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第七話 この世界はどうして僕たちに厳しいんだ。

 奇襲というか強襲きょうしゅうできた騎士は、当然挨拶も容赦もなく攻め立てる。


 多少なりと回復が出来ていて助かったが、腹の傷ははらわたには届いてないが浅くない。一撃で危機感を身体中にめぐらすことは出来たが痛すぎる代償だ。


 痛みをこらえながら、踏み込みと動き終わりを狙って掴みかかる動きを見せて牽制して何とかさばく。


 厳しいが……、いや? こいつ流石に疲れてやがるな?


 結構な追いかけっこだった。化物で達人で天才だろうと、あんだけ走らせりゃ疲れるか。

 突きの鋭さは落ちてないが手数がやや少ない、いや手数が少ないというより戻りが遅れて次の動き出しまでに間が生まれている。


 誘いでもない、合気道家相手にわざと掴ませるのは流石に強気が過ぎる。


 裂けた腹部の痛みを、呼吸と集中で一回忘れる。

 力みは要らない、流れるように。


 突きで伸びきった短槍を掴み四教よんきょうのような形で、力の流れを収束させて崩す。


 即座に騎士は相変わらずの超反応で短槍を離して素手に切り替えるが、僕も同時に短槍を離して。


 構えようとした騎士の腕を取る。


 二教にきょうつまり手首取りで反応させ、小手返しの要領で手首を極めて反応を引き出し、抜けようとしたところを四方投げ持っていきながら。


 手首をへし折る。


 軸と体幹と腰の強さがあだとなったな。この形は素直に倒れた方が痛くねえんだよ馬鹿。


 手首を折った痛みで重心が浮いたところを、内腿うちももに膝を入れて足を払い、受身が取れないように足先にへ全体重を移動させ後頭部から。


 


