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第五話 騎士が脅威を見逃すことはない。

 それを一人で、気になったから見つけてみましたってか。ふざけんな。


 それにこの騎士……、多分めちゃくちゃ強いぞ。さっきから手に持った槍の先がぴくりとも動かない。

 体幹、軸にぶれがないし精神的にも平坦というか、心がいでいる。


 どれだけ鍛えたらああなるんだ? こんなの村の師範たちの中でも一握りの到達点だ。


 お嬢様が喫煙を続けようが、部屋の中を歩こうが気にも留めていない。

 この間合いであれば、何が起ころうが制圧出来ると確信している。


 油断とか慢心まんしんではなく、鍛錬と経験に裏打ちされた確信なんだ。

 こんな若者がどうやったら……、いやもしかしたら若いように見えてめちゃくちゃ歳食ってんのかもしれない。

 まあどちらにしても化物だ。


 つまり僕は今から、そんな化物を相手にお嬢様を護りつつ逃げ切らなくてはならない。


「……なるほどね、騎士様のお眼鏡にかなうにいたったとやらが何かは気になるところだけど。まあ何であろうと騎士様は私たちを捕らえるのですよね?」


 お嬢様はトランクケースの持ち手に指をかけながら、不敵に、不適な笑みを浮かべて問う。


「無論、騎士が脅威を見逃すことはないさ」


「でしょうね」


 騎士の答えに間髪入れず、お嬢様はそう言いながら吸っていた火のついた煙草を親指と中指で弾いて騎士の顔目掛け飛ばす。


 意表を突くというか、きょをつく行動。

 思った以上に飛ぶしなかなかのコントロール。


 だが、騎士は微塵みじんも驚かずに軸ごと最小限の動きで煙草をかわして、かわした動きがそのまま踏み込みに直結し、迷いも躊躇ためらいもなく短槍たんそうを鋭く突き、お嬢様を狙う。


 同時に僕は半身はんみで間合いを潰し、やや捨て身気味で短槍たんそうを掴む。


 掴んだ瞬間に力の流れの通りに、円の動きで崩そうとしたところで、騎士は短槍たんそうを手放す。


 流石過ぎる、普通ここで武器を手放す選択するなんてことはしないし出来ない。


 だが騎士は、武器に居着いつくことを嫌い、執着しゅうちゃくせずに手放した。反応と対応が速すぎる。


 でも僕は驚かない、そのくらいのことはしてくると想定していた。

 僕の合気道は杖術じょうじゅつの稽古も行う、つまりこの短槍たんそうを持て余すことはない。


 そのまま奪った短槍たんそうの石突き部分で、突き返す。


 騎士は突きをかわしながら、かわした足捌きから一挙動で三日月蹴りで半身はんみの僕の水月すいげつを狙って来たのでそのまま突っ込むように距離をさらに詰めて打点をずらす。


 しかし想像以上の威力に体勢が崩れるので蹴りの力の終着点に受け身を取って転がり、蹴り足に腕をかけて返し技を狙ったが荒く短槍たんそうを掴んで引っ張られた。


 腕力勝負での勝ち目は無いことを悟り、こちらも居着いつかないよう短槍たんそうを離しながら相手の引く力に合わせて蹴り足を押し込んで軸ごと崩そうと試みるも、反応し騎士は自ら後ろに飛ぼうとするのでさらに押し込んで投げ捨てた。


