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第六話 逃げ場はない。

 鋭く厳しい突きの隙間に入身で間合いを潰し。


 短刀取り、つまり五教ごきょうの要領で短槍を掴み上げる。

 そのまま杖術の操作で足掛けを狙うが、騎士は短槍ごと僕を弾き飛ばすように押し出す。

 短槍に居着いつかないように離し、力の流れを下に逃がすように受け身で転がりつつ立ち上がりと同時に腕を掴む。

 接触した点に力を収束、つまり四教よんきょうの形で腕から崩そうとしたところで騎士は反応し振り払おうと腕を振る。

 その反応に追従するように回転受け身で、伸びた腕に腕ひしぎでめる。


「いぎ……っ、がああああ――――――ッ!」


 逆肘で腕をへし折る寸前に騎士は雄叫びを上げて、単純な腕力とは違う何か特殊な身体操作から生まれる流れを無視するような過剰な力で、固めた腕を無理矢理曲げて引き寄せ僕の腹に膝蹴りを刺す。


「ぐっぼ……っ」


 臓物まで突き抜ける膝蹴りを喰らい、僕は飛ばされる。


 飛ばされた勢いを受け身で流し、呼吸にてダメージを抜こうとするがかなり効いた。


 脂汗がにじむが心は平らに、再び僕は騎士に半身で構える。


「…………驚いた。貴様は私の師、ヴァイオレット・キッドマンに匹敵する。まさかここまでの使い手だったとは……、私の仮説は間違っていたのかもしれない。


 逆肘で壊されかけた腕のダメージを確認するように手指しゅしを握っては広げながら、騎士はそんなことを言う。


「……思考更新、脅威の順位を変更する。脅威はクロガネ・ノワール、貴様だ」


 ぽつりと、独り言のように漏らして騎士は静かに構える。


「殺す気でいく、捕らえたいから死ぬなよ。


 そう言って騎士は肌がひりつく程の殺気を帯びて。


 


