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第四話 騎士ディーン・プラティナ。

 す、数万人……? お嬢様の仲介を起因としてそんな規模のことが起こるって、僕の理解出来うる範疇はんちゅうを超えている。


 異世界の価値観でも、お嬢様は常軌じょうきいっした人物だったのだろう。

 それなら合点はいく、このトラブル処理能力の高さは、人と人を繋ぐ……くっつける日々においては当然のことだったのだから。


「まあそんなことをしていた頃を思い出して今を生きている今の私も、今の価値観でかつての私の行動は悪いことだと認識しているし我ながらちょっと引いてる」


 驚愕して開いた口がふさがらない僕へ付け加えるように続けて。


「でも完全に失意のどん底だった私にとって、常に何かがあった、かつての悪しき記憶は良い起爆剤になった。善悪や正誤は置いといて事態を好転させたのだから悪くないでしょう」


 お嬢様は少し悲しい笑顔で言い。


「はい、おっしゃる通りでございます。ジュリエッタ様」


 僕は即答する。


 その通りだ。


 そもそも僕は善悪だとか正誤だとか、そんなくだらねえしょうもねえもんがお嬢様に関係がないと思っている。


 元気に能動的に、笑顔を浮かべて活動している。

 それが全てだ。


 例えお嬢様の前世が世界を混乱におとしいれた極悪人だったとして、これからお嬢様がこの世界でも悪だと世が糾弾きゅうだんしたとしても。


 僕だけはお嬢様の味方だ。


 僕はお嬢様の執事なのだ。

 お嬢様が悪役令嬢と呼ばれようが、僕は執事なんだよ。

 仕えて応えて使われる、それが僕だ。


 ただ村で一番若い黒帯だっただけの学もない孤児を優秀だと引き入れくれたディアマンテ伯爵家に対する恩がある。


 僕を執事として信頼して評価してくださっているお嬢様を、尊敬している。

 お嬢様が立ち上がると言うのなら、支えるのが僕であり、僕の人生なんだ。


 そこからお嬢様から詳細な逃走や金策のプランを聞いた。


 新聞の記事から国軍や捜査機関の動きを推測し、その隙間をうように行動を起こしていくらしい。


 金策はやはり、お嬢様が持つ異世界の知識を必要としている者に金銭や安全を対価に与えるというものだ。

 金はあるが知識のない者や野心はあるが武器のない者に、知識という武器を持つが追われる身の異世界転生者という、お嬢様自身を繋げる。

 故に人の多い王都からは出ずに、潜伏を続けて繋がる人間の選定を行う方針で行くらしい。


 その間に予想外のトラブルが起こると予想されるので、僕はそういったトラブルを対処していかなくてはならない。


 まあ僕の頭で考えたところで危機察知なんてことは出来ない、せいぜい現れたお嬢様への脅威をしばらく立てなくなる程度に転がしてやることくらいだろう。


 とりあえず僕はこの日から、回復するのに十分な睡眠を得た。脇腹の痛みも引き、お嬢様の喫煙とセクシャルなジョークに慣れてきた頃。

 いや、強がった。セクシャルなジョークには慣れていない、全然ドキドキしてしまう。ごめんなさい。


 次の隠れ家に見当をつけ、金策についての目処もおおよそつけた。


 お嬢様は新聞や、町のゴロツキや娼婦からの世情の聞き込みをしたり。何に使うかわからないけど買ってきたもので夜な夜な何かを作っていたりした。


 想定よりも大分早い、準備が出来次第動き出すことになるだろう。荷物も二人でトランクケース一つにまとめているので身軽なものだ。


 順調、珍しく悪くない流れだ。


 でも。


 いつだってトラブルは良い流れの時に限って突然やってくる。


 事態を悪化させるのがトラブルなのだ、最悪の時には起こりえない。上がるから下がる、山あり谷あり。


 つまり。

 そいつは突然現れた。


「……ジュリエッタ・ディアマンテ、それと執事クロガネ・ノワールだな」


 開かれた窓から、窓枠に指と足を掛けてこちらを覗き込むように、そいつは言った。


 男……だが若い、お嬢様と変わらないだろう。

 僕より頭一つほど小柄で身綺麗なよそおい。

 手には小柄な体躯たいくに合わせたような三尺ほどの短槍たんそう

 槍にしてはかなり短いが振るには扱いやすく、リーチの短さをカバーするには十分だ。


 確実にこいつは何かを使うやつだ。

 というかここは二階だぞ、簡単に登れるような作りでもない。そういう建物を選んでいる。


 何者なんだ……?


「国家指定正規騎士団所属、ディーン・プラティナ。私が来た理由に説明は…………いらないな?」


 僕の疑問を即座に解決するように、そいつ。

 騎士ディーン・プラティナとやらは名乗った。


「……いいえ、説明を求めるわ。たかが世間知らずの小娘とただの執事二人の逃走犯ごときに、騎士様が出てくる理由がわからないの。お願いできるかしら?」


 ふてぶてしく、煙草をくゆらせながらお嬢様は騎士へと返す。

 流石お嬢様……、この状況にも動じていない。


 国家指定正規騎士団。


 あまり詳しくはないが、国軍や捜査機関とはまた別の組織だ。


 国軍が国民の安全を守り治安維持などを行う組織で、捜査機関が犯罪関連の立件や確保を行う組織だとすれば。

 騎士団は国家的な危機、国内外問わず国政や国家の存亡に関わるような出来事の解決を目的とした特殊部隊だ。


 確かにそんな特殊部隊が、僕らを捕まえにくるのはおかしい。

 僕らの捜索は捜査機関が、戦闘が想定されるのなら国軍が対応するはずだ。


 国家的な危機を及ぼすようなことを起こしうると思われているのか……? 僕らは。


「ああ、その通り。ただの逃走犯であれば騎士は動かない、だが君たちは常軌を逸している」


 完全に窓から部屋に入り込んだ騎士は冷静にお嬢様へと答え始める。


「国軍並びに捜査機関から半年間も、それも王都から出ずに逃げ続けるのは普通じゃあない。半年の間に君たちは三十名以上の追手を返り討ちにして、内五名は復帰が難しい状態。さらに正確な数は把握出来ていないが、裏のゴロツキ共も相当数やられている。端的に言って異常だ」


 堂々と騎士は語る。


 なるほどね。頑張って逃げ回ってきたんだけど……、頑張りすぎたのかぁぁぁ……。


「ただの小娘と元執事がそんなことを出来るわけがない。故に私はを立て、それを確認するために単独で君たちを捜索していた」


 ただよう煙草の煙を軽く手で払いながら、淡々と語り終えた。


「単独……、それにしては早過ぎないかしら? ここを突き止めるのにはもう少し時間がかかると踏んでいたのだけれども、騎士の方というのは捜査力も凄まじいのですね」


 ゆっくりと立ち上がり、煙を遠ざけるような位置に移動しながらお嬢様は騎士に問う。


「いやこれはたまたまだよ。たまたま捜査機関の手が届いていない地域から、たまたまこの町に立ち寄って、たまたま絡まれたゴロツキ共を制圧したら、たまたま君たちについての情報を持っていた。それだけだ」


 騎士は離れてくれたお嬢様に向かって軽く手を挙げて応えながら返す。


 たまたま……、謙遜けんそんというより皮肉だろう。


 一応この拠点は偶然だけどお嬢様が手放しで褒め称えるほど良い場所だったはずだ。

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