 騎士は自らの勢いで壁に叩きつけられた。


 攻防としては五分、いや三日月蹴りを貰った分ダメージ的にはやや僕の劣勢か。


 しかし、この攻防でお嬢様が退室する時間は稼げた。


「…………なるほど」


 騎士は僕を見ながらつぶやく。


 とりあえず僕が合気道を使うというのは完全に把握されたようだ。


 僕が生まれ半生を過ごした村は、老若男女もれなく合気道を稽古する。

 大昔にいた異世界転生者が村に伝え、盗賊などの脅威から自身を護れるようになったことから今でも村では住人が自身や家族を護れるように合気道を学ぶ。


 練度の違いはあれど、合気道は僕らにとって子供の頃から当たり前に覚える身体操作だ。


 練度の高い者は国軍や騎士団に所属することもある。

 故にこの騎士は多少なりとも合気道を知っているのだろう。


 だが僕はまだこの騎士が何を使うのか、短槍使いってこと以外に見当をつけられていない。

 異常な体幹と粘り腰、良すぎる反応と対応力、速すぎる踏み込みと突き、的確な技のキレ。


 いや何を使うとか関係ないか。

 何使いだろうと卓越たくえつした技量がある化物だ。基本的に劣勢だし、僕の合気道は受けに対して先んじることをしない。


 力の流れを受け入れて、終着点で安全に着地をして返す。


 どこまでやれるかわからないが、この騎士はここに釘付けにしてお嬢様の逃走時間を稼いで良きところで僕も騎士をいてお嬢様と合流する。


 さあ来い、転がしてやるよ。


 扉を背に半身はんみに構え、出口をふさぐ。

 それを見た騎士は、当たり前のように、さも当然かのように。


 くるりと回って、窓から跳んだ。


 な……っ! 馬鹿野郎、状況判断速すぎるだろ。

 僕も間合いを詰めるように、続いて窓から跳ぶ。


 空中で騎士の腕を掴もうとするも、ギリギリ届かずに着地する。

 騎士は着地の衝撃を軸を崩さず体内の重心移動で逃がして、びたりと止まる。


 僕は着地の衝撃を前受け身で転がって逃がし、勢いのまま騎士に低く接近して腕を掴む。


 流石の反応速度で騎士は腕を引こうとする、つまり重心が後ろに下がる。

 凄まじい反応速度ではあるが、対応速度が速すぎるのは合気道家相手に決して良いことだけではない。


 重心が後ろに寄ったのなら、片手で引いた腕を押し込みながらもう一方の手で重心が乗った足を掴んで引いて崩す。


 反応させて、相手に重心移動を誘発させて、崩しに繋げて、円の動きで。


 


 これは合気上げの応用というか変則というか、まあ力の流れに従ったらこうなった。


 騎士が背中から地面に叩きつけられたのとほぼ同時に、建物からトランクケースを持ったお嬢様が駆け出して行った。


 一目散どころか一目もこちらを見ずに視界の端で僕らをとらえ、走りながら状況を把握して全く速度を緩めることなくそのまま駆けて行った。


 いやはや普通なら驚いたりするものだと思うが、お嬢様は前世でかなり場馴れしているようだ。


 騎士は背中を痛打しつつも倒れた体勢から短槍を僕の首に向けて振る。

 やはり対応速度が速い、このまま組み伏せて手足をめてへし折ってしまいたかったがそう易々やすやすと拘束させてはくれない。


 だがまあ、お嬢様の進行方向と騎士の間に割って入る位置取りは出来たので及第点だ。


 騎士はぐるんと回るように起き上がり一瞬で立ち位置から状況を理解し、突破のために細かく素早く的確に短槍で連続の突きをしながらじりじりと迫る。


 面の圧力で下がらされる。下手に左右へと回るとお嬢様の方へと駆け抜けられるために、間合いから外れるには下がるしかない。


 下がりながら、見る。

 隙間を狙って間合いを詰める以外に出来ることはない。


 異世界転生者が村に伝えた合気道は、長い時を経て幾つもの流派に派生した。

 自身と相手の意識や感覚による身体的影響を駆使することに特化したものや、柔らかさによる反射を起こさせない技運びに特化したものなど、合気道における大事な部分に磨きをかけるように派生した。


 僕が使う合気道は異世界ではどうだか知らないが村における本流、つまりオリジナルの流れを汲む。


 大きな動きで稽古をして流れに応じて小さく細かく安全にさばく、柔らかさと円の動きと重心移動で互いの力を一点集中させ着地点に流れを収束、反射と反応を引きしだして崩して投げてめる。


 冗談抜きで、丸一日転がされるだけの日も珍しくないくらいに徹底して流れを感じて流れに応じた受け身を取れるように稽古をし続けてきた。


 そうやって原理原則によって身体を操り、理合に沿って技を繰り出す。


 まあ孤児の僕が村で生きるには道場の内弟子として誰よりも真摯に合気道をやるしかなかっただけなのだけれども。


 なんてことに思考を割ける程度には落ち着けたし、見えた。


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