士的な対応で、異世界転生者保護法に遵守じゅんしゅした行動です。


 思わず笑みが零れてしまいます。

 ディーンは本当に優秀が過ぎる……、私には勿体ないくらいに。


「態度が気に入らないってだけで、執事を使って暴力を振るって謝らせてニヤニヤ笑って……っ、あんたは最低最悪の貴族令嬢よ」


 怒り心頭でにらむようにエリィ女史は私に言う。


 謝罪は要求していなかったのですが……。

 でも少しエリィ女史の言動に耐性が出来てきたように思います。

 とても目の前のことに真っ直ぐで可愛いとも思えてきました。


「何が気に入らないのか知らないけど、もう私に関わらないで!」


 声を張り上げてエリィ女史は、ゴルト・ランドールを連れて去っていった。


 ああ、もう。


「ぜんっぜん、上手くいかない…………」


 放課後、私は自室にて頭を抱える。


 こんなにも噛み合わないものなのですか……、でも正直ゴルト・ランドールの行動は軽率すぎました。

 もしあのまま彼が私に触れ、私がバランスを崩して尻もちでも着いたら法的に裁かれるところまで話が大きくなってしまうことだって考えられるのです。


 司法関連にたずさわるローグ侯爵家が、違法を見逃すというのは絶対に出来ないのですから。


 故に、ディーンの行動はゴルト・ランドールを助けたことにも繋がる最適解だったのですが……。


 まあそれは仕方ないとして。

 一応収穫はありました。


 らあめんの件で、見事に反応を見せていただきました。


 私は文字媒体でしか、らあめんを知りません。

 故に正しい発音もわからない。


 でも、エリィ女史は私のべたらあめんの発音を変えて復唱してみせた。


 らあめん、いやラーメンと言っていましたか。

 相変わらず物的証拠というわけではないのだけれども、正当性を書式通りにまとめれば捜査機関を動かすことが出来る程度の収穫です。


 一旦これで私は引いて、捜査機関に任せてしまえば良いのですが。

 念の為引き続き調査を行っていたディーンから、何やらを受けました。


 次の休日、つまりは明日ですね。

 ランドール伯爵家にて、同派閥の貴族家二つとの合同で会談が行われるとのこと。


 そこには各家の子息三名と、エリィ女史も呼ばれているらしい。

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