 同時に目の前に短槍の刃が現れる。


 咄嗟とっさかわすが頬にかすめ、髪を切り飛ばした。

 はっええ、なんだこいつマジかよ、捕らえてえなら殺す気でくるな馬鹿、死んでしまうぞ。


 反射的に短槍に追従するように間合いを詰めながら、短槍を振らせないようにふところに入る。


 が、踏み込みに合わせて前脚の膝を蹴られる。


 蹴り抜かれる寸前で重心を後ろ脚に移して流す。あっぶねえ、今の蹴り抜かれていたら膝からへし折られていた。


 蹴られた勢いのまま前脚を下げて、構えを反転、そのまま回転入身で短槍を掴む。


 掴んだ瞬間に、重さが消える。またも手放された。


 やはりこいつは武器に固執こしつしない、執着しなさすぎる。強みではあるが武器を奪われた事実には変わりない。


 このアドバンテージを活かす為、奪い返されないようにこの短槍を使った杖術じょうじゅつメインの戦法に移行する。


 距離を離して、僕が短槍を構える。


「欲しいならくれてやる、大事に使え」


 騎士は構えた僕に対して、素手で構え直して飛び込んでくる。


 脚にかけてすくって転ばそうと低く突いて迎え討とうとするが、軸ごとずらしながら鋭く間合いを潰される。


 短槍を回して遮蔽しゃへいにしながら下がろうとしたが、細かく右脇腹、左頬、水月すいげつと叩かれ、金的に蹴りが来そうになったのを辛うじて短槍で防いで距離をとる。


 痛え……っ、くっそ、残るように打ってきやがる流しきれねえじゃねえか。


 あー、わかった。

 こいつ短槍使いじゃあない。

 なんの武術かまではわからないけど、本来こいつは無手むての達人なんだ。


 人間は武器を持っていた方が単純に強くなる。

 だから短槍を奪われたこいつは、さっきより相対的には弱くなってなきゃならねえ。


 でもこいつは素手の方が練度が高い、武器の強みが引かれても素手が弱みにならないくらいに何かの達人なんだ。


 くっそ、だったら僕も素手で相手をしたい。

 杖術 じょうじゅつは一番得意なものでもない、まだ無手同士の方が接触が生まれるのでまだ噛み合うと思う。


 でもこんな化物相手に素手で立ち向かえるように僕は出来ちゃあいない。


 故に。


 粗く短槍を振って、僕は自ら後ろに飛んで。


「やっぱりいらねえよっ!」


 上ずりながらそう叫んで、短槍を騎士に向かってぶん投げる。


 騎士は当たり前のように短槍をキャッチしてくるりと回して構えるが。


 その間に僕は思いっきり背を向けて、全速力で逃走する。

 僕の合気道は護身、つまりは身を護ることを目的としている。

 まあもっといえば自然との調和とか世界平和への貢献とかあるんだけど、簡単にいえば大事なものを守ってみんなで健康に過ごしましょうってことだ。


 さばくのも投げるのもめるのも、全ては安全を手にする為の行動でしかない。

 この化物騎士相手に一番安全な策は、戦わないことだ。


 人によっては逃げることは恥じるべきこととするんだろうが、合気道は相手を叩きのめすものでもない。お嬢様とお嬢様を護る僕自身が護れるのなら何でも良い。


 この騎士はお嬢様ではなく僕を優先的に狙うと言っていた。お嬢様が狙われているのなら粉骨砕身ふんこつさいしん全身全霊をもってこの騎士を転がしてめて手足をへし折ってやろうと思うけど、今の狙いは僕だ。


 なら逃げる、こいつをいてお嬢様と合流する。


 良し、やはり追ってくるか…………ってはっええ。


 嘘だろ? 僕もまあまあ足は遅くないと思っていたけど、速すぎるだろう。

 ただ、この裏町の地理はお嬢様に言われて叩き込んである。


 分岐や路地、高低差、様々を利用しながら逃走を続け。


 そして。


「…………はぁ――――――――――……っ、はぁ――――――っ」


 僕は廃屋に身を隠して、壁に寄りかかりずりずりと腰を落としながら大きく息をする。


 疲れた、ギリギリけた。

 想像以上に時間は掛かったけど、やっとこさくことに成功した。


 いやはやマジに、騎士ってのはどうなっているんだ。

 途中路地に転がってた大樽を投げつけてきやがったり、塀やら窓枠やらに手をかけてなんとか屋根に逃げたら三角飛び一発で登ってきたし、なんか壁も走ってた気もする。


 それを無茶な飛び降りからの受け身でなんとか逃げ切った。


 とりあえずここで少し休んでから、あの化物騎士が国軍やらを呼んで包囲網を張る前にさっさとお嬢様と移動しないと。


 あー気を抜いたらめちゃくちゃ身体痛くなってきた……ちくしょーいってえ……。

 冷静に考えてもあの騎士……ディーン・プラティナとか言ったか……僕もまだまだ若者の枠組みに入るはずだけど、僕よりもさらに若くあの練度ってどんだけ才能があって鍛錬を積んだんだ。


 孤児だった僕が村で生きるには、道場で内弟子として下働きをしながら、誰よりも真摯に合気道を修練する以外に選択肢がなかった。

 だから僕は村で誰よりも早く黒帯を得て六段になり、それを見込まれディアマンテ家に拾われた。護衛の出来る執事としては合気道家はぴったりだった。


 あの騎士ディーンとやらは何をモチベーションに、化物に至るまでの鍛錬を行ったんだ……?


 …………いや、考えてもわからないし誰だって何かある。もう二度と会いたくもないし会わないだろうから知ることもない。考えても仕方がない。言うほど興味もない。


 無駄なことを考えている間に、息は整った。

 早急さっきゅうにお嬢様と合流しよう、心神喪失から脱したとは言え一人にするのは心配だ。


 思考を切り替え、僕はゆっくりと立ち上が――。


「い……っ、ぎあ⁉」


 脇腹に激痛が走り、反射的に転がる。


 その際に見た。

 やたら見覚えのある短槍が壁を穿いて、刃先を僕の血で赤くしているのを。


 間髪入れずに、短槍が突き出た壁を蹴り破り。

 化物騎士ディーン・プラティナが鬼の形相ぎょうそうで現れた。


 驚きというより、ただただ恐怖でしかない。

 長らく放置されたボロの土壁だ、確かに奴の鋭い突きなら壁越しに貫くことも蹴破ることも容易たやすいだろう。

 でもやるか? しかもここ二階だぞ? なんでこいつ当たり前に高低差を無視すんだ馬鹿なのか?


 痛みと恐怖で思考がまとまらない。

 でも一つ、確実に言えるのは。


 もう僕に逃げ場はないということだ。



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