 信じられない勢いで騎士を後頭部から地面に叩きつけた。

 普通の人間なら、危険というか死に至る勢いの四方投げだ。

 まあ、でもこいつなら死にはしないだろう。


 だが追えもしない。

 寝てろ化物、おまえは頑張った。


 念の為に首をめてとどめを刺すことも過ぎったが、集中が切れて刺された腹の痛みが一気に戻ってきてそれどころじゃあない。


 脂汗が吹き出して、震えるほどの激痛だ。


 とにかくさっさとこの場を離れて、お嬢様と合流を――。


 ふらつきながら大の字にぶっ倒れる騎士を背に歩き出した、瞬間。


 背後から信じられないほどの圧力を感じた。

 焦って振り返ったのと同時、視界をふさぐ握り拳。


 察した頃には、凄まじい右ストレートで僕は飛んでいた。


 いや速すぎねーか起きるの、ふざけんな黒帯同士の稽古でも死人が出る投げだったぞ。

 驚愕と混乱の中で、前手を伸ばして襟首を狙うが、肘打ちで伸ばした手を指ごと潰される。


 そのまま裂かれた腹の傷にねじ込むように三日月蹴りが刺さり、あまりの痛みに身体がくの字に曲がる。


 くの字に曲がって下がった顎を、下から突き上げ掌底で跳ね上がられる。


 脳が頭蓋骨を跳ね回り、膝から崩れ落ちる。


 崩れ落ちていくところを起こされるように腹を蹴り上げられて飛ばされて倒れた。


 もう呼吸が痛え……、肋骨あばらぼねが砕けている。


 意識はある、ギリギリ繋ぎ止めろ。

 なんとかゆがむ視界の焦点を化物騎士へと向ける。


 奴はゆっくりと、落ちた短槍を拾って僕へと向ける。


 やれやれ徹底的だ。恐れ入ったよ。脱帽、完敗だ。


 悔いだらけだし、単純に悔しいが、お嬢様が逃げる時間は稼げた。

 前世の記憶を持つ今のお嬢様であれば、もう一人でもなんとかやっていけるだろう。

 心配ではあるが、僕の人生は、僕の合気道はこの時間を稼ぐ為にあったと受け入れるしかない。


 ……あーくっそ、死にたかねえな。

 理不尽が続いて、ちょっと好転しただけでこんな理不尽の権化みたいな化物が現れるって。


 この世界はどうして僕たちに厳しいんだ。


 はあ……せめてお嬢様のことだけを考えて、死のう。



 僕の頭がお嬢様との日々で埋め尽くされ騎士が片手で短槍を振り上げたその時、声が聞こえた。


 僕が聞き間違えるはずのないその声、ついに幻聴まで聞こえてきたと思ったが。


 その聞こえるはずのない声に、騎士も反応をして声の方を向いた。


「ノワールを死なせるわけにはいかないの。やめてくださるかしら?」


 飄々ひょうひょうとした態度で煙草を吹かしながら騎士に宣うのは、ジュリエッタ・ディアマンテお嬢様だった。


「…………この男は危険だ。何より自分が想像以上に卓越たくえつした化物だと自覚していないのが致命的な程に危険だ。こんな化物を逃亡犯として彷徨うろつかせておくのは、最早国家的な脅威だ」


 騎士はお嬢様を見ずに、ややふらつきながら答える。


 いや誰がどの状況で言ってんだこいつ。


「こいつを殺してから…………、貴様を捕らえる」


 目を細め眉をひそめて、狙いを定めながら言う。


 なんだ? なんでさっさと振り下ろさ……、いやこいつ視界が……、そりゃそうか流石にあんな強さで頭を打ちゃあ目も見えなくなるか。


 じゃあさっきの肘打ちは勘で当てたのか……。続いて来た蹴りやら掌底やら蹴りは見て当てたんじゃなくて接触点から一連の流れとして当てたのか……? 目隠しでの稽古してんなこいつ……。


「あら、じゃあ異世界の知識でこの国燃やしてやろうかしらね」


「……っ⁉」


 お嬢様がさらりと言ったスケールの大き過ぎる脅し文句に、騎士は過剰に反応する。


「貴方の仮説通り、私は異世界転生者よ。しかもとびきり危険な部類。美味しいパンの焼き方から数万人を数日で殺す毒についての知識も有している」


 淡々とお嬢様は続ける。

 流石にハッタリだ。

 …………ハッタリだよな?


「貴方がノワールを刺したその瞬間、私は異世界特有の知識で煙のように姿を消して年内にこの国を滅ぼす。でも見逃すのなら、適当に逃げてそれなりに稼いでノワールと二人、そこそこに平穏な暮らしをすると約束するわ」


 煙草の灰を静かに落としながら、お嬢様はさらにそう続ける。


「なら………………二人まとめて、ここで殺すだけだあッ!」


 騎士はお嬢様の言葉を考えることをやめて、シンプルで有効な答えをべる。


 まあ僕もそうするだろう。危なすぎるし、おっかねえ。


‼ ‼ !」


 突然、お嬢様がかなりの声量でそういった瞬間。


 


 一瞬で壁や床や天井にヒビが回って砕けていく。


 理解が追いつかないが、確実に言えるのは。


 お嬢様が何かをしたんだ。

 あのわけのわからないハッタリの脅しはこうなる為の時間稼ぎ。


 だがこんなことしたら――――。


「……ぉぉぉおおおおお嬢様ぁあ――――ッ‼」


 僕は叫びながら、即座にお嬢様へと飛びつく。


 腹から血が吹き出し、殴られ蹴られて砕けた骨が動いて激痛が走るし、脳震盪のうしんとうで力も入らない。


 でも、ここで動かなきゃ、僕はお嬢様を護れない。


 人は時に、肉や骨とは別の何かで動くことがある。


 気、精神、合気道的に言うならそう呼称される何かだが、多分これはそんな鍛えてどうにかなるものじゃあない。


 僕は学もないし、語彙力なんてまるでない。

 だからきっと、明確には違うんだと思うけど。


 

 



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